第32話 歓迎会

 教室の扉を開けると、クラッカーの乾いた音が勢いよく炸裂した。


「おかえりアンネリーゼさん!」

「今日は本当にごめん! 改めましてようこそ!」

「待ってたぜ。遅かったな」

「ケーキが冷めるとこだったわ」

「ケーキは冷めてもいいだろう」


 綺麗に飾りつけられた教室の壁。黒板には色チョークをふんだんに使って『ようこそアンネリーゼさん!』と書かれている。引っつけられた机には白いテーブルクロスが敷かれ、その上に手作りっぽい苺のケーキや俺がリクエストしておいたスルメ、その他いろいろなお菓子やジュースが置かれていた。


「え? え? なに? ど、どういうことなの、タダオミ?」


 クラスメイトから歓迎の言葉を聞かされたアンネリーゼは、混乱して目をぐるぐる回していた。


「だから言っただろう? みんなシャイで話すのを躊躇ってるって」

「アレ本当だったの!?」

「いや嘘だが、みんなお前を怖がってたわけじゃないってのは本当だぞ」


 アレは蓮見先生がアンネリーゼを連れ去った後のことだ。


        ☀


「アンネリーゼのことで、頼みがある」


 教壇に立ってそう言った俺は、皆が注目したのを確認してから頭を下げた。


「いきなり仲良くしてくれとは言わん。でも、少しでいいからあいつと話をしてほしい。昨日は偉そうにしてたが、アレは素じゃないんだ。不良をぶっ飛ばしたのだってあいつらが絡んできたから仕方なく――」

「待って間咲くん。もしかして私たちがアンネリーゼさんを怖がってるとか思ってる?」


 話の途中でクラスの女子から意外な言葉が飛んできた。


「そうじゃないのか? 事実、避けてただろ」

「まあ、避けてたのは認めるけど……」

「ぶっちゃけ、アンネちゃんが空回りして変な態度取ってるのは知ってたし」

「は?」


 最初にアンネリーゼを避けていた女子グループが気まずそうにそう言った。知ってたってことは、じゃあどうして避けてたんだ?


「昨日、ウチらも頑張って話そうとしてたんだけど、アンネちゃんずっとあんなだし」

「だから、私たちもどう接したらいいかわからなくなっちゃって」

「つい避けちゃったの。ごめん」


 頭を下げられたが、俺に謝ってもダメだろう。


「じゃあ、不良と喧嘩したのが怖くて避けてたわけじゃないのか?」

「不良なんてどうでもいいわよ」

「だいたいあいつら迷惑だったから寧ろスカッとしたぜ」

「まあ、他の学年やクラスには悪い噂が広まってるみたいだけどよ」


 このクラスは最初からアンネリーゼを見ていた。だから尾鰭のついた噂を真に受けることはなかったようだ。


「あー、そうそう。実はオレ、見ちゃったんだよなー」


 と、相も変わらず気だるそうにしていた杉本が軽く手を挙げて発言した。


「昨日の昼休み、忠臣を粛清せんと捜してたら体育館裏で」

「な、ななななにを見たって?」


 まさか俺がアンネリーゼに日焼け止めを塗ってる場面じゃないだろうな。


「アンネさんがお前と後輩女子相手に友達作りの練習してたところだよ」

「なんだそこか」

「他になにかしてたのか?」

「いえ全くなにもこれっぽっちも」


 怪しむような目をクラス中から向けられたが、答えるわけにはいかないね。学校で隠れて女子の全身に日焼け止め塗ってたとか、バレたら問題になって退学まであり得る。


「かなり必死だったよなー。あんなところ見せられたらオレらもどうにかしたいって思っちまうよ」


 杉本と一緒に目撃していたらしい男子たちがうんうんと頷く。


「だったらもっと早くあいつと普通に接してやればよかっただろ」

「いや、変態のレッテルを貼られかけたオレらだけ仲良くしてても余計に変な噂が広がるだろ? だから忠臣やアンネさんには悪いが、このことをみんなに打ち明けるタイミングを窺ってたんだ」


 徹夜明けで寝不足だったからってわけじゃないのか。あとお前らはしっかり変態のレッテル貼られてるからな?


「というわけで、忠臣。オレたちとアンネさんの架け橋になれるのはお前だけだ。なにか一気に距離を縮められそうなイベントを企画してくれ」

「……そういうのはお前の方が得意だろ、杉本」


 だが、そうだな。俺がなんとかするって決めたんだ。だから俺が考えないといけない。

 クラスメイトとアンネリーゼが一気に距離を縮められそうなイベント。持ち帰って考えてる余裕はない。俺の平凡な頭でパッと思いつくことと言えば――


「サプライズで歓迎会を開こう。今日、この教室で。アンネリーゼは俺が適当に時間をかけて連れてくるから、その間にみんなは準備をしていてくれ」


 そうして俺はアンネリーゼを捜すために教室を飛び出したのだった。


        ☀


「――とまあざっくりこんな感じだ」


 簡単に状況を説明すると、アンネリーゼは紅い目を驚きで大きく見開いた。


「じゃあ、本当に誰もあたしを怖がってないの?」


 恐る恐る確認するアンネリーゼを、クラスメイトたちがわらわらと取り囲む。


「ごめんね。嫌な思いさせちゃったみたいで」

「俺らはみんな、アンネリーゼさんと仲良くしたいんだ」

「もう普通にしてもらって大丈夫だから」


 皆から謝られ、受け入れられ、アンネリーゼは感極まったように嬉しさの雫が目尻から零れた。


「ふむ、やっぱり俺が飾りつけをした方がよかったかな。まず机の並びが0点だ。なんで普通に長方形で合わせてるんだ芸術性が足りん!」

「忠臣はちょっと黙ってようなー」


 もごっと杉本に口を押えられてしまった。く、邪魔をするな今からでも俺が完璧なパーティーレイアウトに仕上げてやるんだ! 五分だけ! 五分だけやらせて!

 なんて俺がもごもご言ってる間に、涙を拭ったアンネリーゼが深々と頭を下げた。


「みんな、ありがとう。そしてごめんなさい。仲良くしたいのに、変なこと言っちゃったりして。本当はもうダメなんじゃないかってすっごく不安だった」


 アンネリーゼはクラスメイトの輪から歩み出ると、窓際まで寄ってからくるっとダンスをするように向き直った。


「でも、これだけはあたしから言わせてほしい」


 そうだ。何度もアウトを出して練習しまくったんだ。紗那の時は向こうからだったが、今度はアンネリーゼ自身の言葉でちゃんと言わなければならない。

 アンネリーゼは大きく深呼吸をし、覚悟を決めた目になって口を開く。


「あたしと、友達になってく――」


 ボッ! と。

 アンネリーゼの体が炎上した。

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