師匠、来る-2

「結局、三人ともくるわけね……」


 頭痛がするように矢部さんは頭を押さえた。


「よろしくお願いします」


 僕たちはそれぞれ頭を下げる。

 やれやれというように矢部さんは首を振った。


「さっさとすませよう」


 そして、昨日入っていった窓のところに行く。


「そこなんでカギかかってないんですか?」

「カギもともとこわれているの」


 ニコリと笑いながら矢部さんが言った。

 笑顔が怖い。

 これ以上聞くなと言っているようだった。


「入るよ」


 矢部さんが昨日のように窓枠に手をかけたとき

 後ろから声が聞こえた。


「いいのかな。おじょうさんがそんなおてんばなことして」


 後ろに男の人が立っていた。

 全く気づかなかった。

 明るい茶髪を後ろで縛って、黒いTシャツとズボンの姿。

 カッコいい顔だけど、どこか怪しい気配をまとっている。 


「どちら様でしょうか?」


 矢部さんがよそいきの笑顔を浮かべる。


「いいよ、作り笑いしなくても。お前は矢部やべ晴生はるきだろ。俺に会ったことねえかな」

「……さあ。どうだろ」


 早くも矢部さんは笑顔の仮面を脱ぎ捨てた。

 二人の間にピリピリした緊張感が漂う。

 先に笑ったのは男の人のほうだった。


「そうカッカするなよ。俺もお前たちと同じ目的でここにきたんだ」

「同じ目的?」


 僕が聞き返す。


「そう。お化け退治」


 ニヤリと男の人はイタズラっぽく笑った。


「行くんだろ?俺も連れていってくれよ」


 つかみどころのない人だ。

 怖い雰囲気もあるのに暖かい雰囲気もあって。

 年も若いのかそうじゃないのかハッキリしない。


中原なかはら景悟けいごだ。よろしくなおチビさんたち」


 男の人はそう言って僕らにあいさつした。



 僕たちはそろって中に入った。

 窓からじゃなくてグラウンドに面したドアからだ。

 先生か誰かにカギをかりてきたらしく、お兄さんが開けてくれた。


「ええと、中原さん」

「上の名前は呼ばれ慣れてないから下の名前でいい」

「景悟さん」


 そう言って僕は頭を下げた。


「ありがとうございます。カギを開けてくれて」

「礼にはおよばねえよ」


 そう言って指でカギを回しながらさっさと中に入っていった。


「じゃお返しに案内してくれよ。放送室っていうのはこっちでいいのか?」

「ハイハーイ!私案内します」


 夏見が前に出ていく。


「よろしくな。名前は?」

「夏見です」

「そっちのぼうずたちは?」


 佐伯は無愛想に答える。


「佐伯です」

「あの子はめぐむです!」


 なぜか夏見が僕の自己紹介までしてくれた。


「へぇ。めぐむってカワイイ名前だな」


 そう言われて、僕は口をへの字に曲げた。

 またネタにされた……。

 ジトっとした目で矢部さんは景悟さんを見ている。


「ど、どうしたんですか?」


 矢部さんは先頭に立って歩くタイプかと思ったのに、一番後ろを歩いている。


「うさんくさい」

「同感です」


 ならんで佐伯もうなずいた。


「みんな仲良くしようよ……。ただでさえこれから危ない目にあうかもしれないのに」


 階段をのぼりながら矢部さんは聞いた。


「中原景悟って言ったよね」

「そうだけど?」

「アンタも霊能力者?」


 確かに手にはジャラジャラと数珠をアクセサリーのようにつけている。


「そこまで覚えられてないとはいっそ清々すがすがしいな」


 ふうとため息をつく。

 人差し指と中指を立てると僕のほうに歩いてきた。

 何をするつもりだろう。

 僕が動けないでいる間に景悟さんは勢いよく手を振り下ろした。


「う、うわあっ」


 僕は後ずさる。

 階段を落ちそうになったところで手を景悟さんにつかまれていた。


「驚かせて悪かったな。雑霊をはらった」


 そう言えば少し肩の上が軽いというか寒気が弱まった気がした。

 僕の後ろで矢部さんがかたまっている。


「もしかして、あなた陰陽師……!」

「まあ俺はただのおがくずれだけどな」


 パンパンと服で手をはらった。


「歩けるか、ぼうず」

「は、はい。大丈夫です」

「あなた」


 ジッと射抜いぬくような視線で矢部さんは景悟さんを見る。


八神やがみ放蕩ほうとう息子むすこ?」


 景悟さんは気まずい顔をする。


「参ったな。そんなところにまで伝わってるのか」


 景悟さんは首の後ろをかく。

 ホウトウムスコってなんだろう?

 僕は首を傾げる。


「なんであなたがこの件に関わってくるの」

「仕事だよ」


 軽く景悟さんは言った。


「ついこの間図工室をメチャクチャにしただろ」


 僕、佐伯、夏見は視線をそらす。

 それは私の責任じゃないというふうに矢部さんは苦い顔をする。


「だから、お子様だけに任せておくのはどうかって話になってな。大人の話で依頼を受けたんだよ」


 矢部さんはツンと顔をそらすとさっさと歩いていった。


「私だけでいいのに……」


 僕たちは顔を見合わせる。


「かわいくねーな」


 親指で矢部さんを示す景悟さんを僕は複雑な思いで見た。



「ぼうず。名前はなんだっけ。めぐくん?」

清橋きよはしめぐむです」

「いい名前だ」


 景悟さんはそう言う。


「お前、お化けに好かれやすいだろ」

「好かれるというかつきまとわれる感じですかね……」


 僕はかわいた笑みを浮かべる。

 その体質でどれだけ苦労したことか。


「いいおまじないを教えてやる」


 静かな声で景悟さんは唱えた。


「オンマリシエイソワカ」


 そう言って手を組んだ。


「ほら、やってみな」

「こ、こうですか」


 見よう見まねで僕はやってみる。


隠形おんぎょうの呪文だ。まあ、お化けから見えにくくするってところだな」

「お化けから見えにくくする……」


 僕はつぶやく。


「なあ、これで少しは怖くないだろ」


 笑う姿は僕をきづかってくれるようだ。


「はい」


 なんだか気持ちが落ち着くような気がした。


「あーなんか面白そうなことやってる!」


 夏見が大声でやってきた。


「夏見だっけ?お嬢ちゃんもやってみな」

「えーこうですか?」


 夏見も景悟さんに習って手を組んでみせている。


「俺にも教えてください」


 佐伯も自然な動きで近寄っていった。

 なんだかその光景はとても微笑ましく思えた。

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