第30話 初めてのデート

 デートの目的地は市街地にある商店街だ。日除けグッズは置いてきてしまったが、天気予報を見るに使う機会はなさそうだ。夜には雨が降るらしいし。

 別に考えなしで商店街に繰り出したわけじゃない。


「まさか、タダオミに服を買ってもらえるなんて思わなかったわ」

「外出用が学校の制服だけってのは、今後友達と遊びに行ったりするとき困るからな」


 さっさと暗黒魔界に帰ってくれるなら必要なかったことだが、このお嬢様は頑として居座るつもりだからな。ご近所様に変な噂が立たないためにも普通の服を用意せねばと思った次第だ。


「あたしはタダオミの服を借りるのでもよかったけど」

「今だから言うが、お前に貸した服はクッソダサいからな? 中学の時ネタで買ったけど恥ずかしくて一度も着なかったりしたやつだからな?」

「なんでそんなもの着せたのよ!? 思いっ切り外に出ちゃったじゃない!?」


 俺もまさかアレを着て散歩するとは思わなかったよ。


「女子の服とかわからんから紗那にも来てもらいたかったが……」


 なにせ突発的だったわけだしな。一応電話で伝えたんだが、紗那は紗那で陽光騎士団の定例会議があるそうだ。そこでアンネリーゼの安全性を報告するんだと。


「あたしはタダオミとデートできてすっごく嬉しいわ。こういうこと、向こうじゃできなかったもん」


 心の底からの笑顔。ネガティブな気分は吹き飛んだようだな。ルビー色の瞳にお星様を浮かべてはしゃぐ姿は、彼女が頻繁に見せるアホの子っぽさ……もとい子供っぽさが全面に出てきて大変可愛らしいと思います。

 あとはその笑顔を学校の連中に見せられれば完璧だ。


「ちなみに『デート』の意味はわかってますか、お嬢様?」

「当然よ。二人っきりのお買い物のことでしょ? ロロットに習ったわ」


 これはわかってないやーつ。だいたい合ってるけど、意図的に『異性で』の部分が隠されてやがる。あの変態メイドめ。まあいいけど。

 そうして駄弁りながら商店街を歩いていると、擦れ違う人々が男女問わず最低でも二度見はしてくるな。アンネリーゼは外見だけなら万人が認める美少女だ。俺がいなければ三歩ごとにナンパ男とエンカウントしていただろうね。


「あ、あったあった。あの店だ」


 お目当てのレディースショップを発見。正直、男の俺がこの店に入るなんて夢にも思わなかったよ。


「いらっしゃいませ~、本日はどのようなお洋服をお探しで?」


 店に入るや否や、シュバッ! と瞬間移動でもしたのかって素早さで女性スタッフが俺たちに声をかけてきた。


「えーと、こいつに似合う服をいくつか買いたいんだけど」


 わからないことはプロに任せればいい。そう判断して最初から素直に店員を頼ることにしたが……キラン。なんだ? アンネリーゼを見た店員の目が怪しく光った気がしたぞ。


「お任せくださいお客様! この私めが命に代えてもお連れ様に素晴らしいコーディネートを施して差し上げましょうとも! あ、私、店長の木瀬下江月と申します。どうぞよろしくお願いします」


 鼻息を荒げた店員に物凄い勢いで名刺を渡された。着せ替えが好きそうな名前だな。


「それではこちらですお客様!」

「わっ!?」


 名刺を見てる間にアンネリーゼを掻っ攫われてしまった。慌てて俺も追いかける。あまり一人でいるところを見られると場所が場所だけに気まずさがヤバいんだよ。

 広めの試着室へと案内され、待つこと三十秒。

 様々な衣服を両腕に溢れるほど抱えて戻ってきた木瀬下店長が、アンネリーゼを連れて同じ試着室に入ってカーテンを閉めた。


「……」


 一人になると、やっぱり周囲の目が気になっちまう。ちょ、なんで下着コーナーが近くにあんの? 女性客からの視線がナイフのごとき鋭さで突き刺さってくるんですけど!

 いやまあ、俺の勝手な被害妄想だけどね。よく見ればカップルも割と多い。野郎も少ないながらいるにはいる。それでも場違いな空間にいたたまれない気持ちが溢れそうです帰りたい。

 早く出てきてくれ!

