第22話 第一印象は大事

 なんとか遅刻は免れて学校に行くと、アンネリーゼは当たり前のように俺のクラスへ編入してきた。

 監視目的なので紗那と同じクラスかと思ってたんだが、本人のとても強い希望――却下すると学校が灰と化す勢い――でこうなったらしい。

 ざわつくクラスメイトの視線が教壇の前に立つアンネリーゼに集中する。

 対するアンネリーゼは……緊張してるようだな。表情がちょっと硬い気がする。


「あ、アンネリーゼ・フィンスターニスよ」


 自己紹介が始まった。友達を作るなら第一印象は大事だぞ。見た目は満点以上なんだからあとは好印象が残る挨拶をすれば完璧だ。

 アンネリーゼの目に力が入る。なにを言うか決まったらしいな。


「あなたちを今日からあたしの下僕にしてあげるわ! 光栄に思いなさい!」


 そうそう下僕にって、あれ? 欲しいのは友達じゃなかったっけ?

 なにを言ってんだ。まさか俺に嘘をついていたのか? 友達じゃなくて手下を集めるために学校に……いや、違う。

 ドヤ顔してるように見えるが、目がめっちゃ泳いでらっしゃる。そりゃもうオリンピック選手のバタフライ並にバシャバシャしてる。

 やっちゃったどうしよう! と助けを求めるようにこっちを見てくるが、俺はさっと視線を逸らした。お前が悪い。


 しーん。


 静まり返るクラス。誰もがアンネリーゼの言葉に引いていた。


「はいはーい、下僕ってどういう意味ですかー?」


 と思ったら後ろの寝癖頭が気だるげに挙手して質問を投げた。ナイスだ杉本。ここでアンネリーゼが『今のは間違いニホンゴムツカシイデス』とでも言えばまだ挽回でき――


「そのままの意味よ。わからなかったの? どうせ放っといてもあたしに媚びを売りにくるんでしょ? だったら最初から下僕にしてあげるってこと」


 ――だからなに言ってんだよお前はぁああああああああッ!?


 心の中で叫ぶも本人には届かない。なんとなく俺と最初に会った時も似たような態度だったからこれも素なんだろうけど、友達作る気あんの?


「あれ? もしかして昨日学校に突撃してきた人?」


 今度は女子の一人がそれに気づいて問いかけた。


「そうだけどなに? ここにはあたしの下僕一号のタダオミがいるから会いに来てやっただけよ」


 だからどうしてそんな刺々しいんだ。最初はアンネリーゼの美少女っぷりに見惚れていた男子たちも、今じゃ違う意味で放心しちゃってるよ。女子もなんなのあいつ偉そうにって感じの雰囲気。まずいな。


「それじゃあ、席は知り合いらしい間咲の隣な」


 沈黙に堪えかねた担任の蓮見先生|(二十八歳独身彼氏募集中)がそう促すと、アンネリーゼはつかつかと迷いのない足取りで俺の隣の席へと移動し、ぽすっと腰を下ろした。

 そして顔を思いっ切り両手で覆う。完全にやっちまった人がそこに誕生した。


「(お前なにやってんの? あんなんじゃ友達なんてできねえぞ)」


 俺がそっと小声で話すと、アンネリーゼは顔を伏せたままもぞもぞと喋る。


「(ううぅ、だって、同い年の人と話したことほとんどないんだもん)」

「(俺と話す時みたいでいいんだよ)」

「(タダオミはタダオミだから普通に話せるのよ)」


 これは重傷だ。ぼっちお嬢様の立場を甘く見すぎていた。経験値ゼロだから友達の作り方なんて全くわからないんだ。

 一応サポートしてやるつもりだったが、まさか開幕で躓くとは思わな――


「ではこれより、被告人・間咲忠臣の弾劾裁判を執り行う」


 気づいたら男子連中に囲まれていた。

 おかしい。普通、こういう時に囲まれるのは編入生の方だよな? アンネリーゼが盛大にやらかしたから?


「杉本、なんのマネだ?」


 わけがわからず、俺はリーダー格の寝癖頭に問いかける。


「言葉を慎みたまえ、君は青春野郎ぶちのめし隊――SYB隊の前にいるのだー」

「貴様、正気か?」


 どこぞの王家の末裔と将軍みたいな遣り取りを交わす俺と杉本。遊んでるように見えて、奴らの目には殺意と憤怒が滾っていた。


「後輩女子にも慕われておきながら、こんな美人と知り合いだったなんて聞いてないぞー。しかも下僕一号だって? え? なんなのお前? いつからそんなラブコメの主人公みたいになったんだ死刑!」

「そうだぞ間咲! どういうことか説明しやがれ死刑!」

「こそこそ会話してたように見えたがまさかそこまでの関係なのか死刑!」

「僕も美少女の下僕になりたい死刑!」


 周りの男子たちも杉本に便乗して喚き始めた。どうでもいいけど語尾が怖すぎる。


「お、落ち着けお前ら! 実は下僕がどうのってのはこいつなりのジョークでお前らの思ってるような関係じゃないからってその鎖分銅どこから出した!?」


 これはまずい。たぶん俺がなにを言っても無駄だ。こいつらを落ち着かせて俺の死刑を免れるには、アンネリーゼからどうにか上手いこと説明してもらった方が得策。

 俺は眼球運動だけでアンネリーゼに目配せする。

 そっちはそっちで女子たちが集まっていた。


「アンネリーゼさんってどこに住んでるの?」

「え? な、なによいきなり。タダオミの家だけど?」

「ダッシュ!」

「逃がすな!」


 ホームルーム中だろうが知ったことじゃないと逃走するが、底知れぬどす黒い殺気を放つバーサーカー共から逃げられるはずもなかった。

 あっという間に捕縛され、袋叩きにされてしまったよ……。

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