七不思議怪-2

 駄菓子屋に行くと夏見は言った。


「おばちゃーん、ソーダ棒三つ」

「あいよ」


 奥からおばさんというよりおばあさんと言ったほうがいい年代の人が出てくる。


「おや、照ちゃんにかっちゃんじゃない。二人とも勉強かい?」

「そんな感じ!」

「まあそんなもんです」


 夏見は元気よく、佐伯はどこか歯切れ悪くそう言う。


「はい、ソーダ三つ」

「ありがとうございます!」

「暑いから中で食べてって」

「そうしまーす!」


 小さなレジが置いてある畳の上に僕たちは座った。 

 石の床の上から畳に上がれるようになっている。

 店はあたり一面に棚が並んでいてさまざまな駄菓子がある。

 僕は思わずキョロキョロしてしまった。

 奥がおばあさんの家になっているみたいだ。


「はい!めぐむくんと佐伯のぶん」


 夏見はそう言ってソーダ味のアイスをくれる。


「ありがとう」

「ていうかめぐむくんって長いね!めぐっちって呼んでいい?」


 あんまり長さは変わらないのではないか。


「あの、えっと」

「やめろ。めぐむが困ってるだろ。なにしにきたのか忘れたのか」


 夏見の目がキラーンと輝く。


「え、佐伯お化けの話してくれるの。じゃんじゃん聞かせて」

「お前の距離感バグってるんだよ」


 ため息をつくと、佐伯は言った。


「昨日、めぐむと旧校舎に行ったときにお化けに出会ったんだ」


 昨日のことを大まかに話す。

 佐伯の話が進むたびに夏見の視線は輝いていった。


「え?花子さん私に化けてたの。それなんかすごい!」

「喜ぶところか」

「だって私も会えるかもじゃん」


 僕は遠慮がちに聞いた。


「なんで夏見はそんなにお化け見たいの?」

「会えたらすごいじゃん!友だちになりたいし」


 友だちか……。

 夏見はきっといい子なんだろうな、と僕は思った。

 会ったばかりの僕にこんなにオープンに接してくれるし。


「私ね、学校の新聞クラブに入ろうかと思ってるんだ!お化けの特集とかしたらみんな興味もってくれると思わない?」

「あーそれは楽しそうだな」

「でしょでしょ?」


 佐伯の皮肉も通じてないみたいだ。


「でもね、二人とも知ってる?お化けが出るの旧校舎だけじゃないよ」

「は?」


 僕と佐伯は固まる。


「だーかーら。私たちの通っている新校舎にも七不思議があるの。あ、めぐむくんは二学期から通う、だよね」


 僕はクラッとした。

 まさかまだお化けと会う機会があるかもしれないなんて……。

 七不思議。

 そういえば父さんがなんか言ってたっけ……。


「なんだそれ。初耳だぞ」

「そう?けっこう有名な話だよ。佐伯お化けにくわしくなさそうだもんね」

「興味ないからな」

「これだから男子はもうー!」


 夏見は唇をとがらせる。

 男子とか女子とか関係ないと思う。


「アイス溶けてきてるぞ」


 真剣に話していたので夏見はそこまで気が回らなかったらしい。

 あわてて飲みこむ。


「さて」


 夏見は指を一本立てる。


「七不思議のことについて教えてあげるね」


 別に誰も聞いていない。


「聞く必要あるか?それ」


 佐伯が僕の心の内の言葉を代わりに言ってくれる。


「私は新クラスメイトのめぐむくんに聞いてほしいのー。佐伯はおまけで聞いていてもいいよ」


 佐伯はあきらめろ、という顔で僕を見た。

 そんなあ。


「おばちゃーん。なにか紙と書くペンない?」

「あいよ」


 おばあさんがメモ帳とボールペンを出してくれる。

 僕のクラスメイトがめいわくをかけてすみません、と思う。


「学校の七不思議はこんな感じ」


夏見が書いたところによるとこうだ。

一、段数が変わる怪談。

二、人差し指が欠けた像

三、異世界に引きずりこむ鏡

四、血を流すモナリザ

五、ひとりでに鳴り出すピアノ

六、無人の放送室


「以上」


 僕はあれ?と思う。


「六つしかないけど」

「七つ目は秘密なの」


 夏見は声を低くする。


「それを含めて七不思議」

「だけど、七つ目がないと七不思議とは言えないんじゃ」

「七つ目を知った人は、ちょうこわいめにあうらしいよ」


 じゃあ知らなくていい。


「やっぱり聞いたことのない話ばかりだな」


 佐伯はメモをにらむように見ている。


「佐伯、噂にうといもんね」


 夏見は僕の顔に顔を近づけて言った。


「どう?めぐむくん。面白いと思わない?」

「うーん……。ちょっと僕は遠慮したいかなー……」

「どうして?」


 夏見はガッカリしたように言う。

 そんな顔をされても。


「めぐむはこわい話が苦手なんだよ」


 そう、その通り。

 僕は必死にうなずいてみせる。


「それじゃあ仕方ないかー。私だけで調査してみようかな」

「調査?今お前調査って言ったか」


 佐伯が目を細める。


「なにするつもりなんだよ」

「そりゃ学校探検ツアーだよ!」


 夏見はグッと拳を握る。


「夏といえばこわい話!こわい話といえば夏!だから夏の間に調査してみよっかなって」

「バカじゃねーの」


 佐伯はため息をついて、それからきっぱり言った。


「危ないぞ」

「佐伯、心配してくれるんだー?」


 ニヤーと機嫌よさげな笑みが夏見の顔に広がっていく。

 あ、これはよくない感じだと僕は直感的に思う。


「実は明日から調査してみようかと思うんだよね」

「はあ?明日から?」


 思ってもいない発言に佐伯は目を丸くする。


「今夏休み中だから学校に入れないんだろ」

「ところが入れるんですー」


 夏見は立てた人差し指を振ってみせた。

 ポケットからたたんだ紙を取り出す。


「校内キャンプ!明日からなんだよね」

「そういえばそんなものあったな……」


 僕が紙を見てみるとこう書いてあった。


「夏の思い出作り!みんなと仲良く過ごそう」


 でかでかとした文字で強調されている。


「なにこれ?」

「学校の中庭でキャンプするの。毎年の恒例行事なんだよ。カレー作ったり星空観察したり楽しいの」

「へえ……」


 僕は思わず興味を持ってしまった。

 でも、その場所が夜の学校だということに気づいてハッとする。

 そんなのお化けに会いに行くようなもんじゃん……。


「読めたぞ。そのキャンプから抜け出して校舎に入るつもりか」

「やだなー人聞きの悪い。ちょっと校内パトロールするだけだよ」


 パトロールが探検と同じ意味なのはわかる。


「そんなことだろうと思った」


 佐伯は頭をかかえる。


「だ、だめだよそんなの。危ないし」


 僕は止めに入る。


「女の子が一人で夜に出歩くなんて」

「めぐむくんたら優しー。私を女子認定してくれるんだ」


 ニコッとかわいらしく夏見は笑う。


「女子一人だけで危ないなら男子が来てくれたらいいと思わない?」


 思わない、と言おうとしたけどこの子は止めても一人で行くだけだろうなとわかってしまう。

 佐伯がため息をついた。

 この時点で僕らの命運は決まった。

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