第12話 訪問者

「……お前ら覚えとけよ」


 紗那から分けてもらった弁当をつつきながら、不貞腐れたように呟く。しかしこの唐揚げ下味がしっかりついててヤバウマ。


「悪い悪い。あ、後輩女子も一緒に食べようなー」


 まったく悪びれた様子もなく杉本は言うと、さりげなく隣から椅子を拝借して紗那の席まで作りやがった。


「先輩たちは昔から仲がいいんですか?」

「まあ、なんやかんやで小学校からの付き合いだからなー」


 こうして席を囲んで昼飯食べるほどじゃないけどな。否定はしない。


「今の忠臣からじゃ信じられんかもしれないけどなー、こいつ、昔はめっちゃ根暗で人見知りで友達なんていなかったんだ」

「小学校低学年の頃の話だろ。俺自身全然覚えてないわ」

「ならどうやって今みたいな関係になったです?」

「忠臣の親って確かあの頃も仕事で海外行っててなー。爺さんの家に一人預けられてたんだよ。そのせいで寂しくて拗ねてただけなんだってわかったら可愛く思えてなー。オレから遊びに誘ってみた感じ」

「あれ? 実はもう処刑始まってる?」


 まさか、このまま俺の恥ずかしい話になるんじゃないだろうな?


「あとアレは傑作だったなー。こいつなー、寂しすぎて空想の友達を作っててさー、さも実在してるかのように語ってたんだよ。なんだったっけ名前? エア子ちゃん?」

「しかも女ですか……」

「待ってホントに覚えてないんだけど!? 俺そんな痛い奴だったの!?」


 全力で否定したいところだが、当時を思い出そうとすると空気を掴むようになにも浮かばなくなる。幼い頃の記憶だからなぁ。てかなぜ人はこうも当人が忘れ去った恥ずかしい過去を覚えてんだよ。公開処刑ヤメレ!


「先輩に、空想のお友達……」

「やめて!? そんな『頭大丈夫?』みたいな険しい目で俺を見ないで!?」


 馬鹿にされるならまだしも、真顔で見詰められたら穴掘って埋まりたくなっちゃう。


「はっ、すみませんです。そんなつもりはなかったです」


 自分が無遠慮に見ていたことに気づいた紗那はペコペコと頭を下げた。ポニーテールがぴょこぴょこ跳ねる。


「えっと……あっ、危うく流されるとこだったです。先輩、昨日の日焼け止めの件について聞かせろです!」


 まだ覚えてたのか。なかなかしつこいな。仕方ない。弁当も半分貰ったことだしちょっとだけ話すとしよう。


「実はそれにはやんごとない理由があるんだ」

「ほう、どんな理由です?」

「やんごとない理由は、やんごとない理由だ」

「意味わかんねえです!? やっぱり誤魔化す気ですね!?」


 フシャーッ! と猫が威嚇するように荒ぶる紗那。悪いな。俺はもうこの話は墓場まで持って行くと決めたんだ。


「ああもう……じゃあ質問を変えんです。先輩、昨日なにか変わったことなかったですか?」

「変わったこと?」


 なんなんだその質問は? あると言えば、ありまくる。寧ろ変わったことしかなかったな。押入れが暗黒魔界とかいう異世界と繋がって美少女が現れ、太陽の光を浴びると燃えるから日焼け止めを塗ってあげると懐かれて無理やり居候することになった。

 こんなことを素直に話したらそれこそ『空想のお友達』だ。


「俺の部屋のレイアウトなら変わったぞ。ククク、素晴らしい芸術に仕上がったよ。見たいか? 見たいんだな? よーし今度見に来るといい」

「あ、それはどうでもいいです」


 掌を立てて冷め切った目でストップのジェスチャーをされた。解せぬ……。まあ、現在レイアウトが異世界になってるから来られても困るんだけどね。

 と――


「なんだ?」


 窓の外がなんかガヤガヤと騒がしいな。


「お? 松ゴリ先生が誰かと話してるなー、不審者でも入ったのか?」


 窓から外を覗いてみると、校門前で松ゴリ先生――体育教師のゴリラ、もとい松井先生が困った様子で誰かの応対をしているな。その周囲には野次馬化した生徒たちが集まり、松ゴリ先生の応対相手を指してキャッキャと黄色い声を上げたりしている。

 ただの不審者じゃなさそうだ。もしかして有名人のサプライズ訪問でも――待て、あの黒地に白い花柄の日傘には見覚えがある。


「まさか……ッ」

「あっ、先輩!?」


 さっと血の気も食欲も引いた俺は、食事を中断して急ぎ校門へと走った。


        ☀


「タダオミを出しなさいって言ってるの! ここにいることはわかってるのよ!」


 校門の前では聞き覚えのある怒鳴り声が響いていた。

 その犯人は……隆起した胸元に『爆発物』と書かれたクソダサいTシャツと、ジャージのズボンに日傘にサングラスという怪しさ満点の不審者だった。

 誰もが好奇の目を向けているな。俺も無関係だったらそうしてる。


「いえ、ですから、あなたの身元がハッキリしないと」

「あたしのことならさっきから何度も説明しているはずよ」

「暗黒なんちゃらだとか言われても……」


 いくら格好がダサくて怪しかろうと、彼女の魅力は隠し切れない。抜群のスタイルに綺麗な紅い髪。シミ一つない白い肌に端正な顔立ちは、野次馬の男どもを湧き上がらせるには十二分な威力を秘めている。

 そんな美少女が下手糞な変装をしたような格好でやってきた目的が『俺を出せ』だ。女子たちもいらぬ妄想を働かせてウキャウキャと様々な噂をでっち上げているに違いない。


「なにやってんだアンネリーゼ!?」


 野次馬を掻き分け、噂が加速されることも承知で俺はアンネリーゼの前に出た。正直見なかったことにしようとも思ったが、俺の名前が出ているから手遅れだ。この学校に『タダオミさん』はたぶん俺しかいないし。


「タダオミ! やっと会えたわ!」


 ぱああああぁ、と。アンネリーゼはサングラスを取って花咲くような笑顔を浮かべた。その魅惑の表情に胸を撃ち抜かれた男子たちが次々と倒れていく。えいせーへー!


「間咲、この子はお前の知り合いか? 外国人みたいだが?」

「はい、そうです。ちょっと遠い親戚の友達のお隣さんの旦那が昔付き合っていた女性の子供的な感じの関係です」

「ものすごい他人じゃないか!?」


 困り果てていた松ゴリ先生だが、俺が本当に知り合いだってことは伝わったようだな。あからさまに安堵した息を吐いたぞ。

 押しつける気だよなぁ。まあ、俺も引き受けるしかないが。


「とにかくなんか緊急の用事があるんだと思います。彼女と話をしてくるので一旦学校を抜けますね! 午後の授業までには戻ります!」

「お、おう」


 有無を言わさぬ勢いで捲し立てて許可を貰う。そして校門を乗り越えてアンネリーゼの傍に着地。そのまま彼女の手を引いて駆け去った。

 女子たちの黄色い叫びが背中に突き刺さるが、ぐっと我慢。

 ああ、これもう学校に戻りたくねえなぁ。

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