第6話 日焼け止めの効果

「うん、行ける。あたしならやれる。あたしはできる子」


 必要物資を買って我が家に戻ると、俺の部屋でなんか水をたっぷり注いだバケツを持ったアンネリーゼが陽光照りつける窓の外を睨んでいた。

 なにしてるんだろう?

 バケツ……水……まさか!


「せーの!」


 ザバァーッ!

 バケツの水を頭からかぶったアンネリーゼは、そのまま決死の覚悟と言わんばかりの勢いで開け放った窓から庭へと飛び出した。

 なるほど、濡れていたら燃えないと考えたわけだな。


 ボワッ!


 無意味だった。


「あぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼッ!?」

「なにやってんだもう!?」


 こうなる気がしたので俺は用意していた消火器でブシャーッ! と薄桃色の粉をぶっかけた。一日に二度も消火器を使うことになるなんてな。将来は消防士になれるかもしれん。


「遅かったわね、タダオミ」

「なんか『もう敵は倒した後だぜ』的にドヤってるけど今のお前黒焦げアフロの全裸だからね? 盛大に失敗してたからね?」


 部屋に引っ張り上げたアンネリーゼは意外と元気そうだった。耐久力も吸血鬼並だな。


「あーあー床もびしょ濡れじゃないか。どっから持って来たんだそのバケツ? うちにこんなのなかっただろ」

「一回暗黒魔界に戻ってあたしの家から水汲んできたのよ。大変だったのよ? 誰にもバレずにこっそり持ってくるの」

「ふむ、さては貴様忍びの者か?」

「? そ、そうよ! あたしはシノビだからなんでもできるのよ!」

「絶対わかってないよね?」


 雑巾で床を拭きながらテキトーにボケてみたが、よく知らないままノッてくるとは思わなかった。プライドが高いな。ポンコツなのに。


「それでタダオミは外でなにをしてきたの?」


 暗黒魔術で体とドレスを回復させたアンネリーゼが訊ねてくる。

 俺は雑巾を絞りつつ――


「ああ、太陽と話をつけてきた」

「太陽と!? あそこまで飛んで行ったってこと? 意思疎通できたんだ」

「意外と気さくな奴なんだ。マブダチさ。九百八十円で手を打ってくれた」

「エン? この国の通貨単位のこと?」


 うん、やっぱり異世界人には通じないボケじゃダメか。


「まあ冗談は置いといて」

「嘘だったの!? またあたしを騙したわね!?」


 冗談を本気にしてくれるアンネリーゼが面白くてついからかってしまうんだから仕方ない。俺ってばS寄りだよなぁ。


「これを買ってきたんだ」


 俺はレジ袋から例の日焼け止めを取り出した。


「ちょっと手を出してみろ」

「?」


 アンネリーゼは言われるままに右手を俺に差し出す。俺は日焼け止めの包装を解いて手に白いクリームをむちゅうと搾り、袖を捲った彼女の細腕に満遍なく塗りたくった。


「んっ」


 くすぐったそうにするアンネリーゼだったが、特に拒絶反応とかはなさそうだ。


「なによ、これ?」

「日焼け止めだ。もしこれで効果がなかったら、その時は……ぶん殴られる覚悟です」

「しないわよ、そんなこと」


 最初はぶっ殺そうとしてたのに、というツッコミは心の中だけに止めておく。


「これで燃えなくなるかもしれないのよね? よし、やってみるわ」

「そのチャレンジ精神、俺は嫌いじゃないぜ」


 体が燃えるとか普通ならトラウマ物なんだけどな。まあ、アンネリーゼは暗黒魔術ですぐ元通りになれるから大したことないのかもしれん。


「い、行くわよ」


 ごくりと息を呑み込み、一瞬躊躇ってから、アンネリーゼは日焼け止めを塗った腕を窓の外へと突き出した。


「――ッ」


 ぎゅっと目を瞑るアンネリーゼ。俺も息を呑んで見守る。


「……」

「……」


 一分ほどそうしていたが……燃え、ないな。


「嘘……大丈夫、全然平気」


 燃えることのない右腕を、アンネリーゼは大きく目を開いて見詰めた。日焼け止め効果抜群じゃないか。思いつきはなんでも試してみるもんだな。


「タダオミ! それ寄越しなさい!」


 アンネリーゼは俺から日焼け止めのチューブを引っ手繰ると、自分でもう片方の腕、足、首や顔と露出している部分の肌に塗っていく。


「フフッ、これで完璧ね!」

「あ、ちょっと待っ」


 妖しく笑うや、アンネリーゼは俺の停止も聞かず窓から日差しの中へと身を晒し――


「あぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼッ!?」

「だから待てと!?」


 ドレスが消し飛んで燃えてしまった。消火器の粉塗れになった黒焦げ全裸の縮れアフロが再誕である。ドレスがなによりも先に消えることはわかってたのに、学習しろよ。


「消火器にも限りがあるんだぞ。もっと考えて行動しろ」


 寧ろなんで俺んちこんなに消火器あるの? 親父辺りが買い込んでたのかね。


「そんなことよりタダオミ、これを見て」


 黒焦げのままアンネリーゼは右手と左手を俺に見せつけてくる。日焼け止めを塗ったところは燃えてないって言いたいん……いや、違う。

 燃えてないのは、右手だけだ。

 左手も、足も顔も首も、後からアンネリーゼが塗った場所は均等に焦げてやがる。


「どういうことだ?」

「わからないわ。タダオミが塗ったとこだけ無事だったのよ。あ、もしかして塗り方になんかコツとかあるんでしょ? 教えなさいよ」

「ねえよ。テキトーに塗っただけだ」

「じゃあ、他人が塗ることで効果を発揮する術式があるとか?」

「残念ながらそういうオカルトやファンタジーとは関係のない製品です」

「むむむ……」


 暗黒魔術で全身の火傷を治療しつつ、アンネリーゼは思案顔になる。


「これはもう一回、実験してみる必要があるわね。でも……う~ん、し、仕方ないわ。恥ずかしいけど、背に腹は代えられないってやつよ」


 なにかを悩んでいたようだったアンネリーゼは、意を決した顔になって治療を終えた。

 ただ、ドレスは纏わず全裸のままだ。


「おいそこの痴女。早く服も着ろよ。俺の目のやり場が困るだろ」


 さっきも全裸だったが、黒焦げだったのでエロさはあまりなかった。でも今は輝かんばかりの白い肌が目に眩しい。初心な俺には刺激が強すぎて直視できません!


「い、いいのよこのままで。だからそのヒヤケドメってやつ、全部に塗って!」

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