七不思議怪-5
ガッシャアアアン!
派手な音を立てて窓ガラスが砕け散る。
「きゃあああ!」
夏見が叫び、僕はたまらずしゃがみこむ。
佐伯は走ると夏見のたてになるように両手を広げて立ち止まる。
「大丈夫か?」
「さ、佐伯……」
夏見はモナリザを指差す。
「あれはなんなの」
「俺たちはたぶん当たりを引いたんだ。いいから逃げるぞ」
廊下に走ろうとするとドアが閉まった。
「くそ、またかよ」
押しても引いてもドアは開かない。
ギロリとモナリザは視線を動かした。
戸棚のものがつぎつぎ落ちてくる。
木の椅子が宙に浮かんだ。
「離れろ!」
椅子が壁に叩きつけられてくだける。
「これ、どうすれば……」
「やったことの責任をとるのね」
やれやれという声で花子さんは言った。
どこから見ているのだろう。
どうすればいい?
こんなとき。
「花子さん」
僕は花子さんに聞いてみた。
「僕たちはどうすればいい?」
お化けに助けを求めるなんて間違いだと思う。
だけど、この場で頼りになるのは花子さんくらいしかいない。
「私に聞く?」
思った通りあきれたような声が返ってきた。
「さあね。説得でもしてみたら」
説得。
お化けに話が通じるかはわからないが、僕はなんとか勇気を出してモナリザの絵に向き合う。
「おさわがせしてすみませんでした。でも僕らはあなたに何かしようとするつもりはありません」
頭を下げるが、宙に浮いたものはもとに戻らない。
「ダメみたいね」
いっそ楽しげに花子さんは言った。
「どうすればいいんだろう……」
僕は心が折れそうになる。
後ろの二人を見る。
夏見は震えていて、佐伯がそれを守るようにあたりを見回していた。
僕はしっかりしないと。
二人を守るために。
「仕方ないわねえ。じゃあ一つ教えてあげる」
ため息をついて花子さんは言った。
「この部屋に入ってきたとき何が起こった?」
「モナリザの目から血があふれてきていた」
「そう。それなら?」
僕は考える。
そして、一つの方法が浮かんだ。
重ねるように花子さんが言う。
「涙を止めてあげればいいのよ」
涙を止める。
さっきはこすって取れた。
じゃあもしかしたら。
「佐伯!バケツに水をくんで!」
僕は佐伯のほうを見て叫ぶ。
突然の大声に佐伯は目を白黒させる。
「バケツっていっても」
「水彩用のやつで大丈夫だから!はやく」
佐伯は急いで戸棚から落ちたバケツを拾った。
蛇口をひねってそれに水を満たす。
「それをモナリザの絵にかけて!」
「わかった。かければいいんだな」
佐伯の判断は早かった。
モナリザの絵に水をぶつけるようにかける。
涙は流されてみるみる消えていった。
戻る様子もない。
「や、やった!」
僕と佐伯はハイタッチする。
夏見はまだ何が起こったのかわからないというふうに固まっていた。
「今のうちに出るぞ」
佐伯は夏見の手を引く。
今度はすんなりドアが開いた。
廊下に出ると僕たちは全速力で走って一階についた。
外はまだたくさんの話し声がする。
どうやら点呼の時間には間に合ったようだ。
「……佐伯」
「なんだ」
「窓ガラス割れてたよね。それに落ちてきたものもそのままにしてきちゃった……」
「……まあだれかが片づけるだろ」
僕は脱力した。
「そうだね……」
まだそこまで考える気力は残ってなかった。
だれかが片づけてくれるのに期待するしかない。
先ほどからずっと顔を下にしてだまっている夏見に僕は声をかける。
「夏見、大丈夫……?」
夏見は何かつぶやいていた。
「こ……かっ……た」
「え?」
ガバッと顔を上げて夏見は言った。
「あーこわかった!」
演技でもなんでもなく、そう思っているみたいだけど思ったよりずっと元気で僕はあきれる。
「めぐむくんも佐伯もあんな体験してきたの……?本当すごいね」
熱い眼差しで夏見は僕の両手をにぎった。
元気なことはいいことだけど、元気すぎるなと思った。
