第十六章 憤怒の鎮魂_

かけるは、また一つの依頼を終えたばかりだった。次の依頼は重苦しいもので、翔の心にかすかな不安をもたらしていた。依頼者はアカリという女性。彼女の声は震えていたが、そこには強い決意も感じられた。


「妹のレナを…殺してほしいんです。」

アカリはそう切り出した。


翔は黙って耳を傾けた。アカリは、ずっと妹に対する憎しみを抱いていたという。レナは生まれた時から何でも与えられ、甘やかされて育った。その一方で、アカリは常に我慢を強いられ、自分の欲望や感情を抑え込んで生きてきた。大学生の時、二人は同居していたが、その時もアカリはレナから八つ当たりされることが多く、次第に彼女の存在そのものが重荷になっていった。


「レナがいる限り、私は自分の人生を生きられないんです。彼女が死ねば、やっと解放されるんです。どうしても、どうしても彼女を殺してください。お願いします…もう、これ以上不幸でいるのは嫌なんです。」


翔はアカリの言葉に耳を傾けながら、慎重に考えた。翔は依頼を実行する前に、いつも確認の質問をする。「本当に、殺してしまっても大丈夫ですか?心残りはありませんか?」アカリはためらうことなく「大丈夫です。これで、私の人生がやっと始まるんです。」と答えた。


翔はアカリの決意が揺るがないことを理解し、彼女のためにプログラムを構築し始めた。レナを不幸に追い込み、その運命を操作するコードは、レナだけでなく、彼女の旦那や子供にも影響を与えるように設計された。翔は慎重にコードを書き上げ、アカリにその結果を通知した。

数日後、レナの夫が突然の高熱に襲われ、原因不明の病にかかってしまった。病院を訪れても、医者たちは原因を特定できず、レナの夫は日を追うごとに衰弱していった。さらに、レナの子供も同じように体調を崩し、学校に通えなくなり、家族全体が重苦しい空気に包まれた。


そんな中、レナも徐々に体調を崩し始めた。最初はただの疲労だと思っていたが、日に日に体調が悪化し、医者に診てもらうと、深刻な病気が見つかった。病状は急速に悪化し、彼女もまた、周りの人々と同じように弱っていった。


そして、運命の瞬間は突然訪れた。ある雨の夜、レナは仕事帰りに事故に遭い、命を落とした。交通事故の原因は誰にもわからず、彼女の死は多くの人々に悲しみをもたらした。


アカリから再び連絡があった。「翔さん、ありがとうございます。本当に感謝しています。今までずっとしんどくて、苦しくて、生きる希望もなくて、嫌な気持ちで満たされていたのに、翔さんのおかげで救われました。これでようやく前を向いて、自分の人生を生き始めることができます。」

アカリの声には、確かな解放感が漂っていた。翔はその変化に安堵しながらも、何かを見落としていないかと慎重に彼女の話を聞いた。


「最初は、レナがいなくなって本当に自由になった気がしました。でも、それと同時に気づいたんです。レナの存在が問題だったのではなく、私自身が自分の人生をどう生きるか決める勇気がなかったんだと。」

アカリは続けた。

「翔さんがプログラムを実行してくれたことで、私は初めて自分の弱さと向き合うことができたんです。レナがいなくなったことで、私はもう誰かを憎むことにエネルギーを使う必要がなくなりました。今は、自分のために生きていく決意をしました。」


翔はその言葉に、アカリが真に自分を取り戻しつつあることを感じた。彼女はレナを失ったことで一時的な解放を得たが、その後に訪れた内省の中で、自分自身を見つめ直すことができたのだ。憎しみに囚われた人生から、少しずつ歩みを進める決意をしたアカリの姿が、翔の心に深く刻まれた。


「アカリさん、それはあなたが自分で掴み取った自由です。僕はそのきっかけを与えただけです。」翔は静かに言った。アカリが自らの力で立ち直りつつあることを感じ、彼は少しだけ肩の力を抜いた。


アカリとのやり取りは、翔にとっても大きな教訓となった。翔の言語製造黒魔術プログラミングブラックマジックがどれほど強力であっても、人の心の奥底にある真の問題を解決するのは、最終的にはその人自身の意志なのだと。


翔はこの出来事を心に刻み、今後も依頼者たちの心に寄り添いながら、彼らが自らの力で人生を切り開いていけるよう支援していくことを誓った。アカリのように、憎しみや悲しみの中から新たな一歩を踏み出す人々が現れることを願いながら。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る