第11話 クラス裁判
私立紅鏡高等学校。
県下でもそこそこ大きな城下町である飛輪市の、市街と住宅街の丁度区切りに建つそこが俺の通っている高校だ。進学校だが偏差値は平均程度。徒歩で通える距離ってのがいいよね。おかげでギリ遅刻せずに済んだぜ。
だが、本当の戦いはそこからだった。
朝食を抜いた上に一時限目が体育という鬼スケジュールだったんだよ。動いてる間はよかったけど、それ以降は腹の虫さんが幼児退行したかのごとき癇癪を起こして大変だった。
「ぐあー腹減ったぁ!」
ようやっと昼休みになって俺は机にしな垂れかかった。
俺が在籍する二年一組の教室では、チャイムと同時に購買や学食へスタートダッシュを決める者が半数、弁当持参の者がもう半数ってところか。待ちに待った昼食タイムの解放感が教室内外を大きく賑わせているな。
で、俺はというと基本的に持参派だ。といっても自作しているわけじゃない。学校に来る前にコンビニでおにぎりを確保しているのさ。
いつもなら。
「こうしてる場合じゃねえ! 今日は俺も購買学食戦争に参加せねば!」
朝ギリギリだったんだ。用意してる暇なんてなかった。
「珍しいなー。忠臣が弁当忘れるなんて」
戦場に赴く決意をして立ち上がった俺に、背後から気だるそうな声がかけられた。
「止めてくれるなよ、杉本。これは、俺の問題だ」
「お前は今から死地にでも赴くのかー?」
格好よく言って振り返ると、ぐだーと机に上半身を預けた寝癖頭の男が呆れた視線を向けてきた。
こいつは
「食料ならお前の汚ぇ机の中にありそうだけどなー。カビパンとか」
「おいおい、これほど綺麗に整頓されてる机様に向かってなんてこと言いやがる。カビパンなんて入ってねえよ小学生か!」
「それを皮肉でもなく堂々と『綺麗』って言えるお前の感性がわからんわー」
くつくつ笑いながら杉本は取り出した弁当箱の包みを広げる。ママの手作り弁当らしいが、なぜか包みが毎回ピンク色か花柄で異常に似合ってないな。それを指摘すると怒るから奴は一部からマザコンではないかと疑われていたりする。
「オレも片づけ苦手なタイプだけどよー、どうやったらそんな暗黒魔界が作れるんだ?」
「暗黒魔界言うな! こんなところで繋がったら困るだろ!」
「なに言ってんだ?」
眉を顰めた杉本は、憎たらしくも空腹の俺の眼前で卵焼きを口に運びやがった。わざとらしく美味そうに咀嚼しやがってこいつめ……。
「なんだ忠臣? 物欲しそうな目をしやがって。オレの弁当はやらねーぞー」
「くっ、その唐揚げでいいからヨコセ!」
「馬鹿野郎! 貴様なんぞにメインデッシュをやれるか!」
全力でガードされた。目がマジだったぞ。ママの弁当はおかず一品たりとも奪わせないって気迫がすごい。
「さっさと購買でも学食でも行くんだなー。まあ、もう手遅れだろうけどなー」
「あ、くそっ、お前が話しかけなければ今ごろ……」
この学校の学食は狭いからあっという間に満席&長蛇の列になる。購買だって昼休み開始十分で味気ないコッペパン一つ残らないんだ。今から行っても昼休み中にまともな飯にありつけることはないぞ。
こうなったら学校抜け出してコンビニにでも――
「先輩、お弁当持って来てねえんですか?」
二年の教室ではあり得ないはずの声。
振り向くと、そこには後輩の晴ヶ峰紗那が呆れ顔で立っていた。
「こらこら紗那、一年が二年の領域に踏み込むとは何事だ」
「なんでそんな一昔前みたいな上下制度を持ち込んでんですか? 紗那はちゃんと断りを入れて教室に入ってるです!」
見れば出入口付近の女子グループが興味津々な様子で俺たちをチラ見していた。ヒソヒソとあらぬ噂を立てられてる気がするからあとで話し合いだな。
「それで、俺になんか用か?」
「昨日の日焼け止めについて問い詰めに来たです。忘れたとは言わせねえですよ?」
「忘れた」
「ちょ、今言わせねえって言ったばかりですよ!? アレは一体なんに使ったんですか誰が使ったんですかキリキリ吐いてもらうです!?」
「なんのことだかボクちゃんさっぱりわかんないじょ」
ぷいっとそっぽを向いて惚ける俺。そこについては知らぬ存ぜぬを徹底するつもりであります。
「なんだなんだ修羅場かー? 仲のいい後輩女子がいるのに別の女にでも手を出しちゃったかー? ……許せんな。処刑してくれようかこのクズ野郎」
「急にガチな喋り方すんな怖いだろ!? そんなんじゃねえよ!?」
「そ、そそそそうですよ杉本先輩!? 紗那と先輩は別にそんなんじゃねえです!?」
杉本の目に殺意が宿ったので俺たちは慌てて否定。紗那なんか顔を赤くしてわたわたと全力だった。そんなに俺とそういう関係に思われるのが嫌なのかね。ハッ! 兄妹の関係ならオーケーなのでは!
