第15話 共闘

「暗黒魔界の入口、だよな?」

「先輩は下がっててくださいです。アレは悪魔がこちらの世界に現れる時に通る道です。こんな真昼間から開くことなんて滅多にねえはずなんですが……」


 紗那の手に再び光の剣が握られた。そして切羽詰まった表情で暗黒の穴を消し去るべく疾駆する。


「止まって!?」

「ふぁ!?」


 ダサTとジャージを後ろ前に着て戻ってきたアンネリーゼが紗那に重圧をかけた。強制停止させられた紗那は危うく地面とキスするところだったが……その目の前に、暗黒の穴から飛び出してきた粘体状の物体がべちゃりと付着した。

 じゅわぁ、と溶けていく地面を見て紗那が青褪める。あと一歩踏み込んでいたら溶けていたのは紗那の方だったぞ。


「れ、礼は言わねえですよ」

「言いなさいよ、お礼くらい」


 アンネリーゼが重圧を解く。同時に紗那はバックステップでその場から離れた。

 暗黒魔界の穴からドロリとした粘体が流れ落ちてきたんだ。それは一箇所に集まって体積を膨れ上げると、無数の触手を生やして悍ましくうねらせた。

 中心には拳大の黒い鉱石が見える。


「え? スライム? マジか! 本物初めて見た!」


 ゲームや漫画に登場しそうな見た目の怪物にちょっとテンション上がった。


「いえ、先輩、これが悪魔です」

「なに言ってんの? アレは魔物よ?」


 俺の言葉を否定した紗那をさらにアンネリーゼが否定。紗那はムッとしてアンネリーゼを睨むが、今は喧嘩している場合じゃないぞ。

 スライムがその触手を一斉に動かした。

 俺に向かって。


「なっ!?」

「先輩!?」


 紗那やアンネリーゼはガン無視だった。咄嗟に紗那が光の剣で触手を斬り落としたから事なきを得たが……え? どうして俺から捕食しようとしたんだこいつ?


「スライムなら女の子狙うんじゃないのか普通!? お約束だろ!?」

「先輩その漫画脳は今すぐ捨てやがれです!?」


 男の俺が服を溶かされてイヤーンしても誰得だよって話。まあ、現実問題、一番雑魚そうに見えたんだろうなぁ。男としてショックだわ。


「まさかタダオミを食べるつもり? お腹壊しても知らないわよ」

「スライムのお腹ってどこだろうね!」

「邪魔すんじゃねえですよ魔王級。アレは紗那が仕留めんです!」


 左右に五本ずつ光の剣を生成した紗那がスライムに飛びかかる。触手で応戦するスライムだが、光の剣に触れるだけで弾けて消滅していく。

 退魔師というだけあって、紗那の力は対悪魔に特化しているんだな。光の剣が振るわれる度にスライムの体積が少しずつ減っているみたいだ。


 圧倒……しているな。

 このまま簡単に倒せちまうんじゃね?

 ――って思ったら紗那の足下の地面からボコッ! 二本の触手が突き上がった。


「ふぁあっ!?」


 やばい、触手が紗那に絡まったぞ。じゅわじゅわと制服が溶かされていく。ボロボロと虫食い状態になっていく制服から白い下着が――見えたッ!


「こ、このエロ悪魔……せ、先輩、見ねえでくださいです!?」


 大丈夫だ、もう見えない。なんか知らんけどアンネリーゼに手で目隠しされたからな。


「アンネリーゼ、頼む。まだ暗黒魔術が使えるなら紗那を助けてやってくれ。アレでも一応、大事な後輩なんだ」

「まあ、いいけど……ちょっとあのおチビさんあられもない感じになってるから、なるべく見ないであげてよ?」

「誰がちょっとのあられな小餅ですかぁあッ!?」

「元気そうだぞ?」


 地面みたいに一瞬で溶けるのかと思ったが、捕食する時は弱酸性でじわじわ消化するんだろうか? まったくなんてイヤらしいスライムなんだ!


「頼む」

「……わかった」


 アンネリーゼは俺から手を放して駆け出すと、片手の魔法陣から鉤爪状の禍々しい刃を伸ばした。カッコイイなそれも。

 そしてすり抜け様に紗那に絡まっていた触手を根元から切断し――スライムの破片で足を滑らせて顔面から思いっ切り転んじゃった。


「あぐぅ!? こ、こんなところに罠を仕掛けてるなんて卑怯よ!?」


 それ絶対罠じゃないと思います。せっかく格好よかったのに、プラマイゼロどころかマイナスになってるのが残念だ。ダサTジャージサングラスも拍車をかけてやがる。


「遊んでないでさっさと終わらせるわよ!」

「すっ転んでるお前に言われたくねえです!?」


 二人は頷き合うと、それぞれ左右に飛んで頭上から降り注いだ触手の雨をかわした。

 アンネリーゼが魔法陣を展開。重圧でスライムの動きを封じる。びしゃびしゃと苦しそうに形を歪ませているスライムは、完全に身動きが取れないようだな。


「今よ!」

「紗那に命令すんなです!」


 束ねられた十本の光の剣が、スライムの中心にある鉱石に向けて撃ち放たれる。

 熱したフライパンに水を垂らしたような音が響く。

 あっさり貫かれたスライムは、少しだけもがいた後、とんでもない水蒸気を上げて爆散するのだった。

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