第20話 突撃の後輩
「おはようございますです、先輩」
ロロットに待っているように言ってから玄関を開けると、昨日目の前のボロアパートに引っ越してきた後輩が大きな紙袋を持って立っていた。
「宗教の勧誘ならお断りしています」
「紗那が今まで一度でもそんなことしたですか!? ってナチュラルに扉閉めんじゃねえですよ中に入れてくださいです!?」
ガッ! と閉じかけた扉を掴まれた。そして小さい体からは考えられない腕力で強引に開けられてしまった。陽光騎士団員の名は伊達じゃない。
「おはよう、紗那。こんな朝からなんの用だ?」
「また先輩は何事もなかったかのように……これをお届けに来たです」
そう言って紗那は紙袋からなにかを取り出した。
それは丁寧に畳まれた新品のブレザーやスカート。紗那が着ているものと同じ、紅鏡高校の女子制服ワンセットだった。
なるほどなるほど、それを俺に届けに来たってことはつまり――
「俺に女装の趣味はないぞ!?」
「先輩のじゃねえです!? あ、でも似合いそうですね。ちょっと見てみてえ気もすんです」
「おいやめろ!?」
危なく自分が女装している姿を思い浮かべて吐きそうになったじゃないか。想像するだけでもそれなのに、リアルにやっちまったら樹海に旅立つしかなくなるだろ!
「ああ、もしかしてアンネリーゼの制服か?」
「もしかしなくてもそうです。今日から通ってもらうのに制服がなければ困るですよ」
「それもそう……はい? いや、ちょっと待とうか。いくらなんでも早すぎだろ。編入試験とかあるんじゃねえの?」
だってまだ昨日の今日だぞ。俺は編入とかしたことないから知らんけど、普通はもっと手続きとか諸々で時間がかかると思うんだけど。
「ああ、あの学校の理事長は教会関係者ですので」
「オーケー。それ以上は聞かないことにする」
あっさりぶっちゃけた紗那に、俺は踏み込んではならないと判断した。そっと両耳を抑えるジェスチャー。もうナニモキコエナイ。
「それにしてもあの女、なんて体してやがんですかね。あんなだらしない胸してるくせにウエストは紗那とそう変わらないとかオノレオノレ……」
アンネリーゼの制服を親の仇とでも言いたげに睨みつける紗那。そうか、昨日アンネリーゼがおっぱい揉まれたとか言っていたのはこのために寸法を測っていたのか。
だとしても揉みしだかなくてもよかったと思うが……闇が深い。陽光騎士団なのに。
「じゃあ、これは俺からアンネリーゼに渡しとくよ」
制服を受け取ろうとすると、ひょいっと遠ざけられてしまった。なんで?
「紗那が自分で渡すです。先輩だと渡す前になんに使われるかわかったもんじゃねえです」
「なんにもしないよ!? ホントだよ? 忠臣さんウソツカナーイ」
どうして俺そんなに信用ないの? 真の変態は今キッチンにいる奴だよ。
「そ、それにどうせ先輩、朝ごはんまだですよね? まったくだらしねえですね先輩は。仕方ねえですから紗那が作ってあげ――」
「早く戻ってください生ゴミ。料理が冷めてしまったら縊り殺しますよ?」
リビングの、正確にはキッチンの方から苛立たしげな声が聞こえてきた。
「……」
「……」
「誰です? あの女の声じゃねえですよね?」
「あーうん、アンネリーゼの部下っていうかメイドさんが来てて」
「暗黒魔界人増えてんじゃねえですか!? そういうことはちゃんと報告してもらわねえと困んですよ先輩!?」
「悪い悪い」
激昂する紗那を宥めていると――あっ、焦れたロロットが廊下に出てきちゃったよ。
無論、裸エプロンで。
「遅いと言っているのが聞こえませんか、生ゴミ」
「ちょっとロロットさんそんな格好で出て来ないでくれませんかねぇ!?」
ロロットを押し戻そうとした俺だったが、もう遅いことを背後からの殺気で悟る。ギギギギ、と油を挿し忘れた機械のようにぎこちなく玄関を振り向くと、そこには目からハイライトを消した後輩女子がいた。
「……先輩、その人、なんで裸エプロンしてんです?」
「なんでだろうね! 不思議だね!」
すると、なにか余計なことを閃いたらしいロロットがポンと手を叩いた。そしてわざとらしくよろけて壁にもたれかかるように女の子座りし――
「実は、この格好はそこにいる生ご……タダオミ様が無理やりヨヨヨ」
「せんぱぁああああああああああいッ!?」
「違うんだこれには頭のおかしい理由があってアダダダダダダ紗那さん俺の耳に取り外し機能はついていませんッ!?」
ガチャリ。
既に大炎上している玄関にガソリンを注ぐかのごとく、俺の部屋の扉が開いた。
現れたのは当然、眠い目を擦る紅髪の美少女――アンネリーゼお嬢様だ。
「もう、さっきからうるさいんだけど……」
さてここで問題です。アンネリーゼはどんな格好をしていたでしょうか?
正解は――タオルケットで隠しちゃいるが、疑いようもなくZENRA!
「先輩の部屋から、あの女が、裸で……」
よろけた紗那が紙袋と制服を床に落とし、みるみる形相を変えて――は、般若だ。般若様が顕現なされた!
「どういうことか説明しやがれってんです先輩ッ!?」
般若化した紗那を説得するのに、たっぷり十分ほどかかってしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます