旧校舎の主-2
翌日、僕は遅めに起きた。
「おはよう……」
朝は苦手だ。
下に降りていくと父さんがちょうど外に出て行くところだった。
「めぐむ、父さん行ってくるから。ご飯は机の上な。のぞみも起きてないみたいだから言っておいて」
「はーい」
「いってきます」
手を振って出て行く父さんに僕も手を振る。
「のぞみー、朝だよ」
そう言って部屋に入っていくとのぞみはまだ夢の中だった。
その安らかな寝顔にもう少し寝かせてあげようか、と思う。
僕はもそもそと朝食を食べた。
自分の部屋に戻る。
朝の涼しいうちに宿題をしようとして違和感に気づく。
「あれ……」
いつも見慣れているはずのものが、ない。
「あれ、あれ?」
ランドセルの中には……、入れた覚えがない。
あるはずのランドセルの脇にはぶら下がってない。
「ウソだろ……」
僕はうなだれる。
いつもランドセルからぶら下げている鈴がない。
あれは母さんからもらったものなのに。
「学校に行くときはあったはず……」
心当たりを探る。
もしかして。
「昨日転んだところに落とした……?」
まずい。
誰かに踏まれて壊れていたり、転がってどこかへいってしまったら……。
いやな予感ばかりが頭をよぎる。
僕は急いで着替えると、リュックサックを背負った。
のぞみがちょうど起きてきたようで寝ぼけた顔をしながら目をこすっている。
「おはよ、めぐちゃん……」
「おはよう。ちょっと出てくる!」
急いで飛び出す。
それから引き返すと、玄関からのぞみに言った。
「カギ!外に出るときは閉めていってね」
「んー、わかったー……」
本当にわかっているのかわからないが、僕は今度こそ玄関を大急ぎで飛び出した。
昨日転んだあたりをしゃがんで探す。
幸い人通りがなかったのはよかった。
人がいたら変な目で見られるのは間違いない。
「どこだろう……」
途方にくれているとき、上から声がした。
「なにしてんの」
その低い声には聞き覚えがある。
「えーっと、佐伯くん?」
「なんで疑問形なんだ」
佐伯はサッカーボールを抱えていた。
「サッカーするの?」
「これから練習。なにしてるんだ?」
うっ。
僕は虫のように地面にはいつくばっている。
どこからどう見てもわけわからない行動をとっているやつだよね……。
僕は正直に言う。
「ランドセルに下げていた鈴をなくしたんだ。昨日転んだからここらへんに落ちているんじゃないかと思って……」
僕は再び探しはじめる。
ちょっと周りを見渡してから佐伯は言った。
「ここちょっと坂になってるだろ。学校のほうに転がっていったのかもしれない」
佐伯が道にサッカーボールを置いてみる。
サッカーボールはコロコロと転がっていった。
佐伯は足でボールを止める。
昨日は気づかなかったけどたしかに少しななめになっているようだ。
「探すの手伝う」
「え、でもサッカーの練習あるんじゃ……」
「どうせ自主練だし。遅れても問題ない」
「ありがとう」
僕が微笑むと佐伯は顔をそむけた。
「……別に」
なれなれしくしすぎただろうか?