ぐぅ~。
おっと、ふざけてる場合じゃないな。俺の腹の虫さんがそろそろ大暴れしそうだ。
「悪いな、紗那。俺は今重要なミッションを課せられているのだ。というわけで、コンビニに行ってきます」
「待ちやがれです先輩! 学校抜け出しちゃダメですよ!」
逃がさんとばかりに腕を掴まれた。だがこれは死活問題なのだ! たとえ紗那を引きずってでも俺はコンビニに……う、動けないだと? 紗那の奴、ちんちくりんのくせになんつー力だ。
「先輩、そんなにお腹が減ってんですか? だったら紗那のお弁当を半分あげんです」
「え? いいのか?」
紗那は教会の手伝いをずっとしていて家事万能。掃除や整頓は俺ほどじゃないが、料理が上手いんだよ。もうプロ並み。
「男の人が食べるにしてはちょっと少ねえかもしんねえですが……」
そう言いながら紗那はなぜか持っていたバッグから大き目の弁当箱を取り出した。中身はおにぎりに唐揚げにハンバーグに卵焼きにアスパラベーコンにプチトマトにエトセトラエトセトラ。全部偶数個入ってるな。
てか少ないって、これ運動部の男子でも満足しそうな量なんですけど……。
「やけに準備がいいな。量も多いし。まさか最初からここで食べる気だったとか?」
「い、いえ違うです! えっと、これは先輩が取り調べで非協力的だった時のために用意したカツ丼みてえなもんです! 別に先輩を連れ出して一緒に食べようとか思ってたわけじゃねえです!」
ぐぬぅ……確かに、紗那の料理は美味い。美味いから食べちゃうと口が軽くなっちまうかもしれん。
でも、抗えない。こんなの見たら食べずにはいられないだろ!
「後輩女子のお弁当を分け合って食べる……だと? 忠臣く~ん、見せつけてんじゃねえぞゴラァ!? さてはこのために今日の弁当忘れたな!?」
杉本がいきなりチョークスリーパーをかけてきた。
「ぐわっ!? なんでお前がキレるんだ杉本!? これは母ちゃんの弁当じゃねえぞ!?」
「ママは関係ねえだろー。そこはほら、モテない男子コーコーセー代表として追及する義務がオレにはある!」
杉本、母親のことを『ママ』と呼んでいることが判明。
「皆の者! 集合せよ!」
「「「はっ!」」」
杉本がパチンと指を鳴らし、話を聞いていたらしいクラスの男子連中を周囲に集めやがった。いつもの気の抜けた口調を一変させ、どこかキリッとした顔つきになっている。
「これより間咲忠臣の処遇について議論する」
「異議あり!」
「却下!」
俺には発言権すらないのか!
「杉本閣下、自分は放送委員であります! 昼休みの度に間咲の恥ずかしい過去を暴露するというのはいかがでしょう?」
「採用」
「ヒャメテ!?」
「杉本閣下、自分はこんなこともあろうかと人数分のシャベルとロープを用意しているであります!」
「使わせてもらおう」
「なんで処刑前提なんだよ!?」
「杉本閣下、自分の家が所有している裏山であれば人は滅多に来ないかと」
「よし、そこに決定だ」
「弁護士!? 誰か弁護士を呼んでくれ!?」
「間咲が逃げるぞ引っ捕らえろ!?」
ダッシュで教室から逃走を図ろうとした俺だったが、カウボーイのような巧みな投げ縄術であっさり捕縛されてしまった。お前らどこで覚えたんだよ、その技術。
クスッと紗那が笑った。
「先輩って意外と友達いんですね。仲良さそうで微笑ましいです」
「感心してないで助けてくれませんかねぇ!?」
その後軽く拷問を受けただけで解放されたものの、クラスで吊し上げられた俺の心の痛みは消えないぞ。
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