第3話 暗黒少女と太陽

「クックック、ハッハッハッハ!」

「な、なによいきなり笑い出して!」


 怯む紅髪少女に、俺はニヤリと笑ってみせる。中二病っぽいけど今は気にしない。


「よくわかったな。この俺に下手な攻撃は効かん。全て自分に返ってくると知れ」

「なんですって!? くっ、どうりで暗素が上手く繰れないと思ったら……」


 アンソってなんだ? まあいいや。話に乗ってくれたのなら重畳だ。

 思った通り、こいつアホだぞ。


「貴様はそこの穴から出てきたのだ。帰りたければ帰るがよい。俺の気が変わらぬ内にな」

「穴? そういえば……」


 紅髪少女が後ろを振り向く。相変わらず開いたままになっている暗黒の穴を見るや、彼女は驚愕に目を見開いて俺に向き直った。


「もしかして……ねえ、あなたの名前は?」

「俺は間咲忠臣だ」

「マサキ……タダオミ……タダオミ……」


 紅髪少女は何度も小さく俺の名を呟いたかと思えば――ぱぁあああっ! 唐突に満面の笑顔になって俺に突撃してきた。


「タダオミ!」

「ほわっ!? なに、ちょ、いきなりなんなの!?」


 突然抱きついてきた彼女に俺は狼狽する。演技とかもう無理。だって二つの柔らかいものがむにゅうと押しつけられて理性がやばいんですもん!


「タダオミタダオミタダオミ!」

「イエス、マイネームイズタダオミ――じゃなくて! ほら離れなさい!」


 なんの攻撃か知らないが、俺の胸に頭をぐりぐりさせてくる紅髪少女をなんとか引き離す。すると、彼女はなんでか知らないが不満そうにムッとした。


「あたしはアンネリーゼ・フィンスターニスよ。わかるでしょ?」

「いや知らんがな」


 そんな『俺の親父は警視総監なんだぜ?』みたいに言われてもなにを察せればいいのか見当もつかない。


「なんでわかんないのよ!」

「うわっ!?」


 俺は癇癪を起こした紅髪少女――アンネリーゼに押し倒され、情けなく馬乗りにされてしまった。傍から見ると大変危険な体勢だ。お尻や太腿の感触が……や、やーらかい。


「……叩けば直るよね?」

「やめろ俺は昭和のテレビか!? ――って待て待て待てそれはやばい!?」


 魔法陣に暗黒弾が生成されていくのを見て俺は青褪めた。叩いてなにを直したいのか知らないが、そんなことをしたら壊れちゃう! 俺の身体が。木っ端微塵に。


「さ、さっきも言っただろ! 俺に攻撃しても跳ね返るぞ!」

「ふふっ、今度はあたるわ。このあたしがそう何度も遅れを取るとは思わないことね!」

「くっそなんて無駄な自信。ハッタリが効かねえ」

「嘘だったの!? よくも騙してくれたわね!?」


 しまった口を滑らせた。


「とにかくその物騒なもんは仕舞いなさい!」

「大丈夫よ。手加減はするから。ちょっと痛いだけだから。邸の衛兵を訓練でぶっ飛ばしたら嬉しそうに『ありがとうございます!』ってお礼言ってたから、寧ろ気持ちいいのかもよ?」

「俺を勝手にドMにしないでもらえませんかねぇ!?」


 アンネリーゼは心なしか恍惚とした表情でぺろりと舌舐めずりした。けしからんスタイルと相まってなんとも妖艶だ。く、このままじゃアブノーマルな道に堕ちてしまう!

 と、その時――ヒラリ。

 カーテンが風に靡き、外から日の光が部屋に差し込んだ。


「え? あれは……?」


 それに気づいたアンネリーゼは魔法陣を消し去り、ぴょんと俺から飛び退いて窓際へと駆け寄った。途中で小物に躓いて転びそうになったのは見なかったことにする。

 アンネリーゼはカーテンの隙間から差し込む光の周囲を、興味津々だけど怖がるように行ったり来たり。


「ねえ、タダオミ、この光って……」

「光? 日光がどうしたんだ?」

「ニッコウ?」

「太陽の光だよ」

「太陽!? 本当に!?」


 目を見開いて顔を輝かせたアンネリーゼは、感極まったように一気にカーテンを開いて窓から身を乗り出した。


「まぶしっ。でもすごいわ。空が青い!」


 一瞬目を閉じ、だがすぐに窓の外に広がる世界を見てアンネリーゼは感動していた。俺からすればなんの変哲もない景色だ。そんなに珍しいもんでもないんだが?


「あれが、太陽。ここは本当に暗黒魔界とは違うのね。ようやく、あたしは……」


 眩しそうに目を細めながら、アンネリーゼは太陽に向けて手を伸ばす。そんな切なさすら感じてしまう彼女の姿に、俺はただ見惚れることしか――



 ボッ! と。

 彼女が纏っていたドレスが音もなく消し飛び、その体が冗談みたいに燃え上がった。



「あっつひゃわああああああああああああッ!?」

「ええええええええええええええええええッ!?」


 燃えた。なんで? 闇属性だけじゃなくて火属性の能力者だったとか?

 いやそんなことはどうでもいい!


「早く消さねえと!」


 俺はダッシュで廊下に置いてあった消火器を持って来ると、うろ覚えの知識のままピンを抜いてホースを握り――ブシャアアアアッ!

 薄ピンク色の粉末を勢いよく炎に向かって噴射した。


「あっ」


 今気づいた。人に向かって消火器ぶっぱしちまったよ……だ、大丈夫かな?


「ひゃあもう! な、なによこれぇ」


 俺の心配は杞憂だったようで、ぺたんと女の子座りをしたアンネリーゼは黒焦げで粉塗れだけど、意外と元気そうだな。

 焼け縮れた髪がアフロみたいになっていて危うく吹きそうになったのは内緒だ。

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