旧校舎の主-3

 昼間なのに、旧校舎はどこか薄暗かった。

 窓ガラスが曇っていたり、ところどころ割れているところがツギハギに直されている。

 あちこちホコリだらけで息を吸いこむだけで胸がつまりそうだ。

 僕はケホケホとせきをした。


「大丈夫か?」


 佐伯が聞くので、僕はうなずいた。


「うん、大丈夫……」


 本当は大丈夫じゃなかった。

 うう……。

 やっぱり、こわい。

 昼間とはいえ、旧校舎はなにかが「出そう」な感じだった。

 出そうなものはなにかは、口に出したくない。


「めぐむ震えてないか」

「平気……」

「しっかりしろ」


 佐伯はきびしい口調で言う。


「妹、探すんだろ。俺も手伝ってやるから頑張れ」


 そうだ。

 ここで逃げ出したりなんかできない。

 僕は止まろうとする足を踏ん張って先に進むことにした。

 床は歩くたびにきしんでしずんだ。

 ゆっくりと教室を見渡していくが、のぞみの姿はない。 

 階段を上がり、二階、三階と見ていく。

 どうやらこの建物は三階建てでその先は屋上のようだ。

 屋上への扉は押しても引いても開かなかったので、そこではないだろう。


「のぞみー」


 僕は小声で呼びかける。


「そんな声じゃ聞こえないだろ。のぞみ!どこかにいるのか」


 体育会系らしく佐伯は大声を張り上げる。


「なにしてるの」


 そのとき奥から声がした。

 てっきりのぞみかと思ったが声は全然違う。


「夏見?」


 昨日見た少女が立っていた。


「なんでこんなところにいるんだ」


 不思議そうな顔で佐伯は尋ねる。


「別に。ちょっと用事があって。先生に探しものしてきてほしいって頼まれたんだ」

「一人で?」


 僕が言うと夏見は軽く答える。


「そうだよー」

「だからって一人でこんなところに入るなよ」

「大丈夫だよ。平気平気」


 夏見は悪びれることなく笑っている。


「それより二人はどうしたの?」


 大きな瞳で夏見は僕と佐伯を見つめる。

 昨日と同じ、好奇心いっぱいの目だ。


「こいつの妹を探している。なんでも旧校舎に入るところを見たらしい。見てないか?」

「私、いろいろ歩き回ってたからすれ違ったのかもなあ……。あ、もしかして」


 夏見はパチンと胸の前で手を合わせる。


「花子さんに連れていかれたんだったりして」

「花子さん?」


 僕は首をかしげる。


「あの、うわさで流行っているやつか」


 佐伯はなにか不機嫌そうな顔をした。

 二人で話が進んでいくので僕はとまどう。


「あの、花子さんって?」

「めぐむくん知らないの?トイレの花子さん」


 夏見は心底呆れた顔をする。


「有名な話だよー。あのね、トイレの奥から三番目のドアをたたいて『花子さん、遊びましょ』って言ったら来てくれるの」


 女子特有のささやくような秘密声で夏見は言う。


「それってもしかしてお化け……」

「うん、そうだよ」


 当たり前というように夏見はうなずく。


「くだらない」


 佐伯は吐き捨てた。


「それが今の話になんの関係があるんだよ」

「だから、旧校舎にはお化けがたくさんいるって話。中でも花子さんは有名」


 夏見はサラリと言う。


「めぐむくんの妹さんも花子さんに連れ去られちゃったのかもよ?基本お化けってさびしがりやだからさ」


 僕は震え上がるがぽつんとつぶやいた。


「行かないと」

「え?」


 佐伯がこちらを見る。


「のぞみは本当につかまってるかもしれない。わからないけど、試してみる」

「本気で言ってるのか?」


 あきれた声で佐伯は言う。


「だって、これだけ探しても見つからないんだよ!」


 僕は思わず、自分でも驚くような大きな声を出してしまった。


「……ごめん。でも、そのお化けは旧校舎にいるんでしょ?だとしたらだれよりも旧校舎にくわしいかもしれない。のぞみの行き先も知ってるかも」

「お化けの存在信じてるのか?」


 僕はうなずく。


「……僕はときどき見えるんだ。最近はなかったけど」


 沈黙、それからため息。

 呆れられたかと思ったけど佐伯は言った。


「お前がそう言うなら、俺は止めない」


 ため息まじりに佐伯は言う。


「信じてるの?」

「信じるよ」


 仕方ないといった感じで佐伯はうなずいた。


「でも絶対一人では行かせないからな」

「じゃあ、決まり!行こう行こう」


 なぜかこの中で一番テンション高く夏見が言った。


「なんでお前はついてくるんだよ」


 佐伯は迷惑めいわくそうな顔をする。


「袖すりあうも多少の縁っていうじゃない」


 夏見は腰に手をあてて、うすい胸をそらした。


「だいたい、あんたたち花子さんがいるトイレどこか知ってるの」


 佐伯は言葉につまる。

 僕は首を横に振る。


「やっぱり。知らないんだ。じゃあ私が教えてあげるよ」


 どこか恩着せがましく夏見は言う。

 僕は軽く頭を下げた。


「じゃあ、お願いできる?」

「まっかせなさい」




 大丈夫なのかと思うくらいどんどん奥に入っていって、夏見は一階の一番奥のトイレで足をとめた。


「ここだよ」


 そこは玄関から一番遠い位置。

 まさに校舎の端っこだった。

 今にも崩れそうな木のドアをくぐる。

 僕は早くも逃げ出しそうだったが、後ろの二人も緊張している気配が伝わってきた。


「ここって……女子トイレだよね」


 僕はなんとなく気まずくなる。


「まあもう女子も男子も関係ないでしょ。今はだれも使ってないんだし」


 夏見は気にしてない口調でそう言う。

 僕は、奥から数えて三番目のトイレの前に立った。

 拳を握ってゴクリとつばを飲みこむ。


「代わるか?」


 佐伯がそう言ってくれたけど、僕は首を横に振った。


「僕がやるから、佐伯くんは後ろにいて」


 僕は夏見に尋ねる。


「たたくのは何回だっけ」

「三回」


 僕はうなずく。

 意を決して、たたいた。

 一回。

 二回。

 木の扉にはねかえる、軽い音。

 三回。


「花子さん」


 僕は声をふりしぼる。


「遊びましょ」


 シン、とあたりが静まりかえった。

 数分間、待つ。

 すでに何時間も過ぎたんじゃないかというほど長く感じた。


「なにも起きないね」


 失望半分、ホッとする気持ち半分で僕は言った。


「でもこれじゃ……」


 そう言いかけたときだった。

 空気が、変わった。

 屋内だというのに風が吹いているようにバタンバタンとドアが開け閉めされる。


「うわぁぁあ!」


 僕はバカみたいな悲鳴をあげてしまった。


「なんだこれは……?」 


 頬から汗を流して佐伯も固まっている。

 高い声が聞こえた。


「はぁい」


 声は前から聞こえる。


「夏見?」


 夏見は怪しく微笑んでいる。


「遊びましょ」

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