第19話 簡単料理教室
数分後。
俺は心なし肌がツヤツヤしているロロットと一緒にキッチンに立っていた。
「どうしてこうなった?」
アレはそうだ。朝のお通じを終えてキッチンに行ったら、朝食の準備を始めたらしいロロットがイソギンチャクと大根をフュージョンさせたような謎のナマモノに包丁を入れようとしてやがったんだ。
即座に止めたね。もう光の速さかってくらいの勢いで。ちなみに台所で背中を向ける裸エプロンにドキリとしたのは内緒。
「邪魔をしないでもらえますか生ゴミ。これは暗黒魔界ではポピュラーな食用魔物ですよ」
ロロットは止めた俺に苛立ちを隠しもしなかった。正直あんなグロテスクすぎるもんを食卓に出された日には食欲やSAN値が一気に低下しかねない。俺は食べないにしても精神衛生上止めざるを得なかったんだよ。
「アンネリーゼはこっちの食材で作った料理の方が喜ぶんじゃないか?」
「……生ゴミのくせに一理ありますね」
「あと服を着ろ」
「このエプロンは馬鹿には見えない仕様ではなかったはずですが?」
「エプロンだけじゃ衣服にカウントされません!?」
そんなこんなで裸エプロンをやめさせることはできなかったが、俺がロロットにこちらの世界の料理を教える、という夢にも見たくなかった展開になったわけだ。
俺好みの作り方だと毒を吐かれそうなので基本に忠実なレシピをスマホで検索する。
味噌汁、卵焼き、アンネリーゼが好きそうだからアジの干物も追加しよう。
「このオミソとやら、変わった味をしていますね。少し塩っぽいですが悪くないです。こちらのオトーフは逆に淡泊な味。ダシという概念も新鮮です。……むむむ、悔しいですがなかなかに興味をそそられますね」
味噌汁の材料を一つ一つ味見しながらロロットは感嘆の声を上げていた。俺がこの間スーパーで買い込んでおいた食材たちだ。だからさっきの食用魔物みたいな怪しいものは一つとしてないぞ。安心安全!
ロロットはメイドらしく料理、というか家事全般が好きなんだな。なぜか目の敵にされている俺が教えてるってのに、指示には素直に従ってくれる。
「ふんふーん♪」
なんか鼻歌まで歌い出したぞ。丸見えのお尻もリズムよくふりふり。ただし表情は相変わらず極限の無。いろんな意味でこえーよ。
「そ、そういえばアンネリーゼは?」
俺は裸エプロンを視界に入れまいと目を逸らし、一向に姿を見せないお嬢様が気になって訊ねた。ロロットは掌に乗せた豆腐を包丁で正確な立方体に切り分けながら――
「まだお休み中です」
「起きなかったのかよ……まさか、お前が変な暗黒魔術をかけたんじゃないだろうな?」
「アンネリーゼ様は暗素の動きには敏感です。そんなことをすれば一発で起きてしまうではないですか」
「一発で起こす方法あるじゃん!?」
最初からそうすればよかったのに、このクソメイドは自分の変態的欲望のためにあえて使わなかったんだ。まったく、どちらが汚らわしいかわかったものじゃない。
「そんなことより次はどうすればいいかさっさと教えなさい生ゴミが」
「ねえ、人に物を教わる態度って知ってる?」
「え? ひ……と……?」
「真剣に疑問で返すな!? お前の目に俺はどう映ってんだよ!?」
「生ゴミですが?」
「そうだったね!?」
教えるのやめようかなぁ? でもそうなると怪しい食材で怪しい料理を出されかねないからなぁ。ここはぐっと我慢してスマホの画面に視線を落とす。
「えーと、次は鍋に水と出汁の素を入れて中火にかけて、沸騰したら具材を入れて味噌を溶かすんだ」
「中火ですね」
ロロットは鍋に水を入れると、なにを思ったのかコンロには置かず、床に直径三十センチほどの魔法陣を展開させた。
暗黒の魔法陣が怪しく輝く。すると、そこから小型犬ほどの大きさをしたイタチっぽい胴長の動物が飛び出してきた。
「うわっ、なんだこいつ!?」
驚く俺の足下でイタチモドキは斑点模様の背中を丸めると――ボワッ! 闇色の炎を噴射。ロロットは何食わぬ顔でその炎に鍋をかけやがった。
「……一応訊こうか。なにしてんの?」
「中火にかけろと言ったではないですか? 故にそれ用の魔物を召喚したのです」
「魔物がコンロ代わりかよ」
暗黒魔界の常識なのか、それともロロットだけ特別なのか。後者だと思いたい。
「大丈夫なのか? 魔物って危険な存在なんだろ?」
「この子は私が契約を施しているので安全です。魔物の中には便利な能力を持つものも多く、このように契約で縛って使役している暗黒術師は珍しくありません。他にも人間の老廃物を主食とするスライムなどもいますよ。いつかアンネリーゼ様で試してみたいものですねふへへ♪」
あらぬ妄想で鼻の下をだらしなく伸ばしつつも、ロロットは手順通りに味噌汁を作っていく。アンネリーゼ絡み、それも本人が見てない時だけなんとも表情豊かだなオイ。
ん? 人間の老廃物を主食とするスライム?
まさか、昨日のアレがそうだったんじゃ? もしあのまま紗那がスライムに捕らわれ続けていたら……あまり深く考えない方がいいよね!
と、炎の噴射を終えたイタチモドキが俺の足に猫みたいに擦り寄ってきた。
「へえ、けっこう人懐っこいんだな」
屈んで手を差し出すと、イタチモドキは自ら頭を擦りつけて気持ちよさそうに目を細めた。なにこれ可愛い。魔物とはいえ、見た目は小動物だもんな。こうして懐いてくれると無性にもふりたくなってくる。
「妙ですね。普通、魔物は契約者以外には懐かないものですが……」
「そうなのか?」
「餌だと思っているのでしょうか? ダメですよ。生ゴミなんて食べたらお腹を壊します」
「おい」
ロロットはイタチモドキを抱きかかえて俺から引き離すと、代わりに盛りつけが完了した椀を見せつけるように差し出した。
「いかがですか? 完璧でしょう?」
気のせいか、ロロットの無表情がドヤ顔に見えたぞ。
確かに、悪くない。味噌が流動する汁の中から崩れていない豆腐が顔を出し、小さく切った油揚げが浮かんでいる。アクセントの青ネギが実に食欲を刺激してくる出来栄えだ。
「いいと思うが……やっぱり青ネギは切らず椀の内側に敷いた方が芸術だよなぁ」
「は?」
生ゴミを見るような目を向けられた。俺を罵る時も別の意味で表情豊かだよね君。
「次はアジノヒモノとやらを作りましょう。火は使いますか?」
「使うけど、魔物じゃなくてこっちでやってくれ」
火事になっても困るので今度はガスコンロを使わせる。
フライパンにホイルシートを敷いて皮目を下にし、中火で六分弱。腹の部分の脂がふつふつして身が白くなったら引っ繰り返し、さらに三分。ふっくら仕上げるには焼きすぎないことがコツだ。
そうして順調に朝食が完成していくと――ピンポーン!
間延びしたインターホンの音。こんな朝っぱらから誰か来たのか? 珍しいな。
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