第5話 後輩と日焼け止め
チャリを立ち漕ぎして五分ちょいで目的地に到着した。
そこは近所で一番でかいドラッグストアだ。俺が住んでる街――飛輪市の中でもそこそこ大きな店舗で、医療品だけじゃなく食品や生活用品なんかもそこらのスーパー並みに充実している。近所の人たちの評判はとてもいい。俺もよくお世話になっています。
「さてと、どこだったかな?」
ざっと店内の表示を見回して目当ての物を探す。普段使わない物だから置いてる場所なんて覚えちゃいないんだよ。
「あったあった――って、この列の棚全部かよ! どんだけ種類あるんだ?」
俺が探していたのはずばり、日焼け止めだ。『日焼け』っていうか『日燃え』だから効果があるかわからんけどな。
でも正直こんなに多いとは思わなかった。どれを使えば一番効果があるんだ?
「こんなことならもっとお肌のケアをちゃんとしてればよかったわ」
なんとなく女口調で独りごちてみても知識が降って湧くことはない。知ってた。
値段が高けりゃいいんだとすれば……さ、三千円だと? なるほど、我がお財布になかなかの大打撃だ。
「にしても商品の陳列の仕方がイマイチだな。ここの赤系はこっちに逆さで緑系と交互に並べた方が見栄えが……あかん、ムズムズしてきた」
やっぱりこういう場所に来ると俺の整頓欲が刺激されちゃう! でも俺は店員じゃないんだ。ここは我慢。我慢するんだ俺!
「なにしてんですか、先輩?」
呆れを多分に含んだ声が背中に突き刺さった。
「なに奴!?」
振り向くと、買い物カゴにトイレットペーパーや洗剤などを詰め込んだ女の子が不審者を見るようなジト目を俺に向けていた。
肩甲骨辺りまで伸ばした髪をポニーテールに結わえ、太陽と十字架を模した変わったデザインのヘアクリップで前髪を整えている。ピンと伸びた背筋。凛々しさを感じさせる吊り目。でも下手すると小学生と間違えそうになるくらい小柄な彼女は――知り合いだ。
「なんだ紗那か」
「なんだとは失礼ですね!」
このちんちくりんは
中学の頃たまたま知り合って、そのまま気づいたら友達になってた感じだ。
「いきなり声をかけるなんて、ビックリして心臓が飛び出したらどうしてくれるんだ?」
「実際飛び出す人なんて紗那は見たことねえですよ!」
「最後の力を振り絞ってダイイングメッセージを書くぜ」
「心臓ねえのにそんなことできんですか! ていうか声をかけた先輩が勝手にショック死しただけで殺人犯扱いは嫌すぎんです!?」
犬歯を剥かれて怒鳴られた。ちんちくりんで可愛らしい見た目だから怒られてもあんまり恐くない。もしこんな妹がいたら俺は全力で自慢しちゃうね。ちなみに『ちんちくりん』と声に出して言うと超怒るから注意な。
「先輩がなんだかとっても失礼なことを考えてる気がすんです」
「気のせいだ。ところでこんなとこで会うなんて奇遇……でもないな。よく会うな」
活動範囲が同じで行動が似ているせいか、紗那とはいろんな場所で鉢合わせることが多いんだよな。
俺は消耗品が山盛り積まれた買い物カゴを見る。
「紗那は教会の買い出しか?」
「そうです。いろいろと足りなくなってきたので纏め買いです」
紗那はこの地区にある小さな教会で住み込みの手伝いをしている。本人はシスター見習いとか言っていたが、詳しい事情までは知らない。
「で? 先輩はなにしてんですか?」
「ここはドラッグストア。買い物に決まっているだろう」
「どうせ商品の並びが気に入らなくて整頓しようとしてたんじゃねえですか?」
「なぜバレた」
「ダメですよ? 先輩が整頓したら暗黒魔界になっちまうじゃねえですか」
「こらこら、滅多なことを言うもんじゃない。本当に繋がっちまったらどうするんだ?」
「は?」
なに言ってんだこいつ馬鹿なの死ぬの? っていう蔑みの視線をいただいてしまった。見た目幼児体型の美少女にそんな目をされたらドMになっちゃう! ならないけど。
「先輩が整頓大好きなのは知ってんですが、ハッキリ言ってセンスは絶望的です」
「そこは独創的と言ってくれないか?」
「その壊滅的なセンスは先輩の部屋だけにとどめやがれです。じゃないと他の人が迷惑すんです」
絶望から壊滅してしまった。
「くっ、なぜ認められない! この俺の才能が!」
「悔しそうに握り拳作ってんじゃねえです!? 何度も言うですが、先輩のセンスは千年経っても誰にも理解されねえです!」
「タイムマシンで五千年後の未来に行けばワンチャン」
「ねえです!」
くっそ断言された。
「まあ、甚だ遺憾だがわかっちゃいるよ。俺だって怒られたくないからな。だから頭の中だけでレイアウトを修正してたんじゃないか」
「でもなんで日焼け止めコーナーなんです? 先輩とは縁もなさそうですが」
「あっ」
思い出した。俺はなんのためにドラッグストアまで来たんだよ。
「なあ紗那、オススメの日焼け止めってあるか?」
「なんですか、藪から棒に」
「いや、まあ、ちょっと必要になってな」
愛想笑いを浮かべる俺を訝しく思ったのか、紗那の目がすっと細くなる。
「そういうのは店員に訊けばいいじゃねえですか」
「その発想はなかった」
いやほらだって、忙しなく働いてる店員さんに声かけるのってなんか躊躇うよね。獲物を探すようにお客を観察してる店員さんにも逆に話しかけづらいというか……。
「まあ、紗那が使ってるもんでよければ教えてやんです」
紗那は肩を竦めると、軽く棚を見回して一番上に並べられていた商品に手を伸ばした。
届かなかった。
「……」
紗那は背伸びをする。プルプル震えている。あとちょっと! あとちょっとなのにどうしても届かない! これは悔しい!
