第4話 暗黒魔界人

「暗黒魔界人?」


 消火器の粉を片づけ、落ち着いたところでアンネリーゼが何者なのか訊いてみると、そんな答えが返ってきた。


「え? なに? 人間界を侵略しにきたの?」

「あたしをここに連れてきたのあなたでしょう!」


 そうだった。


「つまりお前は『暗黒魔界』って呼ばれる世界の住人で、俺からすれば異世界人ってことになるのか」


 なんてこった。皮肉で言われまくってた俺んちの暗黒魔界が本物の暗黒魔界と繋がっちまった。魔法的な力とあの人体炎上シーンを見てしまったからには納得するしかないな。

 ちなみにアンネリーゼはその魔法的な力で体を回復していて、面白かったアフロヘアーも元通りの艶やかな紅髪を取り戻している。服も再びドレスを纏った。


「暗黒魔界には太陽がないのよ。正確には〝混沌〟って呼ばれる靄のようなものに年中覆われてて見えないだけらしいわ」

「だから太陽の光に耐性がなくて燃えちゃったと? それなんてヴァンパイア? ハッ、まさか俺の血が望みか!?」

「吸わないわよ血なんて!? 魔物じゃないんだから!?」


 いきなり襲われてかぷちゅーされる心配はないということか。よかったようなちょっと勿体ないような……あれ?


「そういや普通に日本語喋ってるよな? 異世界人なのに」

「ん? ああ、それは通訳の暗黒魔術が働いてるからよ」

「なんて?」


 暗黒魔術? 魔法じゃなくて?


「暗黒魔界にもいろいろ国があって言葉も違うから、そういう人たちとスムーズに会話できるように開発された術式ね。あっ、そっか。昨日他国との会談があってそのまま術を解除し忘れたまま寝ちゃってたのか……」


 なにその眼鏡かけたまま寝たみたいなドジっ子? よくわからんけど寝ながら魔法、もとい暗黒魔術って発動できるもんなのかね?


「まあ、結果オーライね。こうしてタダオミと最初からお話できたんだし」

「確かに言葉が通じなかったら俺マジで殺されてたかもな」

「若気の至りね」

「そんな言葉に変換されるとか暗黒魔術の翻訳機能すごいな。あと若気ってついさっきのことだからね?」


 ぶっちゃけどうして彼女の態度が緩和されたのかよくわかってないんだけど、そこを掘り返して『やっぱ殺すわ』ってなっても怖いんで黙っておく。


「ていうか太陽の光がこんなに危険なものだったなんて聞いてないんだけど? こんがり焼いて食べる気だったんじゃないでしょうね!」

「俺にそんな狂気はねえしそもそも人が燃えるなんて思わねえよ普通!? ほら見ろ、俺は大丈夫だろ」


 俺は手を日差しの中に伸ばしてみる。当たり前だが燃えたりなんかしない。


「ぐぬぬ、なんか負けた気分……」


 悔しそうに歯噛みするアンネリーゼは、ギロッと俺を睨んで詰め寄ってきた。


「なんとかしなさいよタダオミ! これじゃあたし、せっかくこっちの世界に来たのに外にも出られないじゃない!」

「いや、なんとかしろって言われても」


 俺の胸倉を掴んで頭突きしそうな勢いで顔を近づけるアンネリーゼ。なんなのこの子ヤンキーなの? 可愛い顔が目の前に迫ってちょっとドキッとしたじゃないか。


「外に出られないならもう帰ればいいと思います」

「はぁ? なんでそうなるのよ。嫌よ。あたしは絶対諦めないわ!」


 俺としては早く帰ってほしいんだけど、こりゃ外に出られるようになるまでテコでも動きそうにないぞ。このまま八つ当たりでボコられるのも嫌だしなぁ。

 太陽光から身を守るなにか……宇宙服? 一般家庭にそんなもんあって堪るか。

 なにかないか? まあ、ヒントになりそうなもんがその辺に転がってるわけな――


「あっ」


 さっきぶち撒けられたダンボールの中身。そこに入っていたらしい一冊のグラビア雑誌を見つけた。表紙を飾っている水着のお姉さんが持っている物――


「アレを使えばもしかすると」

「なにか方法があるのね!?」


 可能性を思いついてそう口にすると、アンネリーゼは血相を変えて俺の胸倉をぐわんぐわんする。


「教えなさい! ほら早く! 教えないとタダオミが変態だって窓から大声で叫んでやるんだから!」

「社会的に死ぬ!?」


 もうぐわんぐわんやめて酔いそうなんですけど! でも振りほどけない。その華奢な腕のどこにそんな力があるんだ?


「とりあえず落ち着け! 方法って言っても効果があるかはわからないぞ?」

「それでもいいわ。可能性があるならなんだって試したいの」


 アンネリーゼはひたすらに真剣だった。もう一度燃えてしまうかもしれないが、それも覚悟の上だという意思がルビーの瞳に宿っている。

 仕方ない。効果があってもなくても、それで帰ってもらうことにしよう。


「わかった。ちょっと待ってろ」


 俺は机の上にあった財布を掴むと、家を飛び出して自転車に跨った。

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