第13話 お外で
俺は学校からほど近い場所にある自然公園にアンネリーゼを連れてきた。
平日の真昼間だから人はほとんどいないな。人工林の中に入っちまえば誰かに見られることもなさそうだ。
念のためもう一度周囲を確認し、俺はアンネリーゼと向き合う。
「まず、忠臣さんは激おこです。その理由はわかりますか?」
「スルメが足りないのね」
「そう、スルメシウムの摂取量が足りずにイライラして――って違ぁーう! 誰がカルシウム不足やねん! 毎晩寝る前に牛乳飲んどるわ!」
この俺にノリツッコミさせるとはなかなかやるじゃないか、お嬢様よ。
「大人しくしとけって言ったのになんで学校まで来てんだよ! 危ないだろ!」
「だって、タダオミってばいつまで経っても帰って来ないじゃない。退屈だったから散歩してたの。外に出るなとは言われてないわ」
「日焼け止めはどうした?」
不器用なのか、アンネリーゼが自分で塗っても効果なかったはずだ。
「ああ、ロロットに塗ってもらったのか?」
「ううん。そうしてもらおうと思ったんだけど、ロロットってばなぜか急に鼻血出して倒れちゃったのよ」
小さく首を振るアンネリーゼ。なるほど、あの毒舌メイドはぶっ倒れたか。アンネリーゼの様子からして大したことなさそうだが、いい気味だな。
「太陽の光を直接浴びなければ大丈夫だから、ここまで影を歩いてきたの。影がないところは、こうヒガサを上手く使って」
アンネリーゼは器用にも日傘の影に全身が入るようにしてちょこちょこ歩いてみせた。傍から見たら格好も相まって全力で不審者だ。よく通報されなかったな。
「まあ、ここまで来た理由と方法はわかった。でも夕方には戻るって言ったよね?」
「ユーガタっていつよ?」
そうか、暗黒魔界には『夕方』の概念はないのか。太陽がずっと隠れてるらしいからかな。となるとこれはアンネリーゼの好奇心を見誤っていた俺の落ち度だ。
「別にいいでしょ? 何事も挑戦よ。挑戦しなきゃなにも成せないわ」
「一理ある。なれば今回の挑戦で得た物とはなんぞな?」
「タダオミの学校がわかったわ」
「俺の学校を特定して一体なにをする気だ! 俺は悪いことなんてなにもしてないんですお巡りさん!」
現在進行形で学校抜け出してるけどね。でも松ゴリ先生に許可はもらったし。
「てか、よく俺の学校がわかったな」
教えた覚えなんてないし、そもそもアンネリーゼがこの世界で家の敷地外に出たのは初めてのはずだ。
「あの大きな施設からタダオミの気配を感じたのよ」
「馬鹿な。気は抑えていたはずだ」
「そうなの? ハッキリわかったわよ。今もタダオミからは冷たいけど温かくて、暗いけど明るいような感じがしてるわ」
「なにそれ意味不明だな俺」
そうなると相殺されてなにも残らないんじゃね? まあ、暗黒魔界人に備わっている気配察知能力だとでも思っておこう。
「とにかくもう帰れよ。こんなところで燃えても助けてやれねえぞ」
そんでそのまま暗黒魔界まで帰ってもいいのよ?
「後悔はしてないわ。だってこんなに素晴らしい景色を見られたんだもの」
アンネリーゼは日傘を差したまま人工林の中でステップを踏む。木陰だからなんとかなってるものの、ちょっとでもはみ出たら即座に燃えるから俺のハラハラが止まらない。
「暗黒魔界にこんな綺麗な緑はないわ。あっちの植物はどれもこれも灰色がかった暗い色をしてるもの」
アンネリーゼは公園の景色に目をキラッキラさせていた。あの笑顔の裏ではどうあっても征服してやりたいとか思ってんのかね?
「あんまりはしゃぐと転ぶぞ?」
「ふふん、あたしはそんなドジじゃな――」
ガシャーン!
小石に躓いたアンネリーゼが自販機の横に設置されていた空き缶の屑入れに見事なタックルをかました。期待通りのフラグ回収ご苦労様です。日陰でマジよかった。
うん、こんなポンコツに世界征服とか無理ですわ。心配するだけ損ですわ。
「まったく、ちょっとは自重してくださいよお嬢様」
ビターンと地面に倒れて「ううぅ」と情けない呻き声を漏らしている残念な美少女がそこにいた。
「そこに小石があるのが悪いのよ! 誰かの罠よきっと!」
「はいはい。木漏れ日に気をつけろよ」
むくりと起き上がって涙目で叫ぶアンネリーゼは元気そうだから放っておいて、俺は散らかった空き缶を拾っていく。流石にこれを放置して帰れるほど俺の精神は図太くないし、片づけなきゃ気が済まないんだ。
「ククク、閃いた。閃いたぞ。まず赤い缶は横に並べて青色の缶をその上に。このペットボトルは逆さに置いて、潰して九十度に曲げたアルミ缶をその支えにしてそれから――」
「タダオミがあたしよりゴミ箱に夢中!?」
なんかアンネリーゼが愕然としていた。あー、確かにこの姿勢はマズい。傍から見ると完全にゴミ漁りだわこれ。
「あぼっ!? た、タダオミ!? 大変よタダオミ!?」
「なんだなんだ今俺は忙し――」
慌てた声に振り向くと、木漏れ日に触れたアンネリーゼの左手首から先が燃えていた。わあ、火炎使いの超能力者みたーい!