そうだよね。
昨日の今日会ったばかりだ。
なんで佐伯は僕を助けてくれるんだろう。
きっとすごくいい人なんだ。
顔はこわいけど。
「おい。……なんか今失礼なこと考えなかったか?」
「な、なにも考えていないよ……」
僕はごまかす。
「まあいいや」
そう言って地面をくまなく見渡しながら、ゆっくりと佐伯は歩いて行く。
佐伯が見ているほうと反対を見ながら僕は注意深く歩いた。
「その鈴はどんなものなんだ?」
「えっと僕の目くらいの大きさで金色。少しくすんでいるけど」
「ふうん」
気のない返事だけど、たぶん地面を真剣に見て集中してくれているからなんだろう。
「つきあってくれてありがとう」
「……別に。お前にとって大切なものなんだろ」
地面に目を落としたまま佐伯は言う。
「じゃないとこんな暑い朝に探すわけないから」
僕はじーんとする。
たしかに今日は暑くて、体が汗ばんできた。
なるべく早く見つけて、佐伯をサッカーに行かせてあげなければ。
「あれ」
僕はキラリと光るものを見つけて手を伸ばす。
それは金色に見えたが、よく見るとボタンだった。
僕は肩を落とす。
「どうした?」
「ううん、なんでもない」
そう言って僕はそれをポケットにしまった。
「あったぞ。これじゃないか?」
佐伯がなにかをかかげる。
金色のくすんだ鈴に涼しげな水色のストラップがついている。
「これであってるか?」
「そう!それ!」
まさか見つかるなんて思っていなかったので僕は大きな声をあげてしまう。
佐伯は僕の手に鈴を落とす。
「佐伯目がいいんだね」
「そんなことない。見つかってよかったな」
「うん、すごく嬉しい!ありがとうね」
さっきから同じ言葉ばかり口にしているが、本当に佐伯には感謝してもしきれない。
佐伯はうなずくと立ち上がった。
「じゃあ、俺はグラウンド行くから」
「今度なにかお礼させて」
僕は頭を下げる。
気づけば学校は目の前だった。
こんなところまで転がってきていたのか。
改めてみつかってよかったと僕は胸をなで下ろす。
植木の向こうに校舎が見渡せる位置にまでついていた。
「あれ?」
たった、と誰かが走っていった。
その服には見覚えがあった。
「のぞみ……?」
お気に入りの黒とグレーのチェックスカート。
腰から下までしか見えなかったけどあれはのぞみだ。
「なんだ?お前も学校に用事あるのか?」
突然固まった僕を不思議そうに見ながら佐伯は言った。
「いや、今妹がそこにいた気がして……」
僕は妹が走っていった方向を指差す。
「あそこって……。あっち旧校舎があるほうだぞ」
そうだった。
昨日、夏見に案内してもらった旧校舎があるほう。
「ねえ、その旧校舎って入れるの?」
つかみかからんばかりに近づいた僕に佐伯は目を丸くした。
「生徒は入れないはずだ。表にでっかい
そう言ってからしばらく考えて佐伯は続ける。
「でもところどころ腐ったり
言葉が終わらないうちに僕はかけ出していた。
「おい、待てよ!」
息をきらして僕は走る。
旧校舎の前に回った。
これって。
鎖がちぎれている。
玄関ドアが誰かが入ったようにギイギイと揺れていた。
佐伯はすぐにかけつけた。
玄関の状態を見て、僕と同じように息をのむ。
僕の前に出ると中をのぞいた。
誰かが入った可能性に思い当たったのだろう。
あたりは蝉の鳴き声さえなく、シンと静まりかえっている。
どことなく不気味な気配と……、危険な冷気。
僕は背中に冷や汗がつたうのを感じた。
「僕、行ってくる」
「おい、先生を呼んできてからのほうが」
「のぞみは僕の妹なんだ。大丈夫、すぐ行って戻ってくるだけだから」
本当にそれだけですむのだろうか?
でも、もしのぞみがケガをしていたりこわがっていることを考えると少しの時間もむだにしたくなかった。
そもそもなんでここに来たんだ?
そう僕は思った。
生徒は入らない場所のはずなのに。
探検?
たしかにのぞみは好奇心が強い。
探しもの?
なにを。
僕はハッと思いいたる。
もしかして僕を探しに来て……?
「佐伯、僕行かなきゃ」
「待て」
そう言ったが佐伯は僕を止めなかった。
「行くなら俺もついていく」
「でも……」
「お前一人にしておくの心配だし。一人より二人のほうがいいだろ?」
そう言ってドアに手をかけた。
「なにかあったらお前だけでも逃げ出せ。俺はお前を守るから」
そう言って中に入っていく。
たのもしい言葉に胸が熱くなる。
こわいけど、佐伯となら大丈夫な気がしてきた。
僕と佐伯は二人で中に足を踏み出して奥に入っていった。
だから、気づかなかったんだ。
その背後でドアがゆっくりと閉まって、鎖がからまるのを。
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