七不思議怪-1

「えーいいなあ!」


 なぜか駄菓子屋でアイスを食べながら、僕、佐伯さえき夏見なつみの三人は集まっていた。


「今いいなって言ったか?」


 佐伯はおだやかとはいえない目で夏見をにらむ。


「あの……。夏見って」


 僕は内心冷や汗をかきながら、隣に座る女の子を見る。


「ん?なに?」

「心配しなくてもこいつは本物だぞ。このバカさ加減は天然のものだ」

「ちょっとそれどういうことー?」


 ほおをふくらませてから夏見はバンザイするように手をあげる。


「いいなー二人だけ」


 空に向かって言う。


「私もお化けに会いたーい!」


 その気持ちははげしくよくわからない。



 旧校舎に行った翌日。

 家で昼ごはんの準備をしているとのぞみが玄関でさけんでいた。


「めぐちゃーん!おともだち!」

「え?友だち?」


 僕は手をふきながら玄関に行くと、仏頂面ぶっちょうづらの佐伯が立っていた。


「よお」

「こんにちは……。えっ、ていうかなんで家知ってるの?」

「聞いてもないのに上林に教えられた」


 なにか紙を持っている。


「宿題の追加。うっかり渡すの忘れてたから届けてこいって」


 僕は受け取った。


「わざわざありがとう。あの、ジュースでも飲んでいく?」


 暑そうだったからそう言うと佐伯は僕をじっと見た。


「どうかした?」


 佐伯は外へ親指を向ける。


「いま、ちょっと時間あるか?」



 のぞみと父さんの昼ごはんを用意して、家を出る。

 今日父さんは半日で帰ってくると言ってたからたぶんすぐ帰ってくるだろう。


「お昼どきににわざわざ悪かったな」

「気にしないで」


 ただでさえ佐伯にはたくさん助けてもらっているのだ。


「ちょっとなんか食べていこうぜ。俺も昼飯まだだし」


 そう言って佐伯はコンビニに入った。

 財布を出しながら僕に聞く。


「もしかしてお金持ってない?」

「大丈夫。ちょっとは持ってる」


 それより子ども二人だけでコンビニに入るなんてはじめてで僕はドキドキした。

 佐伯はコロッケパンと炭酸ジュースを、僕はサンドイッチとお茶を買って店のすみにあるイートインスペースと書かれた場所で椅子に座った。

 机の上でパンを広げる。


「それで今日はどうかしたの?」


 もぐもぐと佐伯は口を動かしていたが、飲みくだすと微妙な顔をつくった。


「まずいことになった」

「え?パンがまずい?」 

「いや、パンはうまい」 


 佐伯は首を振る。


「昨日、俺たちが旧校舎に入っていたことが知られたんだ」


 僕は思わず背筋を伸ばす。


「だれに?」

「まあ、あの用務員のおじさんが話したんだろうな。なぜか上林が知っていて罰として俺にプリント届けさせたってわけだよ」

「それはすみませんでした……」


 僕は小さくなって謝る。


「佐伯だけじゃなくて僕もいっしょに入ってたのに。僕はなにもなし?」

「いや、残念な知らせなんだが」


 佐伯は顔をくもらせる。


「二人でプール掃除をしろ、ということだ」

「なんだ、そういうこと……」


 でもまあそれぐらいですんでよかったのかもしれない。


「ごめんね。佐伯は僕につきあっただけなのに」 

「謝るな。ついていくと決めたのは俺なんだから別になんとも思ってない」


 本当になんとも思ってなさそうないつもの冷静な顔でパンを食べる。


「ごちそうさま」

「ごちそうさま」


 僕たちはほぼ同時に食べ終えて手をあわせる。


「あの、今日これから用事ないならプール掃除、今のうちにやっとく?」

「俺も同じこと言おうと思っていた」


 佐伯はパン、と手をたたく。


「いっちょやるか」



「めぐむ、そっち大丈夫か?」

「うん、水流すねー」


 モップでプールの底を掃除して水で流していく。

