第24話 暗黒魔界の〝特別〟

「事情はまあ、わかったです。釈然としねえですが、日焼け止めなら仕方ねえです。でもそれならそうと先に言ってほしかったです」


 俺たちを地べたに正座させ(アンネリーゼには制服を着せた)、事情を聞いた紗那は不承不承といった様子で状況を呑み込んでくれた。ところで先に言う前に蹴りを放ったのはどこの紗那さんですかね?


「わかったらならもう立っていいでしょ。というか、あなたはなにしに来たのよ?」


 ちょっと苛立たしげにアンネリーゼが問うと、紗那は溜息をついて手に持っていたそれを掲げた。


「お昼一緒しようと思って先輩たちを捜していたです」


 大きな弁当袋だった。朝俺の家に来る前に用意してたんだろう。俺は一応コンビニでおにぎり買ってるんだけど、いやまあどうせ教室戻れないしなぁ。

 教室に……そうだ、今の俺は追われる身だった。


「もしかして、この場所って意外と見つかりやすい?」


 だとすれば一刻も早く場所を移さねば! 奴らが! 奴らが来る!


「えーと、なんとなく、こっちに先輩がいるような気がしたんです」

「なにお前も謎電波受信してんの? ああ、いや、そういえば紗那は昔からかくれんぼが上手かったな。鬼の方だけど」

「誰が小鬼ですかぶっ飛ばされてえんですか!?」

「だから被害妄想!?」


 きっと人を見つけることが得意なんだな。紗那は俺がどこに隠れようと居場所を当てていた。昨日も公園の人工林に隠れていた俺たちを発見していたし……いや、アレはアンネリーゼの気配に気づいたからか? となると、今回も本当はアンネリーゼの気配を辿ったのかもしれない。


「せっかくお弁当作ってきてあげたですのに、先輩ったらひと気のない場所でその女とイヤラシイことを……」


 いかん、アンネリーゼを指差す紗那の目がまた据わってきたぞ。


「日焼け止め塗ってただけって言ったろ! あと実は教室に戻れない理由があってだな」


 そっちの事情も簡単に説明。話せば話すほど紗那の視線が加速度的に白くなっていく。その目は俺じゃなくてあの馬鹿どもに向けてください。


「相変わらず馬鹿なことしてんですね、先輩たちは。ならもうここで食べるです?」

「そうしてくれるとありがたい」


 紗那は一応納得してくれたようで、その場に腰を下ろして弁当袋を開ける。子供の運動会に親が張り切って作ってくれたような三段重ねの巨大弁当箱が出現した。

 それを見たアンネリーゼが目を輝かせる。


「へえ、すごい豪華ね。スルメはないけど……」

「大きいだけで内容は一般的なもんばっかですよ」

「だが味は一級品だぞ。紗那の料理の腕は俺が保証する!」

「なんで先輩が誇らしげなんですか!」

「問題は配置が甘いことだ。卵焼きの黄色はもっと前面に押し出すように中央に、周囲もギチギチに詰め込むんじゃなくもっと全体的に余白を設けた方が涼やかさが出る。おいおい、なんでおにぎりの向きを統一してるんだそこはもっとバラけさせて――」

「どうやら大人しく学校生活はできてるようですね」


 スルーされた。いいもん、取り分けた俺の紙皿の上だけで芸術作るもん。


「で、クラスには馴染めそうです?」

「うっ……」


 俺が紙皿の上にダ・ヴィンチも真っ青な芸術作品を生み出していると、アンネリーゼは紗那のダイレクトな質問に頭を抱えた。


「やっぱり……一年の方でも噂になってんです。二年生の編入生が超絶美少女だけどなんかすっごい偉そうにしてて近づきがたいって」


 そこまで噂が広がってるのか。こりゃ修正が大変だぞ。


「あと先輩が奴隷にされて毎日搾り取られてるとか」

「その尾鰭はどこからどうやってついたんだ!?」


 たぶん下僕から派生したんだと思うけど! あと一体ナニを搾り取られてるんだ俺? 日焼け止めってことにしておきます。


「まあ、紗那には関係ねえですね。寧ろ誰とも親睦を深めなけりゃもしもの時やり易くなんです」

「それじゃ嫌なのよ。せっかくこの世界に来ることができたのに、みんなに避けられたままじゃ暗黒魔界にいた時と変わらない」


 てっきりコミュ力が壊滅的だからだと思ってたが、俯いたアンネリーゼの様子を見るにそれだけじゃなさそうだな。


「ふぅん、なんか事情でもあんですか?」


 さほど興味なさそうに、いや興味ないからこそ紗那が軽く踏み込んだ。アンネリーゼは言いたくなさそうに少し間を置いたが、話した方がいいと思ったらしく顔を上げた。


「あたしは、暗黒魔界じゃ〝特別〟だったの」


 語り始めたアンネリーゼは、どこか決意のようなものがその赤い瞳に宿っていた。


「フィンスターニス家は暗黒魔界最大の国――オルクス帝国の大公爵よ。あたしはそこの長女として生まれたんだけど」

「ちょっと待て、お前そんなに偉かったの?」

「なんだと思ってたのよ?」


 お嬢様なのはわかっていたが、普通に大富豪かなんかだと思っていた。


「悪い。腰を折った。大公爵の令嬢だから〝特別〟ってことか?」

「違うわ。あたしは生まれ持った力が常人より遥かに強かったのよ。体内の暗素量が並の暗黒術師百人じゃ足りないくらい多くて、弱い術でも制御しないと威力が桁違いになるの」

