第25話 清掃ボランティア
校門から入ってすぐのところには仮設テントが建てられ、普通の高校には似つかわしくない神父さんやシスターさんの格好をした人たちが忙しなく動いていた。
光十字教会が主催する清掃ボランティアだが、本部はこの紅鏡高校に設営されることになっている。敷地が広いからな。都合がいいんだ。
校庭に全校生徒が整列し、理事長先生からのありがたーい挨拶をみんなが右から左に聞き流していく。毎度のことだけど、偉い人ってなんでそんなに話が長いんだよ。
俺はチラリと仮設テントの方を見る。設営作業中の神父さんやシスターさんは、どこかぎこちない雰囲気だった。
それもそのはずだ。テントの中には見学する生徒に混じって要観察対象の『魔王級』がいるからな。あからさまに避けてやがる。アンネリーゼも不貞腐れた顔してるよ。
開会の挨拶も終わり、ボランティアに参加してくれる学外の有志の皆さんが合流してから、清掃活動は何事もなく始まった。
「ちょっと間を置いただけでなんでこんなゴミって増えるんだろうな」
「それだけポイ捨てに罪悪感を覚えない人が多いってことです」
俺は空き缶類を、紗那はタバコの吸い殻なんかを拾ってゴミ袋に入れていく。基本的にはクラスごとで纏まって活動することになってるんだが、俺と紗那のクラスは合同で一番広い区画を担当させられていた。
「てか、アンネさん日差しにあんま強くないのかー。肌白いし。学校にも日傘持って来てたしなー」
俺たちの近くでゴミ拾いしていた杉本がつまらなそうに言いながら絡んできた。アンネリーゼをボランティア活動の見学組にする以上、そこら辺は多少マイルドに説明しておく必要があったんだ。
「お前はそれほどあいつに引いてないんだ。それとも下僕になりたい派か?」
「失礼だなー。オレにそんな変態性癖はねーぞー?」
「じゃあなんでSBY隊の総統閣下やってんだよ」
「おいおい、アレは健全な部隊だぞー。健全に青春してるリア充爆発しろと思ってる奴の集まりであって、変態はいたとしても一握りだ」
「さっさと解散しろよそんな悲しい部隊!」
杉本はこんな奴だからアンネリーゼの友達候補にはカウントしない方がいいな。というかSBY隊のメンバーには近づけさせない方が無難な気もしてきたぞ。
「実際のとこどうなんです? 杉本先輩から見てあの女の印象は?」
「後輩女子もアンネさんと知り合いだったりすんの?」
「え? ま、まあ、そんなとこです」
目を軽く泳がせて紗那が肯定すると、杉本はゴミを拾う手を止めて「んー」と唸りながら天を仰いだ。
「まあ、オレは別にやべー奴だなんて思っちゃいねえなー。すっげえ空回りして変なこと言ってる印象。なんつうか、昔の忠臣を見てる感じ」
「俺は下僕になれとか言った覚えはないぞ」
杉本はアホだが、他人の本質をちゃんと見てるんだな。昔からそうだ。じゃなきゃ俺に声をかけたりもしなかっただろうね。
前言撤回だな。こいつならアンネリーゼと忌憚なく友達になってくれ――
「ああ、あとこれだけはハッキリ言える。アンネさんは、美人だ。おっぱいもでかい! あの胸には隠し切れない母性を感じるぜ!」
「……」
「……」
前言撤回の撤回だ。やっぱりこいつはマザコンの変態だった。
「コラお前ら! 口じゃなく手を動かせ!」
「げ、見回りの松ゴリが来やがったなー。じゃあ、オレはあっちの方やってくるわー。忠臣も後輩女子もほどほどに頑張れよー」
ゴミ袋回収用の軽トラを運転してきた松ゴリ先生に注意され、杉本はそそくさとどっかに退散していった。
「ほら、いっぱいになったゴミ袋は荷台に積んでいけ」
「わかりました」
松ゴリ先生は軽トラを路肩に邪魔にならないよう駐車し、他の生徒への声かけのためにその場を離れた。
荷台には既にけっこうな量のゴミ袋が積んであった。
「誰もが俺みたいな綺麗好きになったらこんなにゴミもないんだろうけどなぁ」
俺は空き缶ですっかりパンパンになっていたゴミ袋を乗せる。既に積んであるゴミ袋を移動させてできた隙間へと嵌め込むように。うむ、なんという絶妙なバランス。これぞ芸術。我ながら完璧すぎて己が怖い。
「みんなが先輩みたいな感覚になったら街が迷宮化すんです」
それを紗那がひょいっと引き抜いて空き缶のゴミ袋が密集している場所へと仕分けしやがった。
「ああ! なんてことを!」
「ちゃんと種類ごとに分別してんですのになんでそっちに置くですか!」
「愚問だな。その方が美しいからだ!」
「圧し折ってやりてえですその無駄に満々な先輩の自信!」
もっとしっかり『整頓』したかったのに荷台から追い出されてしまった。
「先輩はホントにもう。いつからそうなっちまったんですか?」
「いつからって言ってもなぁ」
気づいたらこうなっていた、としか言えない。
「ああ、そう言えば昔、よく爺ちゃんちの蔵を秘密基地にして遊んでたんだ。物を移動させてできた死角にいろいろと配置したりして」
「それって空想のお友達を作ってた時期です?」
