僕が助ける-2

「めぐちゃん、電話入ってるよ」


 家に帰ると父さんに言われた。


「え?だれだろ」

「佐伯とかいう男の子。なんか急いでいるみたい」


 あわてて僕は電話に出る。


「佐伯?どうしたの?」

「めぐむ!夏見に会ってないか?」


 たしかに声は切羽せっぱつまっていた。


「今日は会ってないよ。なんで?」

「用事があるって外に出ていったきり戻ってこないって夏見の母さんから連絡があったんだ」


 僕は胸がざわつく。

 そのとき、ピーと電話の回線が切り替わる音がした。


「佐伯?」


 ザワザワと何人ものささやくような声が聞こえる。

 そして昨日聞いたメロディーが聞こえてきた。


「いきは……よいよい……」


 ガガッとノイズがはいる。


「かえ、りは……こわ、い……」


 ゾッと鳥肌が立つ。

 ブツッと電話が切れる。


「行かなきゃ……」


 僕は受話器を置いた。

 急いで玄関まで走ると靴をはく。


「めぐちゃん」

「父さん。ちょっと出てくる!」


 僕は家から勢いよく飛び出した。


「気をつけていってくるんだよー」


 その声を遠くに聞きながら僕は急いで走る。



「めぐむ!」


 考えることは同じだったようで学校へかけつけると、昨日のドアの前に佐伯がいた。

 矢部さんと景悟さんもならんで立っている。 


「夏見は?」


 息を切らしながら僕が言うと佐伯はこたえた。


「まだ会えてない」

「こんなのありえない」


 矢部さんは真っ二つになったお札を持っていた。


「それは?」

「封印した札が破れたらいっしょに破れるようになっているの。昨日たしかに封じたのに……」


 わけがわからないといったふうに矢部さんは言う。


「とりあえず入るぞ」


 景悟さんがカギを開けてくれたので僕らは続いて中に入る。

 最後に入ろうとした僕は思わず足を止めてしまった。


「なに、これ……」 


 空が血のような真っ赤な色に染まっている。

 それを不気味に感じながらも、足を止めるわけにはいかなかった。



「夏見!どこだ!」


 佐伯は大声でそう叫びが返事はない。


「ここか!」


 景悟さんが勢いよく放送室のドアを開けた。

 だれかが座っている。

 その顔は影になっていて、よく見えなかった。 


「夏見……?」


 僕が声をかけると、ギリギリと機械が動くような動作で首を上げる。

 夏見は無表情でジッとこちらを見ていた。

 目だけがぽかりと空いた穴のように黒い。

 その口からざらついた声がもれた。


「い、きは、よ、い」

「離れろ!」


 景悟さんが叫んで僕らの前に出た。


「かえり、は」


 僕らと夏見の間の空間に突然穴が空いた。

 真っ暗な穴に景悟さんは引きずりこまれる。


「ぐっ……」

「景悟さん!」


 僕は叫んだ。


「逃げろ!お前たちじゃ手に負えない」


 ひざまで闇につかった景悟さんは歯ぎしりをした。


「クソッ、攻撃もできねえ」

ばく!」


 矢部さんが叫んで、夏見を指差した。

 夏見の動きがピタリと止まる。


「走って!」


 僕と佐伯は慌てて出口のほうに飛びのく。

 穴はどんどん床をおおいつくしていった。


「矢部さん!景悟さん!」


 叫んでいる間に、二人は闇の底に沈んだ。


「そんな……」

「めぐむ、こっちだ!」


 佐伯が僕の手を取って走り出す。


「ダメだよ!みんなを置いていけない」

「そんなこと言っている場合か!」


 怒っている声で佐伯は言う。


「そうやってお前はいつも……」


 声を区切って。


「人の話も聞かないで」

「佐伯?」


 闇がすぐそこまでせまっている。

 そのとき、佐伯の腕になにかがからみついた。


「夏見!」


 僕はゾッとする。

 これは夏見の姿をしているけど、夏見じゃない。


「早く!」


 僕は佐伯のもう片方の手を取ってなんとか引きずっていく。

 ドアにやっとたどり着いた。


「佐伯!早く」


 ドンと僕は押される。


「佐伯?」


 ドアから僕はよろけて外に出た。


「お前だけでも、帰れ」


 ドアが勢いよく閉まる。


「佐伯!」


 真っ黒なカーテンで閉めたように中は闇に染まる。


「そんな……」


 僕はズルズルとドアからくずれ落ちる。

 みんな、いなくなってしまった。

 僕だけ残ってしまった。

 泣きそうだけどショックで涙も出てこない。

 


 ポケットが金色に光った。

 こんなときに……。 


「花子さん……」


 それでも僕は努力して冷静な声を出す。


「君は何か知っているの?」


 クスクスと声がした。 


「そこは危ないわよ。もう少しでくるから」


 何が、とは言わなかった。


「戻っていらっしゃい。はじまりの場所へ」


 声はポツンと消えてしまった。

 光も次第に弱くなる。

 僕は意を決して立ち上がった。

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