小公爵side

私は間違っていたのだろうか。


私はアルフレッド・フォン・ルーンベルト。未来の公爵である小公爵として日々学んでいる。


13歳のある日、私に母と弟ができた。

私は2人と本当の家族になろうと努力した。結果、母上とは週に一回お茶会をし、愛称で呼んでもらうほどの仲になれた。しかし、弟はよく分からない。私や父上の誘いも、公爵家としての社交も拒否して部屋に引き篭もってしまっている。それなのに商人を呼びつけて弟に割り振られた予算を超えて豪遊しているという。私と父上のことも他人行儀な呼び方しかせず、家族として認めてくれない。私はもう、弟との関係を諦めてしまった。


16歳になったある日、妹ができた。妹はとても可愛くて、弟ともこれを機に良い関係を築けていけるかもと思った。しかし、弟は妹も私たちも拒否し、あろうことか妹を叩いたのだ!

私はその場面を目撃していないが、幼い頃から共にいて信頼のおける乳母がいうことだから間違いないだろう。父上と母上は酷く悲しみ、弟を離れに移すという辛い決断をされた。私は弟が離れに移る時に数年ぶりにその姿を見たが、その時とあまりにも変わらない姿に驚いた。弟が努力をしない怠惰なものであると改めて認識してしまったのだ。


あんな者でも弟なのだから、私が公爵になっても離れには住まわせてやろうと思っていた。



しかし、私が20歳のとき、弟は死んでしまった。



弟の傍で深い悲しみに沈む母上は可哀想で、こんな状態にした弟に怒りさえ湧いてきた。

弟は遺言書を書いていたので、それを読むと、平民の男に全てを譲るという。なんと図々しいのだろう!弟の持ち物は全て公爵家の財産で賄われてきたのだ。公爵家の義務も果たさない弟が甘受してきたものは、当然公爵家に返還されるべきであろう。なのに、あろうことか平民の男に全てを譲る?こんなにも愚かな者が弟だったなんて…。弟が社交をしていなくて良かった、いや、弟が死んで良かったとさえ思った。


しかし、弟の遺言書に書いてあった男が来て全てが覆る。


弟の遺言書の男ーー男というより男の子、というほうが正しいかもしれない。彼は弟と同い年で12歳だったのだーーは失礼な態度で私たちに接した。こんな男とつるんでいたなんて、弟の程度が知れるというものだ。そんな風に思っていた。


男は弟に会いたいと言った。友人なら当然だと思い、弟の部屋に案内した。男は部屋のあちこちを開けたりして終始失礼な態度ではあったが、弟への祈りだけは真摯なものだった。彼は弟の首からネックレスのようなものを取ると、用事があるから出ると言った。私は頭がカッとなった。弟以外のものを優先するその姿に、この男に全てを託すと言った弟が報われないと感じたからである。私は男を監視するためについて行くことにした。


男は予想外の場所に向かった。狩人協会である。この国では魔法が使えるものが多いためか、狩りをして生計を立てるものも多くいる。そんな者たちが獲物を売ったり依頼を受けたりするのがこの狩人協会だ。


男は弟の首から取ったネックレスを受付に出した。弟の形見を売るつもりかこいつ、と思ったが、なにやら小箱と引き換えているようである。どうやらそのネックレスは引き換え札のような役割を持っていたようだ。

小箱の中身は小袋が2つと手紙の束だった。


「それはなんだ?」

男に尋ねてみた。

「あ?これはあいつの全財産と俺との手紙だ。」

「全財産?これが?」

本当に驚いた。弟は公爵家の財産で散財していたはずだ。それを全て売ってものすごく高い宝石でも買ったのか?いや、そんな報告は受けていない。第一、引き篭もっていた弟がなぜ狩人協会に荷物を預けている?そういえば、部屋に異様にものが少なかったような…。


「あいつのことほんとになんも知らねーんだな。」

私の様子を見て男が嘲るように言う。

「弟はなぜ君に財産を、いやその前になぜ狩人協会に荷物が、」

「知りたきゃ手紙を読むと良い。あいつが書いた俺宛の手紙も渡してやるよ。」

「良いのか?」

「ああ、これは俺のちょっとした復讐だ。あんたらと、あいつへの、な。」

男はそれきり黙ってしまった。


次に向かったのは町外れの教会だった。孤児院も兼ねているらしく、子どもが多くいた。男は弟の全財産だと言っていた小箱から、小袋を一つ取り出して修道女に渡していた。

「まて、それは君へ譲られたものではないのか?」

「あいつの意思だ。ずっと前から言われてたんだよ、財産の半分をこの教会に寄付して、残り半分で自分をこの教会の墓に入れてくれってな。俺への報酬はあいつの親父の形見の指輪だ。」

私は本当に驚いた。弟は当然公爵家の墓に入るものだと思っていた。王家直轄の豪奢な中央教会ではなく、こんな寂れた教会に入ることを望むとは考えていなかった。

「なぜ、」

私が言い淀んでいると、男はため息を吐きながら教えてくれた。

「6歳のころから通ってて、稼ぎの大半いれてきたんだ。行ったこともない教会よりそりゃあ思い入れもあるだろうよ。」

「稼ぎ?弟は働いていたのか?」

しかも6歳のころから?働かなくても良い立場でなぜ弟が働いていたのか、そしてなぜ私たちにその報告がなかったのかわからない。

「あいつは未来の公爵様とは違って、自分で稼がなきゃ生きていけなかったからな。公爵家に行って半年くらいは食事が出てたらしいぜ?カビたパンとうっすいスープがな。だから自分で食事を得てたんだよ。あつには風魔法の才能があったからな、なかなかに良い稼ぎだったよ。けどバカだから、稼ぎを全部チビたちに渡しちまって自分はいっつも栄養失調寸前。俺とは相棒だったってわけ。」

衝撃だった。食事に困る?弟が魔法を使えた?しかも希少な風魔法?ならなぜ教えてくれなかったんだ?栄養失調だと?

そこまで考えて、私は離れに行く弟の姿を見たときのことを思い出した。数年前と姿が変わらなかった?そんなわけがないじゃないか。成長期の子どもが数年で少しも変わらないなんてことがあるわけがないのだ。それに気づかず、私はあろうことか弟に怠惰であると失望をしていた。なんてことだ。


私は呆然としたまま男と公爵邸に帰った。そして男が手紙の束を男の分と弟の分の二つ置いて、弟の遺体を運んでいくのをただ見送った。


皆で手紙を読んで私は衝撃を受けた。私はなんてことをしてしまったんだ。


弟ではなく、私がこの家の恥だ。こんな私は公爵になる資格などないのではないか。


弟に謝りたい。時間を巻き戻せたら今度こそ間違えないのに。

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