 足がびしょぬれだったけど、暑い中なので気持ちよく感じた。

 なんでも、プールの開放は明日からだそうだ。


「おーいキリキリ働けー」


 さすがに小学生だけで作業させるのはダメなのか上林先生が監督をしていた。

 プールサイドにいるだけで、とくになにをするわけでもないけど。

 時計を見て、先生は言った。


「そろそろ会議の時間だから切り上げるぞ。二人ともプールから上がれ。モップだけ片付けておけよ」


 そう言って、上林先生はプールを去っていく。

 僕は内心ホッとした。

 やっと終わった。


「めぐむ、掃除用具入れる倉庫はこっち」


 佐伯がプールの更衣室の横を指さす。


「うん、あれ?」


 さっきこすったばかりのあとに、みがきわすれかポツンと黒い汚れがついていた。


「佐伯、ごめんもうちょっとこする」

「まだか?そんなの適当にしておけば」

「へへ。ちょっと気になっちゃって」


 僕は階段からプールの床へ降りると、シミのような汚れに近づいた。

 異変に気づく。

 あれ?

 これ、汚れじゃない?

 よく見るとそれは髪の毛の毛だまりのようだった。

 流すよりひろったほうがいいかな、と手を伸ばす。

 僕が触れようとした瞬間、それは突然動くと排水溝の中に吸いこまれていった。

 髪の毛というより生き物のような動きだった。


「……!」

「めぐむー、どうかしたか?」


 プールサイドから佐伯が呼んでいる。


「なんでもない」


 そう言って僕はプールサイドに上がる。

 学校のプールには絶対入らないでおこうと思った。



 片付けをして、帰ることにした。

 カギはあとから先生がかけると言っていたのでそのまま出てくる。


「つかれたな。帰るか」


 佐伯が言ったそのときだった。


「あれ?佐伯じゃーん!」


 突然元気な声がかかった。

 その方向を見て、僕と佐伯は固まる。

 それもそのはず。

 昨日の、夏見という女の子が立っていた。


「どしたの?幽霊にあったような顔をしちゃってー」


 冗談でそう言ったのだろうが、僕たちは笑えなかった。


「幽霊か……」

「あの後じゃそんなものもかわいらしく思えるな」


 二人で苦笑いする。

 思い出しただけでどっとつかれてしまった。


「佐伯、佐伯。その子だれ?ていうかなんの話?二人で幽霊にでもあったの?」

「夏見、旧校舎には行くなよ」


 佐伯の言葉に夏見は聞いた。


「なんで?」

「教えたくない」

「教えてくれなきゃ行っちゃうから」


 佐伯にはこの言葉が効果的だったらしい。


「……お化けが出るんだよ」

「なんて?」

「だから妖怪というか……。そんな感じ」


 夏見は目を丸くして沈黙した。

 これはバカにされる前触れかなと思った。


「つまり、旧校舎でお化けに会ったの!いつ?どんな感じ?」


 予想に反して、夏見はすごい勢いで僕らに食いついてきた。

 なんでこの学校の人はお化けをすぐ信じるんだろう。

 僕の前にいた学校では見間違いと言われるかうそつきといわれるのが普通だったのに。


「というかえっと、なんて名前?」


 僕に近寄って聞いてきた。


清橋きよはしめぐむ」

「めぐむくん!佐伯の友だち?」

「転校生だ。俺らと同じ学年」

「えっマジ!すごいんだけどー!」


 夏見はピョンピョンとはねた。


「私、夏見なつみてる!改めてよろしくね!」

「よ、よろしく」


 高いテンションについていけない。


「ていうか佐伯!」


 思い出したというように夏見は佐伯を見た。


「お化けの話聞かせて!」

「暑いな、めぐむ。アイスでも買って帰るか」


 佐伯がしらじらしくそう言うが、行く手をふさがれてしまった。


「おごる!アイスおごるからもっとくわしく!」

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