旧校舎の主-4

 瞬く間に夏見の姿が変わった。

 今どきのショートカットが、真っ直ぐに切りそろえた日本人形のような髪に。

 短いズボンとカラフルなシャツが、真っ赤なサスペンダーつきスカートと白いブラウスに変わる。


「こんにちは」


 ニイ、と笑った。


「花子さん……?」

「ええ。まあ、その名前で呼ばれているわ」


 どこかふくみをもった口調でそう言う。


「知ってるんでしょ?のぞみはどこにいるの」


 夏見が花子さんだったというショックはあったけど、それより気持ちはあせっていた。

 花子さんは僕たち二人をゆっくりとながめる。


「私と遊んでくれたら教えてあげる」


 歌うようにそう言う。

 僕と佐伯は目を合わせる。

 僕はうなずいた。

 佐伯が問いかける。


「なにをするんだ?」


 頬に指を当てて花子さんは考えるポーズをする。


「じゃあ、かくれんぼしましょ」


 そう言って僕を指さした。


「あなたが鬼」


 僕はその目に射すくめられたように動けない。

 ガラス玉のように無機質な人をあざ笑うような目。


「あなたと私は隠れる子。学校のどこかに隠れて、無事に見つけられたらあなたたちの勝ち」


 次に佐伯と自分を指さして花子さんは言う。


「私はあなたの妹といっしょにいるわ」

「もし、負けたら?」


 花子さんは笑みを深くした。

 頬まで裂くように唇が横に伸びる。


「ここから永久に出さないで私の遊び相手になってもらう」


 背中から冷水を浴びせられた気持ちがした。

 それでも僕は力をこめてうなずく。


「わかったよ」

「あなたは?」


 花子さんは挑発的な目で佐伯を見た。


「やるよ。必ず勝つ」

「そう。威勢いせいがいいことね」


 花子さんは唐突に手をあげた。

 佐伯の姿がかき消える。


「佐伯!」

「安心して。ただ移動させただけ」


 淡々と、だけど嬉しそうに花子さんは言う。


「はじめましょ。壁に顔をつけて目をつむって十、数えて。その間に私も隠れるわ」


 僕は目を閉じて、花子さんに背を向けるように顔を壁につける。


「一、ニ、三……」


 声に出して数える。

 手はじっとりと汗をかいていた。


「……八、九、十」


 僕は叫ぶ。


「もういいかい?」

「もういいよー」 


 クスクスという笑い声とともに花子さんの声が反響した。

 僕はトイレを飛び出した。

 急いで学校中をかけまわる。

 教室をひとつひとつ見て回る。

 いない。

 ここにもいない。

 気持ちばかりがあせっていく。

 そこに突然、ゴトンとした音がした。

 慌ててそちらに行く。


「体育館……?」


 前に僕の行っていた学校よりは小さかったが、十分運動はできそうなスペースだった。

 そこでバスケのシュート練習をしている人がいた。

 昼間のはずなのに暗くて、その人影はよく見えない。


「あの……」


 スポッと軽い音がしてシュートがきまった。

 体格から見て男の子のその人はボールを取りに行く。

 僕は足を止める。

 そもそもこんなところで練習運動している人なんているはずがないのだ。


「えっと……」 


 ボールを拾う。

 ゼッケンの前で持ち上げたそれを見て、僕は悲鳴をあげた。


「ぎゃあっ!」


 それは人の生首だった。

 おそるおそる見上げると、男の子には首から上がない。

 首なし人間が永遠に自分の頭でシュートをきめている。

 僕は腰をぬかすと、はうように後ろに下がってなんとかその場を逃げ出した。

 なになに。

 なんだよあれ!

