私はあと一ヶ月で死ぬの

「お? もしかして君は同級生かな?」

「もしかしなくても制服で分かるでしょ。同じクラスの君嶋です」

「それはそれは。同じクラスの水鳥です。はじめまして」

「はじめまして。それじゃ、プリント届けに来ただけだから」

「ねえ、そんなこと言わずにさ、ちょっと長居してかない? 暇なんだよ。入院生活ってさ」

「病室に長居してなにをするっていうのさ」

「私のような美少女との対談じゃあ不服?」

「不服」

「正直だね! そう言わずにさ〜お喋りしようよ〜!」

「いやだよ。わかるでしょ? 明日から――いや、放課後である今この瞬間ももう夏休みなんだよ」

「Oh! どおりで宿題がどっさり届くわけだ! 重かった?」

「それなりにね」

「そんな君嶋くんにお礼をしようじゃないか」

「いいよ。大したことじゃない」

「かっこい〜! でもそうは問屋が卸さないんだな。ほら、君嶋くんも宿題出して」

「宿題? なんで」

「教えてあげるよ。こう見えて暇人だからね。勉学なんて暇つぶしついでにマスターしてしまったのだよ」

「……まあ今日は予定もないし、いいけど」

「素直じゃないなぁ……さあ、何からやる?」

「数学」


「あれ……知らない公式ですね……?」

「そんなことだろうと思った」



 *



「君嶋くん! また来てくれたんだね!」

「白々しい反応はやめろ。いつの間に僕の電話番号を抜いた」

「君が昨日お手洗いに行っている隙にね。ダメだぜ? 知らない相手の前でスマホを手放しちゃあ」

「以後気をつけるよ。着拒していい?」

「ダメだよ。君と連絡取れなくなったら私は誰を呼べばいいのさ」

「友達いないの?」

「いないよ? 夏休みを機にクラスメイトに宿題を届けに来させてくれるというファインプレーを魅せてくれた先生と、それにまんまと乗せられた君以外はね」

「先生と遊べば?」

「先生は夏休みも仕事あるんだって。ブラックだよね」

「呼び出されて宿題を教えさせられる僕も大概じゃないかな」

「今日は大丈夫だって! 英語は得意!」

「もうオチが読めた」

「ひどいなぁ」

「……そういえば、聞いてなかったんだけどさ。水鳥さんってなんの病気で入院してるの」

「今? 急だねぇ。君も知ってる有名なやつだよ。だんだん弱っていって、光の粒になって消えちゃうやつ」

「よく知ってるよ。それはフィクションだって」

「ばれたかぁ」

「不謹慎がすぎるんじゃない?」

「でも、お医者様からあと一ヶ月って言われたのは本当だよ。だから君には、光の粒になると思っていてほしいんだ」

「なんでそうなるの」

「そのほうがロマンチックでしょ?」

「ロマンね……君がそう言うなら、深くは聞かないけど」

「そーゆーとこポイント高いよ君嶋くん。そんな君に、今度は私から質問だ」

「なに?」


「文型ってなに?」

「お前マジか」



 *



「高校生にもなって読書感想文ってどう思う? 君嶋くん」

「短くて簡単でおもしろい小説買ってきて、なんていう無茶振りに比べたら良心的かな」

「君嶋くんて優しいよね〜なんだかんだ一週間も付き合ってくれてさ」

「明日からもう来なくていいってこと?」

「明日からもよろしくってこと」

「僕もう宿題終わりそうなんだけど」

「ほんと!? 早いね! 写させて!」

「どうせ教えさせられるんだからせめて自分で頑張って」

「教えてはくれるんだね」

「君が電話攻撃をやめてくれるなら、その必要もなくなるんだけどね」

「私の宿題も終わったら何しよっか」

「聞いちゃいねえよこいつ」

「ねえ、せっかくだしあれやろうよ」

「目的語はちゃんと喋ろうね」

「私が死ぬまでにやりたいことをリストアップして、君が代わりに消化するやつ」

「そんなアンフェアなもの、よく提案できたね」

「寿命が残り少ない女の子と見届ける男の子の遊びといえば定番じゃない?」

「どんな神経で遊びって言い放ったのそれ」

「というわけでハイこれ。気が向いたら消化してね」

「もうノート作ってんのかよ……気が向いたらね」

「やった! 約束ね!」

「はぁ……早く読書感想文書きなよ」

「この小説短いけどめちゃ難しくない? ラノベに変えてよ」

「漱石に謝れ」



 *



「やっと宿題終わったぜ! さぁなにして遊ぶ!?」

「病室ではお静かに」

「さぁなにして遊ぶ!?」

