陰陽師少女-1

 キャンプが終わった次の日。

 今日も天気は快晴で絶好のお出かけ日和、とニュースで言っていた。

 有名なアイドルの音楽を口ずさみながら、夏見が僕の前を歩いている。


「あの……。夏見」 


 僕は通行人に変な目で見られないかハラハラする。


「なにー?」

「なんでもない」


 僕は夏見の無邪気な笑顔に、抗議こうぎの声をあきらめてそう言った。

 チャプンと水筒の中のお茶が鳴った。



 プール当番の父さんから水分補給のためのお茶を忘れたと電話がかかってきたのは、午後になってからしばらく経ったころだった。


「悪いけど持ってきてくれるかい?」


 そう言われたので学校まで持っていくことにした。

 のぞみは変身もののアニメに夢中でテレビの前から動かないため、カギをかけておくことを注意して家を出てきた。

 その道中、なぜかまた夏見に出会ってしまったわけである。

 行き先を聞かれたので学校に行くことを伝えた。


「私も行く!」


 そう言ってなぜか夏見もついてきた。



「夏見は宿題とかいいの?」

「平気ー。今日のぶんは終わらせてきたから」


 そう軽く言う。


「ねえねえめぐむくんはさ、前の学校どうだったの?」

「どうだったって?」

「こことはどんなところが違った?」


 ううん、と僕は考えこむ。


「少なくとも、旧校舎はなかった」


 そしてもともと引っこみ思案な僕はほとんど友だちがいなかった。

 まあ、霊がえやすくて、怪しげなものになにかと好かれるという体質もあってだけど。

 ちなみにうちの父さんは霊が視えない。

 だから、いつも心配をかけていた。


「それはそうだよね。じゃあ、楽しかった?」

「まあ、普通かな」


 そう、僕は周りから普通に見えるように過ごしてきたんだ。

 今でも普通であることにあこがれている。


「めぐむくんはもう少し肩の力をぬいてもいいんじゃないかな」


 夏見はそう言う。


「え?」

「だってめぐむくん、いろいろ人な人のこと気にかけてるでしょ?今日だってお父さんの忘れもの届けにきてるし」

「それはまあ、当たり前だから」

「えらいよ」


 夏見は微笑む。


「それにめぐむくん、こわがりなのに私と佐伯のこと助けてくれたでしょ。本当にありがとう」


 改めて言われると照れくさい。


「とにかく二人が無事でよかったよ」

「なにかあったときは私にもお手伝いさせてね」


 普段冗談ばかり言っている夏見だけどその言葉にウソはないようだった。


「うん、じゃあ何かあったときは夏見に言うよ」


 そう言うと夏見はニコッとまぶしい笑顔で笑うのだった。



 学校に着いて、プールサイドにいた父さんに水筒を届ける。


「ありがとう」


 父さんは言った。


「そちらはめぐち……、めぐむの友だちかい?」


 よかった。

 人前でめぐちゃんと言うのはまずいと気づいてくれたみたいだ。


「はい。はじめまして。夏見照です。二学期からはめぐむくんと同じクラスなのでどうぞよろしくお願いします!」


 夏見はそつなく答える。


「おお!それは嬉しいな。ぜひめぐむと仲良くしてやってください」


 父さんはにこやかに言った。


「もちろんです」


 父さんは僕を手招きする。


「いい子じゃないか」

「うん、そうなんだ」

「それにかわいいね」


 見た目はね、と言うのをグッとこらえる。

 実際は僕を引っ張り回すトラブルメーカーなんだということはもちろん言わない。


「じゃ、父さん。僕は家に帰って宿題するから」


 僕は父さんに手を振る。


「おー、気をつけてな。水筒ありがとう」

「うん」


 僕は手を振って帰ることにした。

 プールに背を向けると、夏見に肩をたたかれた。


「ねえ、めぐむくん」


 なぜか小声だ。


「なに?」

「あそこ」


 夏見が校舎のあたりを指差した。

 女の子が立っている。

 キョロキョロとあたりを見渡しているようだ。


「なにしてるんだろ?」

「うーん、ここからじゃちょっとよく見えないな……」


 見ているとその女の子は窓に手をかけた。

 窓が難なく開く。

 あれ?

 昨日のキャンプのときならわかるけどカギをかけてないのはおかしいんじゃ……。

 僕たちがだまって見ていると、ヒラリと女の子は窓の枠を飛び越えて中に入った。


「ねえ、今の見た?」

「うん、大人の人に伝えてきたほうがいいかな」

「カッコいいー!」


 なぜか夏見は目を輝かせている。


「だって窓って高くてなかなか飛び越えられなさそうなのにジャンプだけで入っちゃえるなんて」 

「夏見……」


 今はそれどころではないのでは。

 でも助走もなしに飛び越えられるなんてそうとう運動神経がいいんだろうなとは思う。


「お前らなにやってんの?」


 そのとき後ろから声が聞こえた。


「佐伯」

「やだ、ぐうぜんー」


 サッカーボールを持った佐伯が立っていた。 

 偶然にもまた三人集まってしまったようだ。


「今日も練習?」

「ああ。……ていうかお前らまた校舎に入ろうとしてたんじゃないだろうな?」


 佐伯が険しい目を向けてくる。

 夏見が舌を出す。


「バレちゃった?」


 僕そんなつもりないんだけど!


「待って待って、説明させて。今ここに女の子が入っていったんだ」

「女の子?」

「そう。たぶん高学年の、僕らぐらいの女の子。そこの窓を飛び越えて校舎に入っていったんだ」


 佐伯は窓に近寄って手をかける。

 開いた。


「たしかに開いてるな……。先生がカギかけ忘れたのか?」


 佐伯はあきれた顔をする。


「ど、どうなんだろうね」


 僕は早くもイヤな予感がしてきた。


「よしっ、入ってみよう!」

「おことわりします!」


 僕はビシッと手を立てる。


「えーなんで」

「なんでって。もう夕方だよ?」


 時計を見ると4時だった。


「夕方だからだよ。入っていったの女の子のこと心配じゃないの?」

「うっ」


 それを言われると弱い。


「入ってみようよ」

「そうするか」


 あっさりと佐伯が言うので僕はとまどう。


「佐伯まで」

「ちょっと入って確認するくらいなら大丈夫だ。それに、気になることもあるしな」

「異界につながる鏡だよね!」


 夏見のテンションが高くなる。


「それって七不思議の……」

「野次馬で来ているなら止めないけど。なんか危ない気がしてな」


 野次馬って言った。

 というか結局こうなるのか。

 僕は大きなため息をつく。


「行くぞ」


 まず、僕たちの中で一番運動ができそうな佐伯がよじのぼって窓から入る。

 佐伯が手伝って夏見も中に入り、苦労しながら(いやいや)僕も中に入る。

 校舎は夕焼け色に染まっていて、非日常感があった。


「な、なにかあったらすぐに帰ろうね」


 普段こう言うのは佐伯の役目なんだけど、僕がそう言った。

 佐伯と夏見がうなずくと静かに歩いていく。



 その時だった。


「だれ?」


 するどく声をかけられて僕はビクッとした。

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