旧校舎の主-5

「おい、何かわかったのか?」

「花子さんの言っていた言葉にヒントがあるんだと思う」


 僕は花子さんの言っていた言葉を思い出す。


「あなたの妹といっしょにいるわ」


 もし、それが言葉通りの意味だとしたら。


「僕の妹といっしょにいるって言うのはそのままの意味で、花子さんとのぞみはたぶん同じ場所に隠れている。そして、花子さんの居場所は学校のトイレ」


 僕はバンと扉を開ける。


「つまり、答えは最初からここにあったんだ」


 花子さんと初めて会った、一階の奥から三番目のトイレの扉を開ける。


「当たり」


 花子さんは、思った通りそこにいた。


「意外と早かったわね」

「のぞみ!」


 花子さんに抱かれるようにのぞみがぐったりと目を閉じている。


「大丈夫よ。気を失っているだけ」

「勝負は俺たちの勝ちだ」

「のぞみを返して」


 僕たちは花子さんに詰めよる。


「いいわ。返してあげる」


 花子さんは妹を返してくれた。

 僕は急いでのぞみを支える。


「のぞみ」


 眠っているだけのようだ。

 寝息が聞こえてくる。

 自分の妹ながらにぶいなあと思う。


「よし。めぐむそっちの腕を持て。俺はこっちを持つ」


 二人でのぞみの腕を肩にかけて支える。


「このまま走るぞ。花子、勝負は俺たちの勝ちだ」


 僕と佐伯は走り出す。

 玄関に向けて。

 廊下を抜けて、あともう少し。

 あれ?

 おかしいな。


「ここに来たとき、玄関って閉めたっけ……?」


 ピッタリと扉が閉じている。

 佐伯がドアノブに手をかける。


「開かないぞ……、どうなってる」


 後ろからふくみ笑いが聞こえた。

 ハッとして振り向くと、宙に浮かぶように花子さんが立っていた。


「忘れたの?私は勝ったらその子の居場所を教えてあげるって言ったのよ」


 僕もドアノブを回す。

 ダメだ。

 両開きの扉はどちらも開かない。

 佐伯が扉に体当たりした。

 ガチンと鎖がきしむ音が聞こえる。


「そんな……」


 閉じこめられた?

 僕は落とし穴に落とされたような真っ暗な気持ちになった。


「簡単に出られると思わないことね」

「卑怯だぞ!最初から出す気なんてなかったってことか……!」


 佐伯が歯がみする。


「最初に入ったのはあなたたちからなのよ。こちらの領域に踏みこんだのは」


 クスクスと花子さんは笑う。


「ほら、みんなも遊んでほしいって」


 ガヤガヤとしたささやき声のようなものが聞こえてくる。

 花子さんの後ろにたくさんのお化けがいた。

 不気味に揺れる人体模型、歯を鳴らす骸骨がいこつ、目の取れた外国の女の子人形。

 足を引きずりながら走ってくる石像、両手が鎌になっている動物。


「も、もうダメかも」

「バカ、あきらめるな」


 涙声の僕をはげまそうとしているのか、声をかけてくれるが佐伯もあせっているのが伝わってくる。


「ここからどうにかして出る方法があるはずだ」

「さ、佐伯……」


 足元から青白い手が伸びてきていた。

 床の中に引きずりこもうとするようにそれは足にまとわりついてくる。


「やめてよ……!」


 僕は必死で足を使って手をはらいのける。


「めぐむ!」


 佐伯が僕に体当たりしてのぞみごと押した。

 あっという間に手が佐伯を飲みこもうとする。


「佐伯!」

「お前たちだけでも逃げろ。玄関以外にも出入り口はあるはずだ。走れ!」

「ムダよ。ここからは出られない」


 僕は手近な窓に手をかけてみる。

 やはり開かない。

 僕はのぞみを壁によりかからせると、佐伯のところに戻った。


「佐伯!」

「バカ!なんで戻ってくるんだ」

「やっぱりそんなの意味ない!みんなで帰ろう」


 僕はどうにか佐伯を引きずり出そうとする。

 佐伯は足首まで床に埋もれていて、そこから身動きがとれないようだった。

 だれか。

 だれか助けて……!

 そのとき、白いものがふわりと視界を舞った。

 布?

 それが何なのか確認する前に、布のうちから閃光が走った。


「な……」


 僕は言葉を失う。


封印ふういんを」


 女の人?

 静かで流れるような清らかな声。

 封印って?

