師匠、来る-3
「おそい」
三階、放送室の前。
矢部さんが腕を組んで待っていた。
「何してたの?」
「ちょっと気配を消すおまじないを教えていた」
景悟さんが軽く言うと矢部さんは不思議そうな顔でみんなを見渡した。
「まあいい。行くよ」
そう言って放送室を開ける。
中には当然だれもいない。
「けっこう古いテープ残ってるんだな」
景悟さんが棚を見回す。
「勝手になんでも触らないでよ」
矢部さんはなぜかいらだっているようだった。
「なんかほこりっぽいねー」
夏見が軽く咳をする。
「わかる」
「ここあんまり掃除にこないからな」
佐伯が言う。
「廊下と放送室、同じグループが掃除してるんだけど放送室に入るのはイヤだってやつが多いんだ」
「それで余計に
景悟さんは古い机を指でなぞるとフッとホコリを飛ばした。
「陰の気?」
「まあ、お化けが好むような場所になるってことだ」
「ちょっとしゃべってないで封じるための場所を……」
矢部さんが言ったときだった。
ブツ、と放送のスイッチが入った音がした。
「え、なに……?」
スピーカーが自動的に音楽を鳴らしはじめる。
だれも触ってないのに。
「この音……」
「通りゃんせ……?」
たまに信号とかで聞く有名な曲だ。
「おいでなすったか」
景悟さんが言う。
音は途切れ途切れに、高くなったかと思えば低くなりいつまでも流れ続ける。
「なにこれ……いつになったら止まるの」
夏見が顔を青くしはじめたときだった。
有名なフレーズが流れる。
「かえりは……こわい……」
ガタン、ガタンッと部屋の中のものが揺れだす。
「これはだいぶきてるな」
景悟さんが言った。
「めぐむ、佐伯、夏実!お前らは危ないからさっき言った呪文を唱えろ」
突然のことに僕たちはうなずき、手を教えられた形に組む。
「オンマリシエイソワカ」
静かに唱えると、周りの音が少しやわらいだ気がした。
まるで水ごしに音を聞いているかのような。
「これ……。どこから出てる力なのかわからないから攻撃しようがない」
「動きを止めるだけでいいんじゃないのか」
「ダメ!それじゃ意味ない」
矢部さんと景悟さんが叫んでいる。
その時、古い机が持ち上がった。
一気に、矢部さんに向かって落ちてくる。
僕たちは悲鳴を上げた。
にぶい音がする。
矢部さんが腰を落とした。
「……てて。大丈夫か」
景悟さんの額から血が流れていた。
矢部さんをかばったのだろう。
「あなた……。どうしてよけないの」
「アホ。とっさにそんな器用なマネできるか」
景悟さんは軽くそう言う。
「景悟さん!」
僕は叫んだ。
傷がとても痛そうだ。
「早く手当てしないと」
「大丈夫だ。頭から出血してるからちょっと派手に見えるだけで」
「でも……」
そう言っている間にもガタガタッと部屋が揺れた。
「またくるぞ……!というかお前は隠れてないと意味ないだろうが」
そうだった、と思う。
同時にとても自分が無力なことに気づく。
「なにか、できることはないですか?」
「そうだな……」
景悟さんは考えこむ。
「じゃあ教えてくれ。お前がこの放送室で一番怖いって思うものってなんだ?」
怖いと思うもの……。
見渡して僕は一点で心がざわついた。
「あれ……」
僕が指差す先には、カッターが置いてある。
なんでこんなところに。
思わずそれに触れた。
ドッとなにかが流れこんでくる。
ドアをけずる音。
閉じこめられた。
ここから出して。
暗い。
寒い。
怖い。
怖い。
こわい。
「そこまでだ」
景悟さんの声が聞こえた。
景悟さんは僕の手からカッターを取り上げる。
「あ……あ……」
僕はまだ震えが止まらなかった。
「もう大丈夫だから」
景悟さんはカッターを床に滑らせる。
「矢部!頼む」
矢部さんはうなずくと、カッターに札を貼りつけた。
「封」
それで少し緊張感がほどける。
僕は景悟さんにもたれかかっていた。
「今の……」
「ものに取りついた気持ちにちょっと引きずられただけだ」
ポンポンと僕の頭を軽くたたいた。
「それにしても一発で当たりを引くなんてな。お前の引きつける力も相当なもんだな」
あきれた声で景悟さんは言う。
「あの……」
僕はもじもじしながら言った。
「僕、もっと向き合っていけるようになりたいんです。こわいものと」
「うん」
ちゃかさず、景悟さんは真面目な顔で僕の話を聞いていた。
「だから」
僕はひと息に言う。
「
「ん?」
景悟さんはかたまる。
「待て待て。なんでそうなる」
「景悟さん、強いみたいだし。人生の先輩的な意味でも」
僕はぐっと手をにぎる。
「お化けに対応する方法、もっと教えてほしいんです!」
「参ったな」
景悟さんは遠い目をする。
「弟子をとるつもりなんてないんだが」
「本当にそう。それに私のほうが強い」
矢部さんがいつの間にか立っていた。
小さい声で言う。
「助けてくれて、ありがと」
景悟さんは目を丸くした。
「いや、どーも」
顔をおさえた手に血がしたたる。
「ていうか景悟さん!早く手当てしないと」
「大丈夫だって、これくらいかすり傷」
「ダメです!」
あわあわしながら僕らは校舎を出ると、外にある水道で景悟さんの傷を洗い流して(本当に小さな傷だった)、ようやく解散することにした。
雨はまだしとしとと降っている。
「また会えますよね?」
「まあ、そのうちな。風邪ひくなよ」
そう言って、今日できた僕の師匠は去っていった。
生暖かい風が夏の夕方に吹き抜けていった。
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