 僕は必死で廊下をかけぬける。

 札に「保健室」と書いてある部屋に行き当たった。

 大急ぎでドアを開け閉めして、内側からドアを押さえる。

 後ろから気配がした。


「あらあら男の子はやんちゃね」


 大きな針の注射器を持って、白衣の女の人が立っていた。


「そんなに走っちゃダメじゃない」


 ただし、その女の人には顔がなかった。

 卵の表面のように白くてツルンとして目も鼻も口もない。


「わー!」


 僕は薬やガーゼをのせたワゴンを思いっきり押すと女に激突させた。


「あらあらあら」


 それでも女にひるむ様子はない。

 僕は再び廊下へ出た。

 なにも考えられない。

 ただこわくて闇雲やみくもに走る。

 ダメだ。

 のぞみと佐伯を見つけないと。

 そのとき、ガタガタッと重い音がした。


「ひぇっ」


 なに今の音。

 いつの間にか逆走して、体育館の近くに戻ってきていた。

 更衣室。


「のぞみ?佐伯?」


 ガタガタッ、ガタガタッと更衣室の中にある十個全てのロッカーが揺れている。 

 教室の掃除用具を入れているような灰色の細長いロッカーだ。


「めぐむっ……、いるのか?」


 荒い息とともに佐伯の声が聞こえる。


「佐伯、どこっ!」


 音からはどこのロッカーかわからない。


「わからない。気づいたら、この中に、いて……」


 息が苦しそうだ。

 もしかしてロッカーの中の空気が少なくなっているのかもしれない。


「いま助けるから待っていて!」


 一つ一つ、扉を開けていく。

 いない。

 いない。

 壁際のロッカーで手ごたえがあった。

 ガチリと音が鳴る。


「佐伯、ここにいるの!」


 僕がロッカーを叩くと弱々しいノックの音が聞こえた。

 ここにいる。


「開かないよ!」


 力いっぱい引いても扉は開かない。


「中、からもムリだ。なんとか、して……」


 佐伯の声は途切れ途切れだ。

 僕は慌てて更衣室の中を探す。

 なにか開けるのにカギとなるものはないか。

 カギ?

 僕は床にはいつくばる。

 あった。

 揺れるロッカーの下に鈍い色をした、カギが落ちている。

 タイミングを合わせないと腕がロッカーに押しつぶされてしまいそうだ。

 かまわない。

 僕は頑張って腕を伸ばすと、カギを手に取った。 

 ガタンとその途端ロッカーが揺れて手のあった場所に落下する。

 危なかった。


「佐伯、今開けるから!」


 ガチリとカギがはまるたしかな手応えがした。

 僕はカギを回す。

 勢いよく扉が開いた。

 中から佐伯も体当たりしていたのだろう。


「佐伯!」


 崩れ落ちる佐伯の肩に手を置く。

 肩は苦しそうに上下していた。


「大丈夫?」

「ああ……。助かった」


 少し顔色が悪い気もするが、気力は十分にあるようだった。


「これで、俺は発見だな。残りの二人を探さないと」

「佐伯、ちょっと待って」


 僕が言うと佐伯は止まってくれた。


「さっき僕らが外で探していたもの覚えてる?」

「は?鈴だろ」


 次にその頬に手を伸ばして思い切り引っ張った。


「痛いんだが」

「ご、ごめん」


 僕は手を離す。


「かなり痛い……」


 佐伯は赤くなった頬をおさえる。


「もしかしてめぐむって馬鹿力か?」

「そんなわけじゃないけど……」

「なんで俺の顔を急に引っ張ったんだ?」


 怒ってはいないようだが、不思議そうにしてる。


「あの……。夏見って女の子みたいに、本物かなと思って」

「ああ、なるほど」


 佐伯は納得した顔をする。


「ちなみに夏見は実在する女子だぞ。花子とかいうあいつが化けていただけで」 


 僕は拍子ひょうしけした。


「そうなの?」

「そのうち会うこともあるかもな」


 佐伯は軽く言う。


「それよりお前の妹と花子を探すぞ」


 佐伯は歩きはじめる。


「俺をどうやって見つけたんだ?」

「物音から」


 佐伯は考えこむように黙る。


「学校の中はどれくらい見た?」

「一階は全部回った。そこで佐伯に会って……」


 僕は佐伯に出会うまでの一部始終を説明する。

 体育館のバスケをしているお化け。

 保健室で声をかけてきた顔のないお化け。

 僕の説明を黙って佐伯は聞いていた。


「闇雲に動き回らないほうがいいかもな」

「うん。僕もそれは思う……」

「これまでお前に何もなかったとはいえ危ないことに変わりはない」


 何もなかった。

 そう、何もなかったのだ。

 相手に僕を傷つけようとするねらいはないということだろうか。


「あの……。なんで僕今まで無事だったんだろうね?」

「無事かどうかはちょっとわからないが……。お化けは怖がらせることで力を得るって聞いたことがあるぞ。ということはやつらにとって、傷つけず追いかけ回すことが一番いいのかも」

「うう……。イヤな考えかた」


 こわがりな僕はまさにいいエサなのではないだろうか。


「とにかく探し回るだけじゃダメなのかもしれないな。何に行き当たるかわからない。ヒントがあればいいんだけど……」


 ヒント。

 のぞみが行きそうなところはどこだろう。

 いや。この場合。

 僕ならどうする?

 二人で腰を下ろして、隠れながら話していたけれど不意に僕は立ち上がる。


「めぐむ?」

「わかったかもしれない。のぞみの居場所」

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