「止まんねえよこいつ」

「そういえば君、ノート見てくれた?」

「ああ、あれ。鍋敷きになってる」

「クラスメイトの死ぬまでにやりたいこと鍋敷きにしてるの……? さすがの私もドン引き」

「だってもう半月過ぎたのに弱る気配も見せないんだもの。君本当に死ぬの?」

「死ぬよ」

「……」

「死ぬよ」

「……鍋敷きはやめてあげるよ」

「やった! 読んでくれたらもっと嬉しいんだけどなあ」

「気が向いたらね」

「気が向いた頃にはタイムリミットはどれほど残っているやら」

「ああもう、悪かったよ。今日は君のやりたいことに付き合うから、それで勘弁して」

「ほんと? やった! ねえ、イヤホンある?」

「イヤホン? あるけど」

「方っぽ貸して」

「片方だけ借りてどうすんのさ」

「こうすんのさ」

「……なんのつもり」

「青春のつもり。ねえ、君は普段どんな曲聴くの?」

「はぁ……こういうのとか?」

「ふぅん……チェンジ。歌詞がないよこれ」

「失礼。君にはもっとわかりやすいのがお似合いだったね」

「その一言が一番失礼だなぁ……おっ、これは青春ぽい」

「お気に召したならなにより」

「……ふふっ」

「なに?」

「いや、ステレオイヤホンですることじゃないんだなって」

「同感」



 *



「ねえ」

「おっ、君嶋くんだ。どうしたの今日は」

「君がどうしたんだよ。毎日のように呼び出してくれたくせに、急にだんまりなんて」

「そりゃ、もうすぐだからね」

「……なにが」

「わかっているくせに」

「……勝手だよ」

「君には、光の粒になると思っていてほしいからね」

「勝手だよ。なにが光の粒だよ」

「ごめんね。お詫びに電話攻撃をやめてあげよう。これで君は自由だよ」

「なにを今更っ! ……自由なら、勝手に来てもいいんだよね」

「……ごめんね」

「来るから」

「……ごめんね」

「来るから。毎日だって、勝手に来るから」



 *



「あの、面会を」

「君は……ごめんなさいね。今あの子、面会謝絶なの」

「えっ」

「ごめんなさいね。近い内にまた会えると思うから」

「……本当ですか」

「会えるわ。きっと、会える」

「…………失礼します」



 *



「……なんだよ」


『君嶋くんに、毎日会いに来てほしい』


「ノート一冊使って、一行かよ」

「なんだよ……」

「会いに来てほしかったんじゃないのかよ」

「なんなんだよ……くそ…………」



 *



 夏休みが明けた。

 あれから毎日通っても彼女には会えなくて、病室にたどり着けたと思ったときには、もうそこに彼女はいなかった。

 看護師さんは何も教えてくれなかった。

 聞ける相手はもう、先生だけ。

 知りたい。僕はなにも、知ろうともしなかったから。

 なんていう病気だったの?

 最期になにを思ったの?

 あの日々は、君にとってどういう意味があったかな。

 知りたい。全部。

 君は僕を、どう思っていたの?


「おいーす。席つけー。はい、新学期早々、皆さんに紹介したい人がいまーす。入ってきてー」


「はい」


 ……………………は?


「今日から復帰することになりました! 元病弱少女の水鳥です! みんなよろしくね!」


 ……………………は????


「はい。というわけで、長らく入院していた水鳥さんが復帰することとなりましたー。席は君嶋の隣ねー。君嶋、面倒見たげて」


「よろしくね君嶋くん!」

「は????」


「はい、じゃあHRすすめるぞー。いつまでも夏休みボケしてんなよー」


 夏休み……ボケ……?



 *



「ねえ」

「ん? どしたね君嶋くん」

「……寿命、一ヶ月って」

「言われたね。君に会う半年前に」

「……半年、前?」

「それが驚いたことに、二ヶ月経っても死ななかったし、その間に新薬ができちゃうし、治験を受けたらこれまたすごく効いちゃって」

「……死ぬよって」

「死んだよ。病弱キャラの私は死んだの。これからはニュー水鳥さんだよ! よろしくね」

「……………………」

「……ねえ、君嶋くん、もしかしてだけどさ…………」


「まじおこ?」

「まじおこ」






_____


☆あとがき☆


 ハピエン厨ですみません。

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