第14話 陽光騎士団

 いや、剣が光っているのかと思ったが、光そのものが剣の形になっている?


「誰よ!?」


 アンネリーゼが誰何する。と、襲撃者は茂みを飛び越えて姿を現した。


「それはこっちの台詞です。心配して後を追ってみたら……先輩、一体ここでそいつとなにをやってんですか!」

「えっ? 紗那……?」


 見間違えるはずがない。

 襲撃者は、俺の後輩――晴ヶ峰紗那だった。

 だが、普通じゃないぞ。紗那の両手にはそれぞれ、そこに刺さっている光の剣と同じものが握られている。さらに何本も周囲に滞空していて……なんかカッコイイな!

 ――って感動してる場合かよ俺の中二心!


「先輩、そいつから離れてくださいです! そいつは悪魔です!」


 紗那は光の剣で牽制しつつ、一歩ずつ俺たちとの距離を縮めてくる。


「どういうことだ、紗那? お前は一体、なんなんだ?」


 問うと、紗那は少し悲しそうな顔をし――ピンと背筋を伸ばした。


「光十字教会陽光騎士団所属、飛輪市常駐騎士――晴ヶ峰紗那。それが、本当の紗那です」


 そして軍人みたいな名乗りを上げた。


「中二病?」

「ふざけるのは今度にしてくださいです。今は真面目に、紗那の話を聞いてくださいです」


 どうやらガチらしい。あの光の剣もオモチャや特殊なドローンとかには見えないしな。

 ファンタジーは暗黒魔界だけじゃなかったってことかよ。


「ようこうきしだんってのは?」

「太陽を信仰する光十字教会に属する組織です。太陽の恩恵である陽素を操ることで光の奇跡を行使する退魔師の集団です」


 光十字教会は知っている。紗那がお世話になっている教会の名前だ。珍しい宗派だとは思っていたが、アンネリーゼと同じ非常識側の存在だったとは驚きだな。


「今まで黙っていてすみませんです、先輩。できれば、知られたくなかったんです」


 申し訳なさそうに瞑目する紗那だったが、すぐにカッと目を見開いてアンネリーゼを睨みつけた。


「質問は後でいくらでも受けつけるです。だから、今は早くその悪魔から離れてくださいです!」

「待て、悪魔って、アンネリーゼのことか?」

「それがそいつの名前ですか? だとしたら、他になにがいるって言うですか!」


 紗那の目は、冗談を言っているようには見えなかった。


「お前、やっぱり悪魔だったの? 世界征服するの?」

「しないわよ!? あとあたしは悪魔なんかじゃないわ!?」


 本人は否定。でも紗那は本気だ。俺はどっちを信じればいい?


「これ以上の問答は無用です!」


 紗那が地面を強く蹴る。数メートルの距離を一瞬で踏破し、アンネリーゼの首を狙って光の剣を容赦なく一閃。

 アンネリーゼは紙一重でかわした。

 お、俺には紗那の移動が見えなかったぞ。


「裸で先輩を誑かして、一体なにが目的ですかこの悪魔め!」


 紗那さん、なんかめっちゃ怒ってらっしゃる。悪魔ってそういう意味じゃないよね?


「た、誑かしてなんかないわよ!? あたしの服を脱がしたのはタダオミよ!?」

「先輩は変態ですがそこまでの変態じゃねえです!?」


 すみません本当です。さらに日焼け止めをこれでもかって塗りたくったからたぶんもっとやべー変態です。


「待ちなさいよまずは話を――」

「問答無用と言ったです! 悪魔の話に耳を貸すと紗那まで洗脳されちまうです!」


 光の剣が乱舞する。アンネリーゼは一撃一撃をかろうじて避けているが……まずいな。ここじゃアンネリーゼは暗黒魔術を使えない。防戦すらできないぞ。


「あーもう落ち着きなさいよ! タダオミからもこのおチビさんになんとか言って!」

「誰がちっちゃすぎてアリンコかと思ったですかぁあッ!?」

「そこまで言ってないわよぉおッ!?」


 紗那の激昂と共に光の剣が流星群のごとき勢いでアンネリーゼを爆撃する。既に光の剣は地面に刺さるだけじゃなく小さなクレーターを生み出す威力になってやがる。

 あんなの一発でもまともにくらったら、いくらアンネリーゼでもただじゃ済まないんじゃないか?


「ちょこまかと……紗那の陽光魔術で消し飛ばしてやんです!」

「くっ、仕方ないわね。本当はこんなこと、したくないんだけど」


 コッ、と。

 アンネリーゼは爪先で足下の地面を小突いた。


「タダオミは離れて!」


 瞬間、アンネリーゼを中心に巨大な黒い魔法陣が展開した。ただの人間でしかない俺でもヒシヒシと感じるほどとてつもない力が収斂し――ズン!

 全てを押し潰すような重圧が、アンネリーゼの周囲に発生した。

 草木が圧し曲がり、石が砕け、地面がバコベコと凹んでいく。


「なっ!? どうして、悪魔が昼間にこれほどの力を使えんです!?」


 重圧に膝をつき、驚く紗那。

 俺もビックリだ。だって、さっきまでアンネリーゼは暗黒弾一発たりとも撃てなかったはずだろ。

 なのにどうして、こんなレベルの暗黒魔術を使うことができたんだ?


