第十五章 存在の否定
ある日、翔のもとに一風変わった依頼が届いた。依頼者は名も明かさず、ただ「カナ」と名乗る女性。彼女は「私を消してほしい」と短く伝えてきた。
「消してほしい?」翔は眉をひそめた。他人を消してほしいという依頼はあれど、自分を消してほしいという依頼は初めての経験だった。カナの声には、単なる絶望以上の深い闇が感じられた。
「どうして消えたいんですか?」翔が尋ねると、カナは少しの間沈黙した後、静かに口を開いた。
「私は現実をプログラミングで書き換える力を持っている…でも、その力が私を狂わせたの。何もかもが制御不能で、私の手から滑り落ちていくようで…」
翔は驚きを隠せなかった。カナもまた、現実を操作するプログラムを扱える存在だったのか。しかし、その力は彼女にとって過剰な重荷となり、今や彼女自身を追い詰める存在となっていた。
「あなたが自分を消すことを望んでいるなら、僕の力を使わずとも…」と翔が言いかけたとき、カナは激しく否定した。
「違うの…私の力を消してほしいの。私が持つ現実を書き換える力を、すべて無にしてほしい。それができるのは、あなたしかいない…」
翔は深く息を吸った。現実を書き換えるプログラムを無効化するなど、今まで試みたことはなかった。しかし、カナの切実な願いを無視することもできなかった。
翔は慎重にコードを書き始めた。これまでとは異なる、極めて繊細なプログラムが必要だった。カナの持つ現実操作の能力を一つ一つ解析し、その力を徐々に解放し、無力化していく。ミスが許されない作業だったが、翔の手は確実に動いていた。
やがて、コードが完成し、翔は実行ボタンを押した。瞬間、カナの能力の存在が消えた。
翔は息を詰めたまま画面を見つめていた。数分が過ぎ、何の反応もなかった。しかし、突然カナからメッセージが届いた。
「ありがとう…本当に、ありがとう。私は、やっと自由になれた気がする。」
翔はその言葉を読み、安堵の息をついた。カナは自らの呪縛から解放された。しかし、翔の心には複雑な感情が残っていた。彼女の力を消すことで彼女を救ったが、その力が彼女にとって何であったのか、今となっては知る由もない。
「プログラムには、救う力もあれば、破壊する力もある。俺がやっていることは、その両方を見極め、扱うことなんだ。」翔は自分に言い聞かせ、次の依頼に備えるべく静かに座り直した。
カナのような存在が、今後も現れるのだろうか。そう考えると、翔の心には一抹の不安がよぎった。しかし、彼の使命は変わらない。現実をプログラムで書き換え、その結果を受け止めること。それが、翔に課せられた運命だった。
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