師匠、来る-1

 朝から天気が悪かった。

 鏡の件(先輩が怪談倶楽部の新メンバーになった日)の翌日。


「それで?」


 僕たち四人は例によって駄菓子屋に集まっていた。


「誰なの?旧校舎と新校舎のお化けに会いにいくとか言い出したの」


 矢部やべさんの怒りの視線に僕たちは首を縮めていた。

 雨のせいか矢部さんのじっとりした目のせいか、湿度が高い気がする。



 怪談倶楽部の初会議を開こう。

 そう言い出したのは夏見なつみだ。

 集合場所の駄菓子屋は僕と佐伯さえきはついこの間行ったので知っていた。

 矢部さんにも伝えたところすぐにうなずいた。


「ああ、あそこね」


 どうやら小学校の生徒にはおなじみの店であるらしい。

 それでその会議とやらがはじまったのだが……。



「旧校舎に入ろうって言い出したのは僕です……」


 ビクビクしながら僕は答える。


「でも、それはこいつの妹を探すためで」


 佐伯が横から言ってくれるが、言い訳無用といった感じで視線だけで矢部さんは佐伯を黙らせた。


「新校舎のお化け探検をしようと言ったのは私です!」


 先生に授業中にあてられたときのように姿勢よく夏見は手をあげる。


「理由はたくさんのお化けに出会いたかったからです!」


 場の空気を読め。

 隣の佐伯を見ると同じことを考えているらしく、矢部さんに負けずおとらずの目で夏見を見ていた。


「まったく……」


 矢部さんは参ったようにひたいに手を当てる。


「あんたたちねえ……」


 見るからに怒りの言葉が口から出そうになったそのときだった。


「はい、みんなお茶入ったよー」


 そう言っておばあちゃんが湯のみを人数分持ってきてくれた。


「ありがとうございます」


 矢部さんは微笑んでお礼を言う。

 僕らに向けていた視線と全然違う……。


「さて」


 熱いお茶を飲みながら矢部さんは言う。

 この暑い中では冷たい飲み物を飲みたかったけど、お茶を口に入れてみるとすごくおいしかった。

 それでもフーフーと冷ましながら飲んでいく僕だが、水でも飲むように矢部さんは勢いよく飲んでいく。


「このところ、妖魔ようまが活発になっているから私がなるべく人のいない夏休みの間にどうにかしようとしていたワケ。そこを邪魔じゃまされたんだから怒る気持ちもわかる?」


 僕たちはコクコクとうなずく。

 わかるというよりは矢部さんの迫力はくりょくにおされて首が動く。


「わかればよろしい」


 矢部さんは手をあげておばあさんに言う。


「すみませーん、花林糖かりんとうぼう三つください」

「あいよ」


 おばあさんが黒いかたそうなお菓子を矢部さんに手渡した。

 ガリボリと矢部さんは一気にそれをかじっていく。


「一つ聞いていいですか?」

「なに」

「なんであの白い布をかぶって走り回っていたんですか?」


 正直なことを言うと本物のお化けよりもお化けらしく見えた。


「ああ、あれ。あの布は妖魔が避けるようにお清め……、加工してあるの」

「へえ……」

「それをかぶって移動してたわけ」


 これで疑問の一つがとけた。


「それで?怪談倶楽部っていうのは具体的に何をするわけ?」

「はい!お化けと仲良くするために……」


 元気よく話しはじめた夏見の口を佐伯がふさぐ。

 抗議するようにジタバタするが、佐伯は無視する。


「目的は矢部さんと同じです。お化けの被害にあう人をできるだけ減らしたい。そのためにもっとお化けのことを知っていきたいと思っています」


 夏見を冷たい目で見て。


「もちろん、安全なかぎりで」

「……そう。そういうことなの」


 矢部さんは長い髪をかきわけた。


「協力してあげてもいい」

 

 そう言いながらも鋭い目で僕たち一人一人の顔を見る。


「でも勘違いしないでね。素人しろうとに私の目の届かないところで入りこまれたら迷惑だから、っていうのが主な理由だから。あなたたち止めてもムダそうだしね」


 主に夏見が。

 僕もその意見には賛成だ。


「じゃ早速さっそく!次の七不思議にいきましょう」


 全くこりてない口調で夏見はそう言う。


「人差し指が欠けた像は出会うのが望み薄なので、無人の放送室行ってみましょう!」


 テンション高く夏見が言う。


「ねえ、この子っていつもこうなの?」


 僕と佐伯に目を向けられたので僕たちは半目でうなずいた。


「まあ確かに、人差し指をなくした像は偶然に出会えるというわけではなさそうだし、学校内らしいというだけで固定された場所もない。闇雲やみくもに探すよりは像自体を固定しといたほうがいいかも」


 あごに手をやって考えるように矢部さんがうなずく。


「矢部さんのゴールは七不思議全部を回ることなんですか?」


 僕が言うとどこかおかしかったのか矢部さんはかすかに笑った。


「そう言うとスタンプラリーみたいね」


 人差し指を立てる。


「まず、あなたたちの話を聞いたかぎりでは階段とピアノの件はニセモノ。モナリザは強引に対処たいしょしたみたいね」


 そう言われるとぐうの音も出ない。


「本格的な対処はまだだけど、絵は一応お札で動きは封じておいた。人差し指を探している像は未だ不明。たしかに無人の放送室に行くのが妥当だとうなセンね」


 その話を聞いていて僕は思った。


「あの……。前にもちょっと話してたんですけど、それだと七不思議じゃなくて六つしか怪談がないんですけど」

「まあ、そうね。でもできることからやるしかない」


 それから小声でつけ加えた。


「……それになんとなくあたりはついているし」

「え?」


 よく聞こえなかった。


「なんでもない。じゃあ早速だけど、今日行く人は午後4字にグラウンドに集合」

「えっ……。そんな急にですか」


 僕は目を白黒する。


「なるべく早く終わらせたいもの。きたくなければもちろんこなくていい。こっちにとってもそのほうが都合がいいしね」

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