「――って言わんこっちゃねぇえええええええッ!?」
俺はすぐにアンネリーゼを移動させて炎を消した。
これが全身だったらって思うとぞっとするな。ここじゃどうしようもないどころか、人工林に燃え移って大火事になっていたところだ。
「いてて……」
アンネリーゼはふーふーと左手に息を吹きかけている。すぐに消せたおかげで軽い火傷程度で済んだようだが、放っておくわけにもいかないな。
「ほら、誰もいないからすぐに治せ」
「う、うん……あれ?」
いつものように暗黒魔術で治療しようとしたアンネリーゼだったが、魔法陣すら展開できなかった。
「あ、そっか。外だから使えないんだったわ」
「日陰でもダメなのか?」
「ダメみたい。暗素はあるけど阻害されて上手く繰れないの」
となると、せめて屋内に移動する必要があるってことか。
一番近いところは公園のトイレだ。でも、そこへ行くには日陰から出る必要がある。日傘だけのちょこちょこ歩きじゃ時間がかかりそうだ。ミスっても怖いし。
「ねえ、タダオミ、もうここでお願い」
アンネリーゼはどこか熱っぽい顔になって胸の谷間に右手を突っ込み、俺が昨日買っていた日焼け止め『アカクナラナーイ』を取り出した。
「塗って」
「どこから出してんだよ!? 人肌に温まってらっしゃる!?」
受け取った日焼け止めのチューブはほんのり熱を帯びていた。これがアンネリーゼのおっぱい様の温もり――
振り払え、煩悩。
「塗らざるを得ない、か。わかったよ」
周囲には誰もいないが、念のため茂みの中へと隠れる。
「ほら、バンザイしろ」
「ん……」
子供のように両手を上げたアンネリーゼからTシャツを脱がす。僅かに赤くなった白い肌が露わになり、たゆんと魅惑の双丘が揺れた。
わーお! ノーブラ! ……いや、当然か。俺の服だし。
鼻の辺りに熱いモノが込み上げてくる。でも我慢するんだ俺。
「じゃあ、行くぞ」
「うん、来て、タダオミ」
下も脱いですっぽんぽんになったことを確認し、俺は手に白いクリームを搾り出す。そして恥ずかしさを我慢してその柔肌に塗っていく。
「ひゃわっ」
滑らかな背中は俺の手を吸いつかんとばかりに引き寄せる。やっぱりめっちゃ肌すべすべですやんこの子。肩甲骨の出っ張りも丹念にぬりぬりしないとな。
ぷにぷにの二の腕。鎖骨の窪みも入念に行ったり来たり。俺の手が動く度にアンネリーゼはビクビクと痙攣している。こそばゆいんだろうね。そうに違いない。
「ふあっ」
鎖骨の向こうに見える大きな二つの膨らみ。それらが作り出す絶景の谷間。今にも飛び込みたくなりそうなそこをこれ以上見ていると、俺の中の野生が目覚めてしまいそうだ。
女体を意識してはならない。別のことを考えるぞ。
「んっ!」
さあ、忠臣探検隊は本日もその秘境へと調査に向かいます。
まず我々を出迎えたのはマシュマロの大地。吸いつくような柔らかな地面に足を取られつつも懸命に進んでいきます。
「あひゃっ! わっ! んあっ!」
――大変です隊長! メロンです! 二つの巨大なメロンが前方に出現しました!
――構わん! そのまま乗り越えよ!
「にゃっ!? そこ、だめぇ」
――隊長! 小指隊員が谷に落ちました! 救助に向かいます!
――こちら小指! 谷を抜けた先に洞窟を発見! すぐに調査します!
「おへそっ!?」
――二股の分かれ道だ! すぐに班を分け、それぞれ調査せよ!
「き、昨日より、しゅごいっ」
そうして艱難辛苦を乗り越えた我々は、ついに悟りました。
本日も、なんの成果も得られなかったと。
「だが、忠臣探検隊の絆は確実に深まりました。今後新たな未踏の地に向けて英気を養うため、我々は一時帰還を――」
「タダオミ! 見て!」
「ハッ! ここはどこ? 私はおっぱい」
いや、なに言ってるんだ俺は。馬鹿か。
気づいたら、アンネリーゼの片足を持って土踏まずをこしょこしょしていた。いつの間にこんな遠くへ……。
「いいから見てタダオミ! ほら!」
足を放すと、右手で胸を隠したアンネリーゼが左手を俺に突き出していた。
さっき燃えて火傷したはずのその手は、珊瑚の枝のように綺麗になっていた。
「手が、元通りになってる? 暗黒魔術で治したのか?」
「ううん、気づいたら治ってた。タダオミがヒヤケドメを塗ってくれたからよ」
そんな馬鹿な。日焼け止めは火傷治しじゃないぞ。
「! タダオミ!」
「ほわっ!?」
突然、剣呑な表情になったアンネリーゼに押し倒された。
「きゃああああ襲われるぅ!?」
「襲わないわよ!? ふざけてないでアレを見なさい!?」
アンネリーゼが指を差す。そこはさっきまで彼女が座っていた場所だが……なんだ、あれは?
「剣?」
そこには、眩い輝きを放つ十字の長剣が深々と突き刺さっていた。
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