第16話 要観察対象

 暗黒魔界の穴はいつの間にか消え去っていた。

 俺たちは戦闘で散らかしてしまった空き缶やペットボトルを片づけ、場所を移動してから改めて話し合いをすることにした。


「つまり、紗那たち退魔師が『悪魔』って呼んでる怪物は、アンネリーゼたち暗黒魔界人にとっても有害な『魔物』だったってことでオーケー?」


 アンネリーゼ曰く、『魔物』とは暗黒魔界の動植物の上位にあたる存在らしい。体内の暗素量が多く、特殊能力を持つものもいる。そういう意味だけなら暗黒魔界人も同じかもしれないが、魔物は総じて知能が低く凶暴なんだとさ。

 暗黒魔術の『契約』で手懐けることもできるようだが、基本的には討伐対象のようだ。


「あたしと魔物が同じだなんて失礼にも程があるわ」


 アンネリーゼは大きな胸を持ち上げるようにして腕を組み、ムスッとした表情で紗那を睨んだ。溶けかけてボロボロになっていた紗那の制服は、幻を生み出す陽光魔術を使って修繕したように見せかけている。


「確かにここまで人間らしい悪魔は見たことねえですが……『魔王級』ならあり得るかと思ったです」


 あの時、ドラッグストアで紗那が『魔王級』とか電話で言ってたのは、アンネリーゼの出現を教会が感知したからだった。ソシャゲちゃうやん。


「魔界にも人間が住んでるなんて、驚きです」


 紗那はひとまず納得はせずとも理解はしてくれたようで、アンネリーゼに対する敵意を引っ込めてくれた。


「ですが、お前が悪魔に近い気配をしていることは変わんねえです。いつ本性を現すかわかんねえ存在をこの街の常駐騎士として放置なんてできねえです。要観察対象として教会に報告するですが、いいですね?」

「あたしたちに危害を加えないなら好きにすれば?」

「それはお前の態度次第です」


 睨み合う二人。火花がバッチバチだった。仲良くするのはこの様子じゃ難しいな。


「ただ、要観察対象となったからには紗那の目の届く場所にいてもらうですよ。そうですね……」


 紗那は顎に手をやってしばし考え込み――


「まず、学校には一緒に通ってもらうです」


 予想外のことを言い放った。


「え? いいの!」


 アンネリーゼは嬉しそうに頬を緩ませた。

 が、そこには異議を唱えたい。


「待て、学校に通うって大丈夫なのか?」

「心配しなくても、手続きは紗那の方でなんとかすんです」

「いや、そうじゃなくて、この世界の常識からままならない異世界人だぞ? ポンコツだぞ? アンネリーゼが高等教育について来れるわけないだろ!」

「タダオミが酷いこと言ってるぅ!?」


 涙目で揺さぶられたが撤回しません。だって本当のことだもん。


「あくまで監視が目的ですから、そいつがどんだけ頭の悪さを晒しても被害がなけりゃ知ったこっちゃねえです」

「こっちも酷い!?」

「それにアレだ、紗那たちからすれば一般人の大勢集まる学校に危険人物を通わせることになるぞ?」

「長時間紗那の目から離れる方が問題です。この街の退魔師は紗那だけですから」


 他の教会関係者に見張らせることはできるが、なにかあった時に対処ができないってことか? それなら多少リスクがあっても紗那の近くにいた方が安心という判断なんだろう。

 でも学校なんて通うようになったら、ますます暗黒魔界に帰ってもらえなくなりそうなんですけど……。


「それと、要観察対象が解除されるまで紗那はお前と一緒に暮らすです。嫌々ですが仕方ねえです。で、どこに住んでんですか?」


 紗那は馬鹿にされて崩れ落ちているアンネリーゼに問う。目が本気で嫌そうだった。


「……タダオミの家」

「そうですか先輩のい――ふぁ!?」


 紗那が変な声を上げて目を大きく見開いた。


「どういうことですか先輩!? いつからですか!? いつから二人は一緒に住んでやがんですか!?」

 詰め寄ってきた紗那が胸倉を掴んでぐわんぐわんさせてくる。今、空前の俺揺さ振りブームでも来てんのかね?

「昨日からだけど」

「本当、なんですね……?」


 胸倉を放した紗那がよろりとよろけた。それからキッ! と俺を睨む。覚悟を決めたような目とは今の紗那みたいな目を言うんだろうね。


「わ、わかったです。じゃあ、紗那も先輩のお家にお引っ越しすんです」


 うん、とんでもないこと言い出したぞ。


「いやいや、それはちょろっとマズいんじゃない?」

「なにもマズいことなんてねえです。これもお仕事です」

「いやいやいやいや、紗那さんや、落ち着いてよく考えよう。な?」

「そいつはよくて紗那はダメなんですか!? ハッ、もしかして夜な夜なベッドでイイことする気なんですね!? 先輩のスケベ!? バインバインがいいんですね!? 紗那みたいなちんちくりんの幼児体型はお呼びじゃないと言いてえんですねぇえッ!?」

「だから落ち着けってだいぶ変なこと口走ってるぞ!?」


 涙目で喚く紗那をどうにか宥めると――かぁあああああっ。冷静になった頭で自分の発言を思い出したらしく、頭にヤカンを乗せたら沸騰しそうなほど赤面していた。


「……すみませんです。ちょっと取り乱しちまったです」


 深々と頭を下げ、紗那は一つ深呼吸。別の案を提示する。


「確か、先輩のお家の前にアパートがあったですね。紗那はそっちにお引っ越しするです」

「あ、ああ、もうそれでいいや」


 築云十年という年季の入ったアパートだ。店子もそんなにいなかったから即日入居も可能だろう。しかし行動力あるなぁ、紗那。仕事熱心すぎるでしょ。

 きゅるるるぅ。

 誰かのお腹が可愛い悲鳴を上げた。


「タダオミ、スルメが切れたわ」

「そこは普通にお腹空いたでよくないか?」


 犯人はアンネリーゼだった。お腹を押さえ、恥ずかしいのか少し頬を染めている。


「……こいつはスルメを燃料に動いてんですか?」

「なわけないだろ」


 紗那は若干引いていた。


「そういえば、俺も昼飯途中で抜けてきたから腹が――あっ」


 公園の時計が目に入る。さーっと血の気が引く。


「午後の授業、始まってる……」


 その後、アンネリーゼを帰らせて盛大に遅刻して戻った俺たちは、それぞれの先生から厳しめに雷を落とされるのだった。

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