うん、だから俺が取ってやった。
「これでいいのか?」
「こ、この店の棚が高すぎんのが悪ぃんです!? 紗那が小さいわけじゃねえです!?」
涙目で言い訳をする微笑ましいイキモノがそこにいた。
「ていうか前はこんな高いとこにはなかったはずです! 先輩が位置を変えたんじゃねえですか?」
「残念ながら未遂だ。それにこの商品はその位置より中段で『人』の字を書くように立てかけて並べる方がだな」
「あーもういいです。先輩が並べたんならこんなに綺麗になってねえですね」
納得してくれたが……なぜだろう? 納得いかない。
「んで、これがオススメの日焼け止めでいいんだな?」
チューブタイプでオレンジ色のパッケージ。商品名には『アカクナラナーイ』と書かれてあるな。……なんか少し不安。でも紗那が使ってるなら大丈夫だろう。
「値段も手ごろで夏場は買い溜めしてんです。でもまだ春先ですよ? 先輩はどこで使うんです?」
「いやいや、紫外線は年中お肌の天敵ですわよ」
「なんで突然スキンケアに目覚めてんですか!?」
「それは俺がイマドキの男子コーコーセーだからさ!」
ぐっとサムズアップ&ウインクをしてみせると、紗那は呆れ果てたような白い目で俺を見据えた。ぶっちゃけ今のは自分でも気持ち悪かったかもしれないと思いました、まる。
「言っておくですが、あくまで紗那にはそれがいいってだけですよ。先輩が使っても合わねえかもしんねえです」
「まあ、俺が使うわけじゃないし。合わなかっても別にいいかなって」
「む? じゃあ誰が使うんです?」
「え? あー、いや、アレだ。俺の悪友に杉本って奴がいてだな。そいつの妹の友達のクラスメイトの兄貴の彼女が欲しがってるとかで店に近い俺がパシらされたっていうね」
「超絶嘘臭ぇです!?」
だって、たとえ本当のことを言ったとしても冗談にしか聞こえないだろ? 結局誤魔化す以外に道はないんだよ。
「むむむ、なんだか女の気配がすんです。先輩、今から先輩の家に――」
Trrrrrn♪ Trrrrrn♪ Trrrrrn♪
と、紗那のスカートのポケットから携帯の着信音が鳴り響いた。俺に詰め寄りかけていた紗那はくるっと踵を返して携帯を取り出すと、頭のヘアクリップをもう片方の手でくりくりと弄りながら電話に出た。
「はい、こちら紗那です。はい。えっ!? 魔王級が出たかもしんねえですって!? それは本当なんですか!?」
なんだか切羽詰まった様子で誰かと会話している紗那。ただ事じゃなさそうだぞ。
「……わかったです。すぐに帰るです」
通話を切った紗那はごくりと息を呑んだ。
「なにかあったのか? 魔王がどうとか聞こえたけど」
「ふぇ!? えっと……げ、ゲームの話です! ソシャゲで新しく魔王級のモンスターがガチャに追加されたとかで!」
なんだゲームの話か。それにしてはえらい慌ててる様子だが……?
「あれ? 紗那ってソシャゲとかしてたっけ?」
「とにかくすぐに帰んねえといけなくなったです! 先輩、日焼け止めのことはまた後日問い詰めんです!」
ピューと風のように紗那は去ってしまった。もしかしてソシャゲをやってること隠していたのか? あー、さてはガチャに課金しまくって偉い人にバレたんだな。偉い人が魔王級に怒り狂ってるって意味に違いない。
それは慌てる。俺だって親にバレたら超慌てる。
いや、親は今いないしソシャゲは無課金勢だけどね。
「あ、やべ、俺も早く買って帰らないと」
アンネリーゼを家で待たせたままだった。日焼け止めと……そうだな、あとはサングラスと日傘もあれば完璧だろう。
それでもダメだった時は……落ち込むかもしれないな。
拗ねて居座られても困る。機嫌直しのためにおやつでもテキトーに買っておくかね。
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