僕が助ける-3

 僕は旧校舎に行く。

 招かれているように、ドアは開いていた。

 一歩、中に入る。

 僕は呼びかけた。


「花子さん」

「用心深いのね」


 僕が立っているのは文字が焼きついた場所。

 矢部さんが残してくれた居場所だ。


「君はここから出られないんでしょ。この印があるから」

「ええ」


 フワリと何もなかった空間から花子さんが現れた。

 今日もきれいな赤い着物姿だ。


「うすうすカンづいているかもしれないけど、そのボタンは私の一部なの。返してもらえるかしら」

「はい」


 僕は手をさしだす。

 花子さんはボタンを受け取った。


「ずいぶんアッサリと渡すのね。これがあなたの命綱いのちづなかもしれないのに」

「だって、助けてくれるんでしょ」


 僕は言った。


「じゃないと僕をここに呼ぶ意味がない」


 花子さんは楽しそうに目を細めた。


「成長したわね。あなた」

「僕が?」

「そう。ざかしくなったというべきかしら」


 花子さんは言った。


「あれをご覧なさい」


 窓の外を指さす。


「アレって……!」


 人差し指が欠けた像が示す先。

 空が裂けて、巨大な化け物が身を乗り出していた。

 姿は半分透けているけれど鬼のような角があり、まがまがしい赤と黒が混ざったような色をしている。


大魔たいまよ。あれが降り立てばあなたたちみなただじゃすまないでしょうね」


 花子さんは笑みを消す。


「でもそれじゃ困るのよ」

「困る?」

「私たちお化けはね、人がいないと存在できないの」


 僕は花子さんを見る。

 花子さんは相変わらず冷たい白い色だ。

 でも、その中で何かがユラユラと揺れている気がした。


「人が噂をしてくれないとその場所にはいない。逆に言えば人が怖がることでうまれるものもある。お化けってそういうものなのよ」


 花子さんは真っ直ぐに僕を見た。


「あなた、陰陽師から地脈の話は聞いたわよね?」

「うん」


 僕はうなずく。


「地脈は人に根強い力を持っている。そして」


 花子さんは僕の胸を指さした。


「あなたの中にも宿っている」

「僕の、中にも……?」

「あなたはこの地の生まれの人間なんでしょう?そしてまたこの地へ戻ってきた」


 それは、どこか懐かしい声のようで。


「祈りなさい。あなたの望みは何?」

「僕は……」


 目を閉じる。

 佐伯の手の熱さ。

 夏見の笑顔。

 矢部さんとラムネ。

 景悟さんの温かい目。


「みんなを助けたい。駄菓子屋に行って、学校に行って。たくさん怪談の話をしたい」


 それが、素直な僕の気持ち。

 僕は外に出る。

 僕がそうしたいと思ったから。

 地面が光り輝いているように見えた。

 僕はそこに手をつけて、叫ぶ。


「空、閉じろ……!」


 ギギッと抵抗ていこうするように手が動いた気がした。

 それでも、僕は逃げない。

 みんなを、助ける。


「消えてなくなれ!」


 叫んだ。

 光の粒がはじける。

 一瞬目の前が真っ白になった。



 空は、赤い。

 でもそれは夕焼けの暖かくて優しい色合いだった。


「終わった……の……?」


 パチパチと拍手の音がした。

 旧校舎の中から花子さんがこちらを見ている。


「おめでとう。これでお化けの暴走も少しはおさまるでしょう」


 キラッと何かが空中で光った。

 僕はそれをつかまえる。

 金色のボタン。


「それ、もう少しあずけておいてあげる」


 カラン、と下駄の音が鳴った。


「また遊びましょ」


 クスクスという笑い声。

 花子さんの姿は消えた。


 僕はもう一度、新校舎に向かってかけだした。

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