綾本彩陽は姫になりたい

 異世界転生者、もしくは異世界転移者を見たことはあるか?

 俺はない。昨今はたまに見かけるけどね。エルフやら魔王やらファンタジーなキャラクターが現実こっちに来ちゃうパターン。

 でもそれだって、結局はフィクションの範疇の話だった。


 クラスメイトに銀髪の少女が居て初めて、僕ら並高1年D組の面々の脳裏にその可能性が浮かんできた。


 それというのも彼女、綾本あやもと彩陽あやひさんの反応がまたのだ。


 声を掛けられれば

「何か用?」


 用がなければ

「なら話しかけないでくれる? 私暇じゃないの」


 用があってもつまらなければ

「興味ないわ」


 でも宿題やプリントの回収を求められると

「ちょっちょっと待って! ある! あるの! えっと……えーっと……!」


 これではまるで、主人公にだけ心を開く系ヒロインそのものじゃないか。


 ……最後だけ違うか?


 まあいい。とにかく、「綾本彩陽はラノベかギャルゲからの異世界転移者である」という噂がまことしやかに囁かれているのは事実である。


 かく言う俺もロマンは否定しない主義。


 絶対にありえないという証拠が出てくるか、本人が否定するまではその可能性を残しておこうと、こっそり心に決めているのだ。


 ところがある日、そんな綾本彩陽に呼び出された。


「一体どういうことなの?」


 体育館裏。誰もいないかと思いきや、地味に体育館で部活動に励む生徒にチラチラ見られるこの場所で、彼女はいつものように気を立てている。


「どういうことって?」

「しらばっくれないで」


 しらばっくれるも何も、本当に覚えがない。

 好奇の目を遠くから向けたことは数あれど、話をしたことはただの一度もないのに。


 小首を傾げることしかできずにいる俺に、綾本は苛立ちを募らせる。


「一体いつになったら姫になれるの!?」


 なんて? 姫?


「ごめん、どういうこと?」

「見てわかるでしょ!? 〝氷姫〟よ!」


 銀色の髪。冷たい態度。ああ、うん。


「前の世界ではそう呼ばれてたの?」

「前の世界? 何の話? ……そうじゃなくて!」


 おっとこれは……いや、まだ希望は捨てない。

 知っている作品の世界に現実こっちから転生していく場合と違い、非ファンタジー世界から現実こっちへの転移が故にまだ自覚していない可能性が――


「よく作品にいるでしょ! 冷たい美人の〝氷姫〟!」


 この一言で、ようやくこちらの勝手な期待が、音を立てて崩れ去った。


「なんだ、ごっこ遊びか」

「ごっこ!? ち、違うもん! 本気なの! 本気で〝氷姫〟になろうと思って、髪も染めたの!」


「眉は染めなかったの?」

「だ、だってお手入れが……」

「カラコンは入れないの?」

「コンタクトこわい……」


 なんだ。デザイナーの怠慢じゃなかったのか。

 道理で髪だけ銀で日本人顔だと思った。


「なんでそんな調子で〝氷姫〟?」

「だ、だって氷姫っていっぱいいるから……10人くらいいるから……私でもなれるかなって……」

「3人くらいじゃない?」

「もっといるよ! すごい多いんだから!」


 マジか。あとでちょっと調べてみよう。


「そ、それより! なんでまだ噂にならないの!?」

「俺に聞かれても……現実の人はあまり親しくもない人につけないよね、あだ名」

「つけてよ! 待ってるんだから! あなたもよ! どうして積極的に話しかけてこないの!? せっかく隣の席の地味で目立たないぼっち男子高校生なのに!」


 今なんでディスられたの?

 俺綾本さんに何かした?


「正直、黙って見てるのがおもしろかった」

「ひどい!?」


 最初にひどい事を言ったのはそっちなので、これは正当防衛だと思います。


「そもそも、どうして姫になりたいだなんて思ったの」

「だって……だって…………っ!」


 髪を銀に染めて澄まし顔で教室に来れるメンタルの持ち主が。

 目をぎゅっと瞑り、心の底から吐き出した本音。


「ちやほやされたい……っ!!」


 いっそ清々しい。


「他にやりかたあったんじゃ……」

「嫌! 姫がいいの! 憧れなの!」


 それ5歳とかそこらで卒業する憧れじゃないかな。

 いや、持っていてもいいんだけど。

 いいんだけど、方向性が間違ってないかな。


「どうしよう……このままじゃ……」

「そんな思い悩まなくても……」

「大学でオタサーに入るまで姫になれない……」

「どうしよう思ったより大丈夫そうだ」


 氷姫もオタサーの姫も、なんか違う気がするけどそれでいいのだろうか。

 本人がいいなら、いいのだろうか。


「一応聞くけど、オタサーの姫が何かはわかってるよね?」

「バカにしないで。あれでしょ? ツインテールにしてオタクの男の人にワガママ言えばいいんでしょ?」

「偏見がすぎる」


 このまま彼女を見過ごしたら、ただの痛いツインテJDが生まれてしまう。

 それは……それは…………おもしろそうだけど。


 いやでも、別に俺が同じ大学に行くわけじゃないしな。

 面白くても見れないなら、止めてあげたほうがいいだろうか。

 むしろ今口を出してあげたほうが、教室でおもしろいものが見れるんじゃないだろうか。


 それだ。


「とりあえずさ、まずは正統派ヒロインから目指したほうがいいんじゃない?」


 この気まぐれな一言から俺は、彼女の姫イメージを修正していきながら、クラス一の面白キャラを育成していくことになるなんて。


 このときは、まあ思ってはいたけど本当に思い通りになるとまでは思っていなかった。








_____

☆あとがき☆


 続きません。

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