 布の中から何かがハラリと落ちる。


「お札……?」


 見たこともない文字や模様が墨でビッシリと書かれていた。


「こんなの急にわたされてもどうしたらいいか……」


 前を見ると花子さんは険しい顔をしていた。

 これって……。


「えい!」


 佐伯の足元にお札を叩きつける。

 雷のような強い光で目がくらむ。

 佐伯が床にへたりこんでいた。


「佐伯、大丈夫?」

「ああ……。助かった」


 バチバチっと音を鳴らしながら、お札は床に溶けるようにして消えた。

 お札に書かれていた不思議な模様が焼きついたように床にのこる。


「これ……」

封魔ふうまの札……!なぜそんなものが」


 見ると花子さんの姿が揺らいで見えた。

 じょじょに空気に混ざるように透明になっていく。

 最後のお化けも存在がうすくなっているようだった。


「今のうちに……」


 わけがわからないが、僕は佐伯を引っ張る。


「立てる?」

「ああ」


 二人して立ちあがると後ろからため息が聞こえた。


「あーあ。面白くない」


 ビクッとする。

 花子さんはまだ消えていなかった。


「せっかくなのにジャマしてくれちゃって。まあいいわ。いつか、このお礼はさせてもらうから」


 その気配にゾクっとした。

 花子さんの静かな怒りが伝わってきたからだ。

 そのとき、僕のポケットの中で何かが光った。


「めぐむ、それは……?」

「あ、あれ?」


 さっき鈴と間違えて拾ったまま入れていた金色のボタンが光っている。


「あら」


 花子さんは一転して不思議そうな顔をした。


「なんであなたがそれを持っているの」


 なんでって言われても……。

 たまたま?


「ふーん」


 花子さんはなぜか意味深にニヤニヤと笑った。


「それがある限り、私はここを出られないしね」


 ふわりと花子さんは床に舞い降りる。

 それ、と言って焼きついた文字を指差した。


「せいぜい手の中のそれを大切に持っていることね。そのボタンは私の一部だから」


 煙のように花子さんの姿が揺らめく。

 そして次の瞬間、花子さんの服はスカートから真っ赤な着物に変わっていた。


「また遊びましょ。みんなも待ってるわ」


 花子さんの姿が、消える。



 その瞬間、ガタンと扉が鳴った。


「ん?お前ら何をしとるんだ」


 そこには用務員のおじさんらしき人が立っていた。


「あ、いや別に……」

「探しものをしにきていたんです」


 佐伯は悪びれることもなく言う。

 のぞみもちょうど目を覚ましたようで、まだ寝ぼけたようにしながら身じろぎしていた。


「はあ、探しものねえ。だけど子どもたちだけで勝手に入っちゃいかんよ。危ないからね」

「はい。わかっています。今度は大人といっしょにきます」


 佐伯は僕とのぞみをうながして外に出る。

 空は燃えるような赤い色をしていた。


「ところで」


 扉の調子を見るように開けたり閉めたりを繰り返しながら、おじさんは言う。


「探しものは見つかったのかね?」


 僕たちは振り返る。

 おじさんはこちらを見ずに手元を熱心に動かしていた。

 よほど建てつけが悪いのかもしれない。


「……はい」


 佐伯がこたえた。


「そりゃよかった。じゃあ、さよなら」

「さよなら」


 僕たちは声をそろえて旧校舎を後にした。



 なんであんなところにいたんだろう?とのぞみは不思議がっていたが僕と佐伯はなんとかごまかした。

 僕と佐伯が遊んでいるところにのぞみもついてきていたけどつかれて思わず寝てしまったことにした。

 すぐにのぞみはそれを信じこんで、のんきにスキップしたりしはじめた。

 のぞみに聞こえないように僕と佐伯は小声で話す。


「あれは、なんだったんだろうね」

「わからない。なんにせよ旧校舎は危険な場所だってことがわかった」


 佐伯は俺を見つめて言う。


「絶対に一人で行くなよ」

「行かないよ……」


 できればもう二度と近寄りたくない。

 ポケットを探ってボタンをさわる。

 これはなんなのだろう。

 なんにせよ、捨てないほうがいいんだろうな。


「花子さん。あいつが旧校舎のお化けをたばねているぬしなんだろうな」

「主?」

「だってそうだろ。なんかあいつに従っているみたいだった」


 たしかに、と僕は思う。

 花子さんの後ろにひかえていたお化けたちは僕たちをおそってこようとはしなかった。


「俺らは面倒くさいやつに気に入られちまったみたいだな。まあ、もう旧校舎に立ち寄ることなんてないだろ」

「うん、もう僕もお化けに関わりたくない」

 

 心の底からそう言ったけど、物事が思う通りにならないなんて、まだこのころの僕らは知るよしもない。


「腹減ったし、俺帰るわ」


 佐伯、なにげに立ち直りが早い。 

 こわい気持ちをひきずってしまう僕はそれがうらやましかった。


「じゃあまたな」


 佐伯は手を振った。


「うん、またね」


 僕も手を振りかえす。

 のぞみがスキップして帰ってきて、僕に言った。


「めぐちゃん、友だちできてよかったね」


 むじゃきにのぞみは笑う。


「うん」


 照れくさくて僕も笑った。

 家に帰る。

 二人でならんで玄関に入る。

 その当たり前のことにほっとした。

 長い一日だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る