「うげっ、それマジで覚えてないんだけど、小学校低学年ってことなら近い時期かなぁ」
その頃からなんとなく『こうした方がいいんじゃないか』と思った通りに物を整頓するようになった……ような気がする。
「……やっぱり、先輩の独特な整頓術にはなにかが」
他の生徒が集まってきたので軽トラから離れると、紗那は思案顔で顎に手を持って行った。
「お? ついに紗那も俺の芸術性を理解できるようになってきた?」
「そんなわけねえです」
そんなわけねえのか、残念。
「あの、先輩、それより一つ訊きてえんですけど」
「俺のスリーサイズはヒミツだぞ?」
「興味もねえです!? あ、でも教えてくれんなら聞いてやらんこともないですよ?」
意外と食いついてきたな。男のスリーサイズなんて知ってなにが楽しいんだ? ちなみに俺自身も知りません。
「で、訊きたいことって?」
俺は新しいゴミ袋を広げながら問う。
「杉本先輩はあー言ってたですが、先輩自身はあの女のことどう思ってんですか?」
「ポンコツ残念お嬢様。スルメ娘。からかうと面白い」
「そうじゃねえです。事情を知らない杉本先輩はいいんです。でも先輩は知ってんです。あいつは悪魔かもしんねえですのに、どうして先輩は普通に接してられんですか?」
「ああ、そういう」
てっきりラブ的か変態的な意味の話だと思って茶化してしまった。
「紗那たち陽光騎士団にとって悪魔は滅するべき存在です。ですが、あいつみたいに人とほとんど変わんねえ存在が現れたことは紗那が知る限り初めてです。それでも紗那が初見で悪魔だと断じたのは、あいつの内に宿る力が悪魔のそれと非常に似ているからです」
紗那はそう説明しながら用水路に浮かんでいた空き缶に屈んで手を伸ばし、トングで挟み取る。拾った空き缶は空き缶担当の俺のゴミ袋へ。
「だからもし、あの女が本性を現して先輩になにかあったら、紗那は……」
「大丈夫だろ」
俺は紗那の言葉を遮ってハッキリと告げた。
「最初は確かにちょっと怖いって思ってたよ。さっさと暗黒魔界に帰ってほしかった。いや、帰ってほしいのは今も思ってるけど」
ただ、それだけじゃなくなったってことだ。
「もうハッキリしたからな。あいつは悪い奴じゃない。この世界をどうこうしようなんて思っちゃいない。もっと小さいことに全力だ。昼休みの話を聞いたんなら、紗那だってわかっただろ?」
「それは……」
杉本も言っていたが、アンネリーゼは昔の俺だ。いや、自分からはなにもしなかった昔の俺よりはマシだな。日光で燃えようが自己紹介で盛大に爆死しようが、アンネリーゼは諦めず欲しい物のために努力してる。
「たとえあいつがスルメを齧りながら『この世界を侵略してやるでゲソ』とか言い始めても絶対五秒で失敗するぞ。千円賭けてもいい」
アンネリーゼのポンコツ具合はこの三日でたっぷり見てきたからな。今さらあいつを怖いだなんて思わない。違う意味で怖い時はあるけど。
と、紗那はぷっくりと膨れっ面になり――
「先輩は危機感がなさすぎんです!」
ポカポカと強めに俺を叩き始めた。
「おいやめろそんなに叩いたら――あっ」
「ひゃ!?」
ザブーン!
押し出され、足を滑らせ、俺は背中から用水路へとダイブ。その際に「死なば諸共!」と紗那の手を掴んでしまい、仲良く一緒にずぶ濡れコースまっしぐら。
用水路は深いが足は届いたのでそのまま立ち上がる。紗那は……ギリギリ届かなかったんだね。立ち泳ぎしてます。
「ぷっ、あはははははははは!」
俺の顔を見た紗那が突然指差して爆笑し始めた。なんだなんだ? 俺の頭になにが……小さなザリガニさんが引っついてました。
「ふむ、どうやら俺はファッションセンスまで最先端を行ってしまったらしい」
「最先端を突き抜けすぎて引き千切れてる気がすんです」
俺はザリガニさんをそっと用水路に戻してやる。頑張って生きろよ。
「そうだったです。先輩はいろいろ変わってる人ですが、ドがつくくらいお人好しだったです。あの時、紗那を助けてくれたみたいに」
ひとしきり笑った紗那が懐かしい話を持ち出してきた。
「やめろよそんな古い話。恥ずかしいだろ」
アレはそう、中学の時に参加した清掃ボランティアでのことだ。初めて紗那と知り合ったあの日。高く積み上げられたゴミ袋の山が崩れ、丁度その下にいた紗那を俺が庇ったんだっけ。
俺だけゴミまみれになって周りから爆笑された苦い思い出。まあ、そのおかげで紗那からは感謝されて学校でも話すようになったんだけどな。
まったく、俺が整頓していればあのように崩れることなどなかったはずだ。
「二人ともびしょ濡れですね」
「どうすっかな、これ」
このままじゃ風邪引いちまうな。あとめっちゃ臭い。
「教会でシャワーを借りるといいです。ここからなら学校に帰るより近えですし」
「でも着替えがないぞ?」
「洗ってから陽光魔術で乾かすです。一瞬ですよ」
「なるほど。ならいいか」
そういうことになった。
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