七不思議怪-4

「じゃあ次は一番怪談が集まっている三階を見ていきます」


 気を取り直して、というように夏見は言った。


「なに佐伯その目は」


 佐伯はシラけた顔をしていた。 


「別に。残りの不思議とやらも別にたいしたことないんだろうなと思って」


 三階には図工室、視聴覚室、音楽室がならんでいた。

 音楽室の横には楽器用の音楽準備室。


「じゃあ次は音楽室ね。これがひとりでに鳴り出すピアノ」


 大きな黒いピアノ。

 一見して普通にどこの学校にでも置いてありそうなものだった。

 ふたを開けて、夏見が鍵盤けんばんをおしてみる。

 ポーンと高い音が鳴った。


「ちゃんと鳴るね」

「そう。でもこれがだれもいないときに鳴り出すの」


 夏見は言った。


「ある日、放課後おそくまで残っていた生徒が自分以外に残っている人がだれもいないはずなのにピアノが鳴っているのを聞いたそうなの。音楽室をのぞきこんでも当然だれもいない」


 しんみりした声で言う。


「ショックでその子は熱を出して寝こんじゃったんだって。その熱もお化けのせいかも」

「お化けのせいって?」

「こう……、なんていうか霊気みたいなもの?お化けに出会うと寒気がするとかいうでしょ」

「なるほど……」


 さすがに何回も震え上がる思いをしている僕はゾクゾクするのはそのせいかと思った。


「ピアノが勝手に鳴る……。その件にも説明がつくぞ」


 いくつか鍵盤を押してみながら佐伯が言う。


「ええっ、ウソだぁー」


 夏見は言う。


「つまり、これもお化けのしわざじゃないってこと?」

「まあそういうことだ」


 冷静に佐伯は言う。

 佐伯はこの短時間でなにがわかったのだろう。

 僕は天井を見上げて高い声を出してしまった。


「ひぇっ……。あそこにひと、ひとが……」

「え?どこ」


 夏見が僕の指差したほうを見つめる。

 そこには天井に人の顔の形をしたシミがあった。


「ほら、やっぱりお化けのしわざ……」

あまりだな」


 きっぱりと佐伯が言う。


「へ?」


 僕と夏見の声があわさった。


「だからあそこから雨漏りしてるんだよ。シミが人の顔に見えるのは錯覚さっかく


 佐伯はピアノを指差した。


「だれかがふたを閉め忘れたんだろうな。そこに水滴が落ちてピアノが鳴ったように見えたんだ」

「いや、水滴の重さじゃピアノは鳴らないでしょ」

「だから、ピアノが鳴ったとは言ってないだろ。ピアノの音だと思ってたのは水滴が落ちる音だったんだ。見ろ」


 部屋の片隅には金属製のバケツが置いてあった。


「それが雨音を弾く音をピアノの音だと勘違いしたんだろう」

「……そんなのアリ?」

「アリだ」


 幽霊の正体見たり枯れ尾花という。

 とてもこわがっていたその人は、だれもいない部屋にピアノの音が響いていると勘違いしたのかもしれない。


「つ」

「つ?」

「つまんなーい!」


 夏見がさけんだ。


「うう……。でも反論が思いつかない」

「わかったらさっさと次行くぞ。あと、何が残っている?」


 ふてくされた顔で夏見が言った。


「異界につれていかれる鏡。でもこれは4時44分にのぞきこまないといけないってきまりがあるから、今は無理。無人の放送室。放送室はいまはカギがかかっていると思うし、残っているのは図工室のモナリザ」

「それは血を流すっていう……?」

「うん、それ」


 僕が引いていると佐伯はどんどんと歩いて行った。


「じゃあそれでラストな」


 不満そうにしながら夏見は言った。


「うん。オーケー……」



「それで!あれがモナリザの絵!」


 テンションが戻ったのか元気に夏見は言った。


「夜中に血の涙を流すと言われているの」

「まさにいまの時間にピッタリだね……」

「さすがめぐむくんわかってるー!」


 わかりたくなかった。

 僕たち三人はモナリザの絵に近づく。


「これ……」

「なんだ?」

「ヤバ、ヤバい」


 僕と佐伯は絵に目が釘づけになる。

 夏見は言語能力が低下して同じ言葉ばかりつぶやいていた。


「目から血が……」


 目の下が不自然に赤くなっている。


「やった……!やっとホンモノ……!」


 夏見は興奮こうふんしていた。

 佐伯は冷静に手を伸ばす。


「あっ佐伯」


 そのまま素手でさわったので僕はあわてた。


「絵の具が乾いている。たぶんだれかのイタズラだろ」

「えっー。だってこれは血の涙でしょ」

「こすると取れるんだが?」


 たしかに佐伯の手からポロポロと乾いた絵の具のようなものが取れていた。


「まあ、だれかさんみたいなやつがやっていったんだろうな。イタズラにしては笑えないけどな」

「じゃあこれもニセモノ……?」


 夏見が目に見えるようにしおれる。


「だ、大丈夫だよ、夏見。むしろお化けなんていなくてよかったじゃん」


 僕はいやいや連れてこられたが夏見のそんな顔も見たくなくてはげます。


「うん……。そっかもね」


 夏見もクールダウンしたようだ。


「じゃあ今度は他の残っているやつ検証してみようかな。新学期がはじまってから」

「お前まだやるつもりなのかよ……」


 佐伯がげんなりした顔をする。


「もちろん!当たりが出るまで何度でもアタックするつもりだよ」

「せめるね……」


 僕は苦笑いする。

 とにかく、これで何事もなくおさわがせな学校探検は終わるのだ。

 僕はホッとした。

 だけど。

 何か引っかかってていた。

 さっきの話じゃないけど寒気がするような。

 だれかから見られているような視線を感じる。

 気のせい、だよね。


「めぐむ?どうかしたか」

「うん?いや別に……」

「キャンプに戻るぞ。そろそろ夜もふけてきたしな」


 さすがにそろそろ戻らないとまずいなとは僕も思っていた。


「うん、帰ろう。夏見?」


 夏見はどこかを見て固まっていた。

 視線の先には、モナリザの絵。

 僕も見て、ゾゾゾッと背中に寒気が走る。


「さ、佐伯。あれ……」


 指差す先にはモナリザの絵。

 その目から大量の赤い液体……、血の涙が流れていた。

 こぼれた大量の涙が床を真っ赤にぬらしていく。


「どういうことだ?だってさっき見たときは……」

「あなたたちがかまうからよ」


 どこからか声が聞こえてきた。


「その声は……」

「花子さん?」


 どこからか花子さんの声が聞こえてきた。


「え?だれ?」


 夏見はとまどっている。

 僕のポケットがにぶく光っていた。

 僕はハッとする。

 そういえばあの金色のボタン。

 まだポケットに入れっぱなしだった。

 僕は取り出してたずねる。


「どういうこと」

「あなたたちが動き回るから、あちらからやってきたのよ」


 その声が合図のようにギロリとモナリザの目が動いた。


「ヒッ……」

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