 そう願わずにはいられなくなった時だった。


「お待たせしましたぁーッ!」


 カーテンが勢いよくシャッ! と開いた。

 そこにはほくほくとした満足顔の木瀬下店長と――


「おお……」


 思わず感嘆の吐息を漏らすほどの美少女が立っていた。無論、木瀬下店長にコーディネートされたアンネリーゼだ。

 フリルをふんだんに使用したロリータ系の長袖シャツ。膝丈のスカートにはコルセットがついていて、なんとも絶妙なセクシーさを強調している。ドレスじゃないが、お嬢様然とした雰囲気があるな。木瀬下店長は一目でアンネリーゼの本質的ななにかを見抜いたのかもしれん。

 そして色は上下共に黒。鮮やかな赤髪によく映えている。


「うん、いいんじゃないか? アンネリーゼはやっぱり黒が似合うな」


 ボケる余裕がなかったので素直に思った通りの感想を述べると、アンネリーゼはてれてれと嬉しそうに体をくねらせた。


「じゃあ、これにするわ」

「待ってくださいお客様! 決めるのが早すぎます! まだ試着していただきたい服がいっぱいあるのです!」

「ほわっ!?」


 即決しようとしたアンネリーゼを木瀬下店長が諫め、もう一度カーテンを閉めて試着室へと戻してしまった。

 これはなんか、長くなりそうだぞ。大丈夫かな?


「お客様は素材がいいのでこういう奇抜な服もお似合いだと思いますよ!」

「え? それを着るの? なんか頭に生えてるんだけど」


 次に出てきたアンネリーゼの姿は――猫耳だった。というか、猫耳のような突起があるフードつきのパーカーだ。長い髪は後ろで二つに分けて前に垂らしている。大きく盛り上がった胸元にはデフォルメされた猫のイラストがプリントされていて子供っぽい印象もあるが、それはそれでさっきとはまた違った可愛らしさがあるな。

 俺の目を釘づけにして、一体なにが望みだ!


「ほら、お客様、先程お教えした台詞を彼氏様に」

「ほ、本当にやるの?」


 別に彼氏ってわけじゃないけど。まあ、そう思われてた方がこの場には居やすいか。


「い、行くわよタダオミ! 覚悟しなさい!」


 アンネリーゼは軽く握った両手を顔の横に持っていき――


「にゃ、にゃあ」


 ものすごく照れながら、破壊力抜群な猫語を投下した。


「え? あ、えっと、似合ってるにゃ」


 俺、放心のあまり猫語を返す。アンネリーゼは犬っぽいなと思ってたけど、猫も案外悪くない。


「グッジョブですお客様!」


 木瀬下店長はとてもいい笑顔で両手の親指を立てていた。


「次行きましょうお客様!」


 ダメだダメだ! このままじゃアンネリーゼのペースに呑まれちまう。よし落ち着くんだ。次こそは俺らしいコメントを返してアンネリーゼにツッコミさせてやる!


「せっかくなので夏に向けてこれなんかいかがです!」

「えっ!? これ服なの!?」


 戸惑うアンネリーゼの声。木瀬下店長、なにをオススメしてんの? 超不安。


「大丈夫ですお客様! これを見せれば彼氏のハートもイチコロですよ!」

「イチコロ……わかった。着るわ!」


 カーテンがシャッ!

 瞬間、思わぬ輝きの不意打ちに俺は目が眩んだ。

 いや違う。輝きじゃない。そう見えたのは、アンネリーゼの白い肌だ。

 布面積が極端に少ない。胸元は赤いレースアップビキニで覆われ、下半身も同じ色の三角形を穿いているだけ。ふむふむ、なんとも革新的な服装ですな。


「――って水着じゃねえか!?」


 思わずツッコまずにはいられなかった。俺の負けだ……。


「タダオミ、ミズギって?」


 アンネリーゼがきょとりと小首を傾げる。あー、水着を知らないのか。


「それ、実はそう見えてかなり防御力の高い装備なんだ。『ビキニアーマー』って言って、最先端の科学技術でシールドを常に展開。どんな攻撃も倍にして相手に反射する」

「それはイチコロね!」

「あのう、普通に海やプールで泳ぐための水着にそんな性能はありませんが?」

「……」


 アンネリーゼが固まった。


「うわぁああああんタダオミがまた嘘ついたぁあああッ!?」

「ちょ!?」


 涙目になって叫ぶもんだから周りの客が何事かって注目してくるじゃないか! ダメだここでアンネリーゼをからかっても逆に俺が恥ずかしい目に遭っちまう。

 うん、逃げよう。


「じゃあ最初の服を買うってことで――」

「いえいえお客様! 試していただきたい服はこんなもんじゃありません!」


 しかし木瀬下店長に回り込まれてしまった。逃げられなかった。


「決めるのはまだ早い! 早いんです! 妥協や諦めは許しません! というかお願いします試着させてくださいお客様のような逸材と巡り合える日をどれほど待ち望んでいたことかッッッ!」


 早口で捲し立てる木瀬下店長に額が減り込む勢いで土下座された。周りの視線が! 周りの視線がめっちゃ突き刺さる! さっきの比じゃねえ!


「わ、わかりました! こいつは好きに使っていいですから顔を上げてください!」

「タダオミ!?」

「ありがとうございますッ!!」


 そこから一時間ほど、木瀬下店長プロデュースのアンネリーゼ独占ファッションショーが続くのだった。

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