「あー、理解したです。だからお前は外であれほどの術を使えたんですね」


 紗那は納得顔で卵焼きを口に運んだ。太陽光に焼かれても大丈夫なのは、アンネリーゼがその〝特別〟だったからなのかもしれない。


「そんなあたしが外を自由に歩いたりしたら誘拐されるかもしれないから、用がない時は部屋から出ないように言いつけられたのよ。小さい頃はわけもわからず従ってたけど、窓の外で同い年くらいの子供たちが遊んでるのを見る度に羨ましいって思ってた」


 その光景を、俺は知っている。

 杉本が話しかけてくれたあの時まで、俺も他人の輪に入れずただ眺めていた。昔の記憶だから曖昧だが、それはちゃんと覚えている。


「外に出られたとしても堅苦しい護衛はつくし、使用人はロロット以外あたしのご機嫌取りばかり。社交の場で人と会うこともあるけど、あたしを恐れて近づかないか、どうにかして取り入ろうって媚び売ってくる奴らしかいない。パパとママも同じよ。仕事が忙しいとか言って年に数回会うか会わないか。だって、あたしの力を一番畏れてるのがパパとママだから」


 アンネリーゼには、俺にとっての杉本が現れなかったのだろう。だからこんな寂しい顔をする。


「〝特別〟なんていらない。あたしはもっと〝普通〟でいたい。普通の生活。普通の友達。それはあたしの〝特別〟が知れ渡ってる元の世界じゃ絶対手に入らないもの。だから諦めるわけにはいかないわ」


 ああ、しまったな。今、気持ちがハッキリしちまった。

 俺は、こいつのそんな顔を見たくないってことが。

 なんとかしてやりたいと、本気で思っちまったよ。


「……」

「……」


 俺も紗那も、いつの間にか黙ってアンネリーゼの話を聞き入っていた。弁当を食べる手すら止まっている。

 仕方ない。ちょっくら一肌脱いでやるとしよう。


「とりあえず、俺から一つ言えることがある」

「なによ?」


 なんだか少し泣きそうになっている顔を向けられる。ならば俺はビシッと言ってやろう。


「お前にシリアスは似合わん」

「はぁ!?」


 いきなり予想外の言葉を言われたからだろう、アンネリーゼはぎょっと目を見開いた。


「そう、それだ。そんな感じでいつもみたいにアホ面してた方がお前らしいんだよ」

「アホ面……」

「こっちの世界にいる以上、お前の事情は関係ない。そうだろ、ただのアンネリーゼさん?」

「!」


 アンネリーゼがハッとする。それから目元を袖で拭うと、いつものテンション高めな笑顔を取り戻して制服を押し上げる胸を張った。


「ふふっ、そうね。そうよ! あたしはただのアンネリーゼ! ちょっとナーバスになりかけてたけど、確かにらしくなかったわね」

「その調子だ。あ、そうだ。この俺に妙案がある。どうせなら紗那を相手に他人と話す練習をしてみればいいんじゃないか?」

「ふぇ!?」


 ビクッと紗那の肩が跳ねた。紗那は事情を知る側だが、一応まだ敵対関係できつめの話し方をしている。練習相手には丁度いいはずだ。


「紗那は立ってるだけでいいから」

「それならまあ、好きにすりゃいいです」


 少し不服そうだったが、紗那の了解は得た。


「で、アンネリーゼは紗那をクラスメイトだと思って友達になりたいことを素直に言ってみろ」

「わ、わかったわ。やってみる」


 頷き、アンネリーゼが紗那と向き合う。

 緊張してきたのか、また表情がカチコチになりながらも、アンネリーゼは口を開く。


「あ、あなたと友達になってあげてもいいわよ。感謝しなさい。――やったわタダオミ! ちゃんと言えたわ!」

「アウト!」

「なんでよ!?」


 なんか自信満々に俺を見たけど、え? 嘘だろ? こいつ、アレで完璧だと思ったのか。


「下僕じゃなくなっただけで上からすぎる。五点」

「けっこう厳し目に行くんですね、先輩」


 そりゃ厳しくもなる。既にやらかしちまった後だからな。

 というわけで、テイクツー行ってみよう。

 アンネリーゼと紗那が再び向き合う。


「あ、あたしと友達にならない? 今友達になってくれたら漏れなくスルメをプレゼントするわ!」

「アウト!」

「なんでよ!?」


 愕然とするアンネリーゼ。なにが悪いのかマジで全くわかってないな。


「物で釣るな。悪徳な営業マンみたいになってるぞ。八点」

「先輩それ何点満点です?」


 もちろん百点満点です。

 テイクスリー。アンネリーゼは紗那に向き直るとバッ! といきなり頭を下げた。


「友達になりましょう! ね? お願い! いいでしょ? この通りだから!」

「はいアウト。がっつきすぎ。十二点」

「もうどうすればいいのよぅ!?」

「でも着実に点数は上がってんですね」


 紗那はさっきからずっと呆れ顔だった。


「次よ次! こうなったらオーケーがもらえるまで続けてやるんだから!」


 そうして練習に重ねに重ね、多少はマシになったような気がしたところで昼休みは終わってしまった。

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