僕が助ける-1

 暗い闇の中でもがいていた。

 佐伯さえき夏見なつみ矢部やべさんがいる。

 三人の手が、離れていく。


「行かないで!」


 僕は力のかぎり叫ぶ。



 汗びっしょりで目が覚めた。

 外はまだ暗い。


「夢か……」


 そう気づくとともに、汗はどんどん冷たくなっていく。

 暑い中クーラーをつけながら寝たから体が冷えすぎたかな。

 うすい布団をかぶって、僕はまた横になる。

 夢自体は次第におぼろげになっていくのに、いやな思いがなかなか消えなかった。

 なんとなく胸騒ぎがした。



「こんにちは……」


 午前中に宿題をしてからなんとなく行きたくなって、僕はまたいつもの駄菓子屋を訪れた。


「おやいらっしゃい」


 奥からおばあさんが出てくる。


「今日はひとり?」


 僕はうなずく。


「ラムネでもどう?おいしいよ」


 透明なケースの中で青いビンが冷えている。

 たしかにおいしそうだ。


「ください。いくらですか?」

「百円だよ」


 僕は百円玉を一つ取り出すとおばあさんにわたした。


「はい、毎度ありがとう」


 手渡されたラムネの栓を開けて口にするとシュワシュワと口の中で泡がはじけた。

 おばあさんの言うとおりおいしい。

 心の中が少し晴れる気がした。


「あら?あなた」


 そのときだれかが入口に立った。


「なんでいるの?」


 矢部さんが不思議そうに首を傾げていた。



 矢部さんは今日は白いブラウスに水色のスカートをあわせていた。

 青いスポーツバッグを持っている。

 なんとなく新鮮な気持ちだ。


「矢部さんこそどうしたんですか?」

「ちょっと用事でね」


 僕の隣にならぶと矢部さんもラムネを買って口をつける。


「よお。あれぼうずもいるじゃねえか」


 そのときまただれかがやってきた。


景悟けいごさん!」


 まさかこんなに早く再会できるとは思わなかったので僕は驚く。


「傷はもういいんですか?」


 額には絆創膏ばんそうこうが貼ってあった。


「全然平気だ。お前らがうるさいからちゃんと手当てもしたぞ」

「よかった……」


 僕は安心する。


「それで話って何だ?」


 駄菓子屋のすみに置いてあったびている椅子いすに景悟さんは腰かける。

 じっと矢部さんは僕を見た。

 それから話しはじめる。


「まあいないほうがよかったんだけど。ここまできてわざわざかくさなくてもいいか」


 矢部さんはバッグから巻いてある古い紙を取り出した。

 紙はやぶれそうなほどところどころ欠けていて、紫のひもでしばってある。


「あなたに関係ない話でもないし」



 矢部さんが広げたのは地図のようなものだった。

 土地の図にところどころ線が引いてある。


「これがこの街の形。ところどころに引いてある線は地脈ちみゃくの通っているところね」

「地脈って?」

「土地の霊力……。わかりやすく言うなら自然の命、パワーの流れみたいなもの」


 景悟さんが図を見て目を細めた。


「力の流れがお前らの学校に集中しているな」

「ええ。そう」


 矢部さんはうなずく。


「どうりで妖魔のふきだまりになるわけだ」


 景悟さんは納得したように言った。


「どういうことですか?」

「パワーはおいしいエサのようなものなんだよ。だから力をつけたいやつらが寄ってくるってわけだ」


 僕はへえとうなずく。


「ここからが本題。私の家族が最近、地脈の乱れを感じ取ったの」


 そう言って矢部さんは巻物を取り出す。


「これは私の先祖が書いたもの。そこにはこう記されている」


 中身を暗記しているのか、開きもせず矢部さんは言った。


「地脈の乱れるとき大魔がきたりて、天災をなす」


 僕らはシンと沈黙した。

 重々しく景悟さんがつぶやく。


「天災をなす、か」


 難しそうに腕を組む。


「たしかに不穏な気配はこの街にきたときからイヤと言うほど感じている。これほどのものとはな」

「それでどうなるの?」


 僕の理解のおよばないところで話が進んでいって、おずおずと僕は聞いた。

 矢部さんは冷静な声で言う。


「自然の力は人間と切っても切り離せない関係があるの。それが魔の力に飲みこまれるということは」


 矢部さんは険しい顔をした。


「最悪、命を落とす人が出てくるかもしれない。それも大勢」

「命を落とす……、それって」


 冷や汗が僕の背中を流れる。



「止めましょう。ぜったい」


 立ち上がって僕が言った。


「言われなくても止める。私がいったい今までなにをしてきたと思っているの」 


 矢部さんは僕を見た。


「怪談のある場所を回っていたのはそのためですか?」

「そう。怪異を封じることで強制的に魔の力をしりぞけて、地脈の流れをきれいにする」


 きっぱりと矢部さんは言う。


「私の家とここにいる……、仮にも八神やがみの家の者はこの土地の地脈をずっと守ってきたの」

「仮にもって言うなよ。まあその通りなんだけどな」

「うまくいきそうなんですか?」


 僕はたずねる。


「今のところね。まだ完全じゃないけど食い止めてみせる」 


 矢部さんの言葉にホッとする。


「じゃあ私たちは引き続き見回りをするから。早いところあなたも帰りなさい」


 そう言って矢部さんと景悟さんは腰を上げた。


「はい」


 僕も大人しく帰ることにした。


「ラムネ、ごちそうさまでした」


 おばあさんに声をかける。


「またおいで」


 優しい返事でおばあさんは僕を送り出してくれた。

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