陰陽師少女-2

「あんたたちなんでここにいるの?」


 背後に、女の子が立っていた。

 その質問をそのまま返したいと思った。

 女の子は長い髪を頭のてっぺんあたりでくくり、黒い半袖に赤いスカート、そしてなぜか暑いのに黒のストッキングまで履いていた。

 全体的にスラリとした美人といった感じだ。

 でも、なんというか威圧感がすごい。

 夏見の明るい感じとはまるで違った印象を受ける。

 夏見がかわいいならこの人はきれい、といった感じだろうか。

 雰囲気からすると怒っているようだった。


「あの、僕らは……」

「はじめまして。六年生の矢部やべさんですよね!」


 夏見がテンション高めに言う。


「知り合い?」

「だって有名人だもん」


 僕が小声で言うと、夏見はきっぱりと答えた。


「美人で頭もよくて、運動も得意。生徒代表とかもいつも矢部さんで……」


 ペラペラ話す夏見を矢部さんが止めた。


「いいからそこまでにして」


 矢部さんはフイと顔をそらす。

 なんか照れてる? 

 僕の気のせいだろうか。


「それで?なにしにきたの?」


 再び厳しい口調でたずねられる。


「あの、矢部さんが校舎に入っていくのが見えて大丈夫かなと思って僕らも入ってきたんですけど……」


 僕はしどろもどろに答える。


「そう。私は大丈夫だから帰りない」

「あの、矢部先輩は」

「先輩はいらない。普通にさんづけでかまわないから」

「じゃ、えっと矢部さんは」


 お化けのことを話したいけど、どうきりだしたらいいかわからなかった。


「この校舎にはお化けが出るんです」


 佐伯がズバリ言う。

 言っちゃったよ。


「信じてもらえないかもしれないですけど……。本当に危ないんです。俺たちもみんな見ています」


 目を細めて矢部さんは僕らを見たけど、その口から出てきたのは意外な言葉だった。


「そう。なら話が早い。私はそのお化け関係でここにきてるの」

「へ?」


 僕たち全員が気が抜けたような声を出した。


「だから私はそのお化けに用事があってここにきてるの。危ないから帰りなさいっていうのはこっちのセリフ」


 腰に手を当ててあごをそらせる。

 そんなポーズさえ様になっていた。


「いや、話がよくわからないんですけど……」


 この人もお化けマニアなのだろうか?

 そう思った。


「とりあえず、相手してるヒマないから。ああ、もうこんな時間」


 時計を確認して目を細める。

 いつの間にか4時半になろうとしていた。


「いい?帰れって私は言ったから」


 指を突きつけると矢部さんはサッサと階段をのぼっていった。


「ねえ、あっちって……」

「異界に引きずりこまれる、鏡があるほうだよ」


 確認するように夏見を見ると、僕の考えていることが伝わったようでうんうんとうなずいた。


「どうする?」


 僕は二人に聞いた。


「帰るって言いたいが……」

「行く」


 二人の意見は同じようだ。


「いっこ先輩とはいえ、一人で置いていくにはな……。あんなことがあった後だし」

「私は鏡の噂にとても興味があるから、なにか起きるなら見ておきたい」


 佐伯は矢部さんのことを気にしているようで、夏見はいつも通りだった。


「僕もついていくよ」


 僕も二人を放っておけないから、と思った。



 鏡の前で矢部さんは厳しい顔で腕時計を見ていた。


「矢部さん!」


 僕が声をかける。

 驚いた顔で矢部さんがこちらを見た。

 それから見るからにいらだっている顔になる。


「あんたたち……!来るなって言ったでしょうが」


 でもそんな声にひるむ僕らではなかった。


「何かするなら手伝います」


 その提案に矢部さんは少し戸惑った顔を見せたが、キッと鏡をにらみつけた。


「あなたたちは関係ない。これは私のやるべきことだから」


 鏡の前に立ちはだかる。


「もう逃げるのには遅い……。そこから近づいてこないで!」


 鏡は全身を映すようになっていて、階段の踊り場に設置されている。

 階下で僕らは立ち止まった。



「4時、43分……」


 夏見がつぶやく。

 この怪談の噂の時間はすぐだ。 

 だから、もう逃げるのには間に合わない。


「ねえ、夏見。これはどんな怪談なの?」


 今さらだけど僕は早口で言った。


「4時44分44秒に鏡をのぞきこむと異界に引きずりこまれるって話……」

「悪いけど、その噂は間違っている」


 上から矢部さんの声が聞こえた。


「というか少し言葉が足りない。合わせ鏡をするという条件があるの」


 矢部さんはポケットから何かを取り出した。

 化粧のときに使うような、開け閉めするタイプの丸い小さな鏡。

 パチンと開ける。

 それを鏡に向けた。

 鏡の中に鏡がうつる。


「あっ……」


 僕たちは息をのむ。

 鏡の表面が、あめがとけるようにぐにゃりとゆがんだ。

 真っ暗な水の底のような闇が見える。

 不意に目の前がゆれて、僕はふらりとよろめいた。


「めぐむ!」


 佐伯があわてて支えてくれる。


「大丈夫か?」

「うん、平気……」

「顔色悪いよ」


 夏見もオロオロとしている。


「感じやすい子なのね。その子」


 横目で矢部さんは僕を見た。


「そこから動かないで。すぐ終わるから」


 懐からなにか札を取り出すと、なにか呪文のようなものを唱えはじめる。

 お札?

 あれってどこかで見たことあるような……。

 そのとき不意にイヤな予感がした。


「ダメだ!」


 僕は反射的に起き上がる。

 矢部さんが驚いたようにこちらを見た。

 その途端とたん、お札がやぶれて散り散りになる。


「なっ……」


 鏡の気配が邪悪じゃあくさを増してうずいていた。

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