部長、そうじゃないです

「最近さ、娘が妻とコイバナしてるらしいんだよ」

「いいですね。仲良くて」

「はは、俺は混ざれないんだけどな。で、娘が結構渋いこと言ってるらしいんだよな」

「渋いこと?」

「好きな人のストーリーに載りたいって」

「……? 今時の子はそうなんじゃないですかね?」

「そうなのか!? 好きな人の人生という名の物語に名を刻みたいだなんて、今時の若者はカッコいいものの考え方をするんだな……」


(SNSの話です、部長……)






「あー、新卒の子とは、どうだ? 上手くやれてるか?」

「ええ、まあ、それなりに」

「そうか。まあお前はまだ年も近いしな。俺なんか一言一句ビクビクだよ」

「新卒の子に怖い子なんていましたっけ?」

「いやほら、最近は何かとハラスメントとかって言われるんだろ?」

「あー……」

「『俺の若い頃は』とかは禁句らしいしな」

「ですねぇ……」

「だからお前の世代はここが素晴らしい! って褒めるように気をつけてるよ」


(自分の世代の話してもらえなくて拗ねてる訳じゃないです、部長……)






「今度の飲み会の二次会、カラオケらしいな」

「らしいですね」

「若手はどうだ? 最近はいろいろ厳しいし、流石に二次会まで来たがるやつはいなさそうか?」

「そういう子もいるでしょうけど、来たい子も普通にいると思いますよ」

「そうか……いやなに、若い子に通じる曲なんか歌えるかなと思ってな」

「若い子のほうが、自分の好きな歌歌って自分が楽しんだほうがいいっていう意識がありそうですけどね」

「そういうもんか? いやでも、やっぱ知ってる曲で一緒に盛り上がったほうが俺も楽しいしな」

「部長……!」

「とはいえ、新しい曲の仕入れ方すらわからんのだけどもな! あれだろ? 最近はJ-POPどころかK-POPまであるんだろ?」

「? え、ええ、ありますね……?」

「もうL-POPまであったりするのか?」


(アルファベット順でバージョン更新かけてる訳じゃないです、部長……)






「お前、木村と同期だったよな? なんか聞いてないか?」

「いえ、俺も体調不良としか……」

「そうか……」

「な、何か気になるんですか?」


「いやほら……あいつちょっと前、やたらとそわそわしてた時期あったろ」

(ずっと待ってたゲームの新作発売日が近かった頃だ……)


「その後、何日も目の下にクマ作って会社来てたしな」

(睡眠時間削って遊んでたから……)


「いや、わかってるんだ。今時の子はあまり仕事関係の人間に干渉されたがらないもんだってのは。ただなぁ……全くの無関係ってわけでもないんだし、やっぱり心配だろ? こうして急に休まれるとさ」

(部長……違うんです……)


「別に俺じゃなくてもさ、困ってるなら誰かには話して欲しいだろ。同期でも友達でも家族でも。お前は何も知らないんだよな?」

「え、ええ、なにも……」


「そうか……心配だな……」

(あいつ、クリアした衝動で酒飲みすぎて、二日酔いで死んでるだけなんです……)






「なあ、今日はもういいから帰らないか?」

「いえ、そういう訳には……」

「今回のは事故みたいなもんだ。あまり気にするなって」

「いえ、今回は俺が……」

「あまりこういう言い方はしたくないけどさ。会社としても働き方改革とかって頑張ってるから、あんまり残業されるのもそれはそれで困るんだよ」

「でも、それなら部長だって……」

「俺はいいんだよ。最初からこういうケースは想定されていて、そん時に責任を負う分いい給料もらってる。役職者ってのはそういうもんだからな」

「……では、部長も早めに上がっていただけるのでしたら」

「おう! すぐ帰るすぐ帰る! だからお前ももう上がれ。な?」

「それでは……お先に失礼します……」


(俺の……俺のミスなのに……)






「部長、お時間いいですか?」

「ど、どうした? そんなみんな揃って……ボ、ボイコットか!?」

「違います。部長、これ」

「えっ、どしたどした!? 今日誕生日じゃないぞ!?」

「中途でご入社されて、今日で勤続20年ですよね」

「え? あ〜! そうか、もうそんなになるか〜!」

「これ、俺たちからの気持ちです」

「え〜! ありがとうな〜! あ、あれか? 本部長とかの差し金か? わざわざ悪いなぁ」

「部長、そうじゃないです」

「えっ?」


「正真正銘、俺たち全員の感謝の気持ちです」

「そ、うか」


「そうか……お前ら、いい部下だなぁ」

「部長こそ。俺、部長が上司でよかったです」

「ははっ……そうか……そうか!」


「ありがとうな。これからもそう思ってもらえるよう頑張るよ」

「こちらこそ。引き続きよろしくお願いします、部長!」






_____

☆あとがき☆


 漂うおためごかし感。

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