第27話 畏怖と和睦

「てめえ、よくもやりやがったな」

「先に手を出してきたのはそっちでしょ」


 急いで学校まで戻ると、大柄な男子生徒とアンネリーゼが睨み合っていた。二人の周りには五人ほど男子が転がっている。

 どいつもこいつもいかにも不良然とした連中だった。アンネリーゼと対峙しているのも不良のリーダーで、先生でも手に負えないことで有名な三年の先輩だぞ。

 なにがあったし。


「面や体はいいのに中身はクソ生意気だな。泣き喚く顔が見たくなったぜ」


 不良の先輩がアンネリーゼに掴みかかる。だがアンネリーゼはそれをひょいっとかわすと、不良先輩の股の間を容赦なく蹴り上げた。


「おぶっ!?」


 キンゴーン! と鐘の音が聞こえた気がした。

 成すすべなく倒れてビクビク痙攣する不良先輩。ちょ、それは反則技だぞ。俺を含め、周囲の男子が思わず内股になったのは言うまでもない。


「あっ、タダオミ! 丁度いいところに来たわ!」


 アンネリーゼは俺たちに気づくと、不機嫌そうだった表情を少しだけ緩めてくれたな。


「お前、なにをやってんです?」

「悪いことはしてないわ。こいつら、あたしたちの目の前で堂々とサボってたのよ。それどころかゲラゲラ笑ってゴミまで捨ててたの。拾えって注意したら逆切れして襲いかかってきたから、懲らしめてやっただけよ」


 事情を説明したアンネリーゼは、不良たちに向かってべーと舌を出した。


「本当ですか?」


 紗那は青い顔のシスターさんたちに確認する。訥々と説明してくれたシスターさんの話によると、逆切れした不良連中はアンネリーゼの容姿を見て嫌らしく嗤ってどこかに連れ去ろうとしたらしい。しかもアンネリーゼだけじゃなく、仮設テントで待機していた若いシスターさんたちにまで手を出そうとしたとか。なんて下衆野郎どもだ。


「そういうことだったのか」


 アンネリーゼがいきなり無差別に人を襲い始めたわけじゃなくて安心した。

 だが、ちょっとまずいかもな。


「アレが噂の編入生?」「あの不良どもを一方的にボコってたぞ」「ちょっと怖いわ」「関わらない方がいいかも」「美人なのに凶暴とか……」


 相手が不良で正当防衛だったとはいえ、暴力的なシーンを生徒たちに見られてしまった。日向で暗黒魔術が使えなかったことが幸いだろうが、今後は余計に恐れられるぞ。

 最悪、編入初日で謹慎処分を受ける可能性もある。


「こっちに来るです」


 紗那も周囲の空気には気づいたのだろう、アンネリーゼの手を引いて仮設テントの方へと連れて行った。俺も後を追う。


「今回、お前がやったことは咎めないように紗那から理事長に進言しておくです。寧ろ、シスターさんたちを守ってくれた礼を言うべきですね」

「いらないわ。お礼を言われるためにやったわけじゃないし」


 アンネリーゼはどうでもよさげに断ったが、それでは紗那の気が済まないらしい。


「それでも言わせてくださいです。シスターさんたちは紗那の家族みてえなもんですから。ありがとうです、アンネリーゼ」

「あ……」


 初めて紗那に名前を呼ばれたアンネリーゼが呆然とする。


「今回のことでお前を怖がる生徒も大勢出てくるはずです。噂の尾鰭もきっととんでもないことになるですね」

「紗那、なにを言って――」


 ハッキリと告げる紗那を俺が止めようとすると、手で制されてしまった。


「ですが、紗那は違うって知ってんです。お前のことなんてちっとも怖くねえです」


 紗那はそこで大きく深呼吸すると、僅かに頬を朱に染めて――


「だから、その、これからは紗那と仲良くしてくれると、なんというか、う、嬉しいです」


 気まずそうに目を逸らしてから、もじもじもごもごとそう告げるのだった。


「紗那がデレた!?」

「やかましいです先輩!?」


 正直、紗那がここまで素直になるとは思わなかったな。顔を赤くした紗那にポカポカ叩かれる。地味に痛い。


「えっと、あたしの友達になってくれるってこと?」

「な、仲良くするとしか言ってねえです! お前はその、ライバルですライバル!」


 紗那も恥ずかしくなったのか否定したが、アンネリーゼには聞こえてないぞ。


「わっ、わっ、どうしようタダオミ! 友達ができちゃった! こ、こういう時はなんて言えばいいの? 不束者ですがよろしくお願いします?」

「アウト」


 それはお嫁に行く時だと思う。


「とりあえず名前で呼んで、握手でもしたらいんじゃないか?」

「そ、そうするわ。よ、よろしくお願いね、サナちゃん」

「ふん、まあ、よろしくしてやってもいいです」


 鼻息を鳴らす紗那だったが、今度は素直にアンネリーゼの手を取り――握手が成立。

 悪魔と呼ばれ警戒されていたアンネリーゼと、それを討ち滅ぼす力を持った紗那。

 二人の和睦を、ある程度の事情を知っている周囲の教会関係者たちはどこかほっこりした表情で見守っていた。


 それより問題は、他の生徒たちの方だよな。紗那は事情を知ってるからよかったが、このまま怖がられて避けられたまま学校生活するのはしんどいぞ。

 俺が、なんとかするしかないな。

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