「確かに外だと周囲の暗素を利用できないわ。でも、自分の中にある暗素は別よ」


 そういえば、暗黒魔界の物質は人や動物含めて多かれ少なかれ暗素を宿しているって言ってたっけ。


「まあ、ここが日陰だからできた芸当だけどね」

「その理屈なら命を削ってるようなもんですが、余裕そうですね。やはり、お前が『魔王級』だったですね!」


 紗那は前髪のヘアクリップに触れる。すると十字架を背負った太陽から強烈な輝きが周囲を白く染め、暗黒魔術ごとアンネリーゼを呑み込んだ。


「うわ眩しっ!?」


 俺は思わず腕で目を庇う。


「溜め込んだ陽素を一気に解き放ったです! 悪魔ならこれで燃え尽きるはず――ッ!?」


 重圧が消えて立ち上がる紗那。だが、光が収まった時、そこには何事もなく立っているアンネリーゼの姿があった。

 日傘を前方に差し、サングラスをかけた状態で。


「う、嘘です。日傘と、サングラス……そんなもんで」

「それだけじゃないわ。タダオミにヒヤケドメを塗ってもらったからよ」

「日焼け……止め……?」


 あ、紗那が俺を見た。どうやら、気づいてしまったようだな。俺が日焼け止めを求めていた真の理由に。


「そ、そんなもんで悪魔が日光を克服できんですか! 馬鹿にすんじゃねえですよ!」


 激昂し、紗那は光の剣を頭上で一つに束ねた。数十倍に膨れ上がった光剣が、その照準をアンネリーゼに固定する。

 アレは、やばい。

 俺は駆け出す。紗那の奴、怒りのあまり周りが見えなくなってやがる。

 暗黒魔術も、陽光魔術とかいうのにも俺は詳しくなんてない。でも見ていたからなんとなくわかる。あんな馬鹿でかい光の剣を落としたりしたら、日焼け止めとか関係なくアンネリーゼは消し飛ぶぞ。


「もうやめろ! 紗那!」


 俺は大きく両腕を広げてアンネリーゼを庇った。確かにこいつは俺の家に無理やり巣食って迷惑してるが、だからと言って死んでほしいなんて思っちゃいないんだよ。

 光の巨剣が迫る。紗那は俺を守るために戦っている。だったら俺が出れば紗那は攻撃を止めてくれるはずだ。

 もし既に手遅れで止められなかった場合は……え? 俺、死ぬじゃん。


「先輩!?」

「タダオミ!?」


 ぐいっと後ろに引っ張られた。

 入れ替わるように、アンネリーゼが俺を庇う体勢になる。


「なっ!?」

「大丈夫、あたしが、絶対守るから!」


 暗黒魔術の障壁が展開される。

 拮抗は一瞬。障壁は呆気なく砕かれ、光の巨剣が無慈悲にも俺たちへと迫り来る。


「くっ!?」


 光の巨剣は、アンネリーゼの鼻先でピタリと停止した。紗那が止めてくれたんだ。あとほんの僅かでも遅かったら……そう思うと、腰が抜けそうになった。

 光の巨剣が虚空へと消える。アンネリーゼが涙でくしゃった顔になって振り返る。


「タダオミ! 庇ってくれたのは、う、嬉しかったけど、危ないでしょ!?」

「そうですよ! 先輩まで死んじゃうかと思ったじゃねえですか! 紗那を人殺しにする気ですか!?」


 アンネリーゼだけじゃなく、紗那まで必死の形相で詰め寄ってきた。二人して俺の体を心配そうにぺたぺた触って……くすぐったいな。

 でも、おかげでハッキリしたよ。


「こいつは、悪魔なんかじゃない」


 俺だって最初は悪魔的な存在じゃないかと疑ったこともある。でも、違った。アンネリーゼが本当に悪魔なら俺を庇ったり心配したりするもんか。


「暗黒魔術が使えたり、日光を浴びると燃えたりするけど、それ以外は普通の女の子だ。ちょっとポンコツだけど、紗那と同じように他人を思いやれる『人間』だ」

「誰がポンコツよ!?」

「……」


 頭が冷えたのか、紗那は神妙な顔になって俺から離れた。それからまだ俺に抱きついたままのアンネリーゼをじっと見据える。


「……裸で抱きついてんです」

「アンネリーゼさんすぐに服を着てきなさい!」


 俺は爆風で吹っ飛んで茂みに引っかかっていたダサTとジャージを指差した。アンネリーゼは紗那を警戒しているのか、少し躊躇ってからいそいそと着替えに行って――


「た、助けてタダオミ!? 絡まっちゃった!」


 ダサTの穴という穴を間違えてオバケみたいになっていた。不器用すぎる……。


「自分で頑張れ。着替えの特訓だ」

「なにしてんですか……」


 その間抜けた様子に、紗那は小さく息を吐いた。


「はぁ、仕方ねえです。まだ信用できねえですが、話くらいなら聞いても――」

「ちょっと待て!?」


 俺は紗那の言葉を遮った。せっかく聞く耳を持ってくれたのにそうしたのは、俺の視界に妙なものが映ったからだ。


「アレって、まさか……」


 そこにはアンネリーゼが転んで散らかし、俺が片づけた空き缶の屑入れがある。

 だが、問題はそれじゃない。

 その頭上に、直径三メートルほどの暗黒が渦巻いていたんだ。

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