そして、僕はいきなり手をにぎられたのでドキドキする。
「めぐむくんってすごいんだね……!ていうか全然こわがってなかったし」
「いや……。そんなことないよ。あのときは必死だったし」
僕は目をそらす。
「おい、めぐむから手を離せよ」
「あれあれ、佐伯やいてるのかなー」
ニヤニヤと笑う。
「やっぱりこいつ置いてきたほうがよかったかも……」
遠い目をして小声で佐伯は物騒なことを言う。
「けど、そうだね。新聞クラブで怪談特集やるのはやめようかな」
わかってくれたならよかったと僕は思う。
一瞬黙ってから夏見はポンと手をたたいた。
「そうだ!怪談クラブ作ろう」
「怪談……クラブ……?」
その怪しげなひびきに僕は頭が混乱する。
「そう!今日みたいに怪談を検証するの」
「今日でこりたんじゃ……」
「そんなことないよ。まだまだ怖い話はたくさんあるもの」
だから、それにまきこまれるのがイヤなんだ。
僕は心の中で悲鳴をあげる。
その時、校舎のほうでなにかが見えた気がした。
「あれ」
あれって……。
白い布がチラッと見えてすぐに消える。
あれは旧校舎でも見た。
なんでここに?
「どうしためぐむ?」
「あ、うん。ちょっと……」
僕はその白い物体?について佐伯と夏見に話す。
「なんだそりゃ。俺たちを追いかけているってことか?」
「新種のお化けかも……」
夏見は目をキラキラさせている。
いや、そんな新種の動物を見つけたような顔をされても。
「何にしろ話してくれてよかったよ。いきなり驚くのはもうたくさんだ」
佐伯はため息をつく。
「行動を注意しているくらいしかできることなさそうだけどな」
「そうだね……」
三人で校舎から出た。
月だけが静かに校舎を照らしていた。
もう何も姿は見えなかったけどしばらく僕は目をそらせなかった。
翌日。
僕はキャンプから帰って、父さんに実に不思議なクラブを作ることになったことを言った。
「ステキじゃないか!」
怪談を調査するところとかは飛ばして言ったけれど、父さんは全く聞いていないようだった。
たんなるおしゃべり研究クラブくらいにしか思ってないようだ。
「それで、先生たちに提案するために何か独創性のあるこれだ!って目印のアイディアを考えてきてって夏見に言われたんだけど」
そう言うと父さんは目を輝かせながら言った。
「めぐむが友だちとクラブに……。そうかあ」
父さんも人の話を聞かないという点では夏見と似たり寄ったりかもしれない。
午後から駄菓子屋に行くと、佐伯と夏見がすでに来ていた。
キャンプが終わって午前中に帰ってきたけれど、そのまま三人で遊ぼうと(実際には夏見に強引に)さそわれていたのだ。
「二人に見せたいものがあるんだけど」
僕は額に入れた紙を見せた。
墨の文字でこう書いてある。
『
「独創的なアイディアがなんとか言ってたでしょ?そういうわけでこれを持ってきたんだけど……」
達筆な文字を見ると夏見は歓声をあげた。
「すごーい、これめぐむくんが書いたの」
「ううん。父さん。書道が趣味なんだ」
「クラブは昔こう書いたんだ」
そう言ってお父さんはクラブを倶楽部と書いてくれた。
その字を見て、しっくりくるというか、シンプルにカッコいいと僕は思った。
「いやー懐かしいな。お父さんも学生のころは……」
長い話がはじまったので、そこは聞き流した。
「倶楽部ってレトロな感じ!カッコいいね!」
夏見の好きなポイントがどこにあるかわからなかったけれど、とりあえず気に入ったようだ。
「じゃ二学期から活動開始ね!えいえいおー!」
夏見は拳を突き上げる。
「ほら、二人も」
「おー」
僕らは力なくそれに応じる。
「楽しみだなあ」
夏見は目をキラキラさせて、僕と佐伯は目が死んでいた。
僕たちの大きな声に反応してか、ジジッと音を立ててどこかの蝉が飛び立っていった。
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