陰陽師少女-3
矢部さんは鏡の前から跳ね飛ばされる。
「ぐっ……!」
向かい側の壁にぶつかった。
「矢部さん!」
僕が叫ぶと矢部さんも叫び返した。
「そこを動かないで!」
その途端、ぶわっと鏡の中から白い腕が伸びてきた。
「うわっ」
僕は思わず声をあげる。
手は矢部さんをからみとろうとするかのようにうごめく。
「まずい、油断した」
矢部さんがそう言った。
体勢を整えると、鏡の前に立ちはだかる。
「ノウマクサンマンダバザラダンカン!」
そう唱えると手を不思議な形に組み合わせた。
その光は一直線に鏡まではしり、光を避けるように白い手は後退する。
「すごい……!」
僕の隣で夏見が手を組み合わせて、目を見開いている。
僕も圧倒されて、言葉が出なかった。
白い手は光に押し負けて、いくつかが消し飛ぶ。
残りは鏡の中に戻ろうとする。
これで大丈夫だ。
矢部さんも気が抜けたのか次第に光は小さくなっていく。
だが、次の瞬間佐伯が叫んだ。
「まだだ!」
さっきよりも減ったが、まだ白い手はうねうねと動いていた。
僕は再び寒気を感じる。
手は今にも矢部さんに襲いかかろうと身構えているかのようだった。
矢部さんが舌打ちする。
「やっぱり後ろに下がらせるのが精一杯か……」
矢部さんはポケットを探るが、あせりが伝わってくる。
「どうしたんですか?」
僕が声をかけると、矢部さんは小さな声で言った。
「札のストックをきらしたの……」
え、と僕らは
「じゃ、じゃあ逃げましょう!」
「ダメ。一度目が合ったからにはここでしとめないと」
目が合ったらってそんなクマに出会ったときみたいな例え……。
「花子さん、聞こえる?」
僕はポケットに向かって話しかける。
だが、今日は返事がない。
「どうして今日は話してくれないの……?」
「なにをぶつぶつ言ってるの?」
矢部さんはそう聞いてくる。
「いえ、なにも……」
そんなことを言っている間にも白い手が矢部さんに伸びてきた。
矢部さんはヒラリヒラリと身軽な猫のようにそれを避ける。
難しい顔をしている。
この状況をどう変えるか考えているようだ。
僕も考えてみるが思いつかない。
こんなときに花子さんがいてくれれば。
お化けからお化け退治のアドバイスをもらうのもどうかというものなんだけど。
「……誰か鏡を持ってない?」
何かを思いついたようで矢部さんが言った。
「鏡があれば何かできるんですか?」
「もう一つ合わせ鏡を使ってこの怪異を封じこめる。話しているヒマはないから、持っている人がいたら早く出して!」
あいにくだが、僕は鏡を持ち歩いていない。
佐伯を見ると首を横に振っている。
夏見は何かを手にして僕らにウインクした。
「乙女のたしなみ」
そこにはピンク色の小さな鏡が握られていた。
「矢部さん、ここにあります!」
「投げて!」
夏見は鏡を投げる。
ゆっくりすぎるんじゃないかとハラハラしたが矢部さんはそれを見事にキャッチした。
「でかした」
ニッと笑う。
口の中で呪文をブツブツ唱えて、両手に持った鏡をあわせる。
「
ぐにゃりと伸びた鏡の表面が、矢部さんの手の中に引っ張られていく。
息をつく間にそれは鏡の中に入っていった。
「これでよし、と」
矢部さんは自分の鏡をパチンと閉じて、夏見の鏡を布で包んだ。
「この鏡、もらってもいい?今度代わりのお礼するから」
「は、はい!」
さすがの夏見も
続けて階段の上からシーツのような白い布を取ってくると矢部さんは鏡を覆いはじめた。
僕は目を見開く。
「あっ!」
上からかぶれるほどのシーツを思わせる布を目にして思い出したのだ。
「白い布のお化け……!」
僕は思わず指をさして言ってしまう。
「は?」
矢部さんは首を傾げた。
「え?お化け?どこどこ?」
夏見はあたりをキョロキョロと見渡していた。
「ああ、それたぶん私」
白い布で鏡を完全に覆った後、僕たちのところにおりてきて矢部さんは言った。
「ここまできたからにはもう隠し事なんて通用しないよね。私は
「陰陽師……」
サラリと出てきた言葉に僕はどう反応したらいいかわからない。
「それって妖怪を退治したりする人ですか?」
「退治というと聞こえが悪いけど人間に危害を加えないようにしているの」
夏見がキラキラとした目を向けている。
「陰陽師って式神とか使えるんですか?不思議な術を使ったり?あ、さっき使ってましたよね?空とか飛べたりするんですか?」
「空は飛べないけど。まあそんな感じね」
適当にあしらっている気がしなくもないけど、立っているだけで矢部さんは他の人と違うという気がする。
なんというかオーラが違うというか。
「どうしたの?」
僕のほうを見て矢部さんは言った。
「ふうん。あなた……」
顔をのぞきこまれる。
僕はドキドキした。
たぶん顔も真っ赤になっていると思う。
「やめてやってください。こいつけっこう人見知りなんで」
観察されるようで落ち着かなかった僕は佐伯の言葉で解放される。
心の中で佐伯ありがとう……と言う。
美人に見つめられるのは慣れていない。
まだ顔が熱い。
「ああ、ごめんごめん。見ない顔だなと思って。もしかして転校生?」
なんでそれを知っているんだろう?
矢部さんは上級生なのに。
佐伯と夏見を見ると首を振っている。
二人は言ってないみたいだ。
だとすると、知っているのはあと先生くらいだけど……。
「もしかしてって今言いましたよね?まさか五年生の顔みんな覚えてるんですか?」
「そうだけど?」
矢部さんは言う。
「自分の通う学校の生徒くらいみんな覚えてる」
そう言うので僕らは顔を見合わせる。
もしかしてこの人とんでもない天才なんじゃ……。
「それより先輩、じゃなかった矢部さん!」
夏見が矢部さんにつめよる。
「な、なに?」
「鏡のお礼してくれるってさっき言いましたよね?」
「言ったけど?」
夏見の食い気味の言いかたにさすがの矢部さんも後ろにジリジリと下がっている。
その手を夏見がガシッとつかんだ。
「矢部さんも怪談倶楽部に入ってください!」
僕と佐伯がのけぞる番だった。
「夏見さすがにそれは……」
「考え直せ」
僕と佐伯は頭をかかえる。
「なに?怪談倶楽部って?」
矢部さんは聞き返した。
「怪談を調査する倶楽部です。資料とか探しはもちろんどんどん現場にも出ていってなるべく多くのお化けと出会いたいです!」
最後のほうは夏見の願望になっているけど。
意外にも、矢部さんは首を縦に振った。
「いいよ」
「え?」
「私も入る。その倶楽部」
「本当ですかー!やったー!」
そう言って夏見は矢部さんに飛びつく。
「わかったからとりあえず帰ろう」
矢部さんはくっついた夏見を引きずるように歩きはじめた。
僕と佐伯もそれに続く。
夏の日はまだ高く、赤く染まった廊下に僕らの影がのびていた。
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