第2話 最初の目的地

 気が付くと俺は知らない街の広場に居た。

 待ち合わせに丁度良さそうな噴水。舗装されていない道。煉瓦造りの街並み。

 そして、何だかよく分からない種族の通行人たち。

 二足歩行のトカゲとか、二足歩行の猫耳美少女とか、四足歩行の半裸のおっさんとか、まぁ色々。

 ……あぁ、うん。なるほど。異世界だなぁ。


 まじかよ、おい。

 街中スタートってのは正直ありがたいが、パチンコ玉生成とかいうクズスキルでどうやって異世界を生き抜けと。

 しかも持ち物も無いし、服も元の世界のままだ。装備を整えることも出来ない。

 これ、詰んでねぇか? クズニートにはこれで十分ってか? なめんな。


「あー……でもまぁ、来ちまったもんは仕方ねぇ。とりあえず、アレだな」


 昔読んだラノベの情報を思い出しながら目的の場所を探す。

 見た所割と大きな街だ。であればあの場所は必ず……お、あったあった。

 文字は読めんが多分あの看板だろ。

 よっしゃ、異世界と言えばまずはここだ。


 スイングドアをぎぃっと押し開いて中に入る。

 意外な事に、外と比べて幾分か涼しい。冷房でも入ってるんだろうか。

 ちょっと戸惑っていると、もの凄い美女が軽やかな足取りでこちらに向かって来た。

 長い金髪に赤い目が異世界感を十分に演出している。うん、悪くない。


「いらっしゃいませ!」

「すまん、一人なんだが」


 よく考えたら家族以外と話すの久しぶりだな。しかも美女だし、結構緊張……しないなあ。

 どうせ俺みたいなクズニートに浮いた話なんてある訳ないし。気楽なもんだ。


「ここに来るのは初めてなもんで勝手が分からないんだが、どうしたら良い?」

「ではご案内しますね! こちらへどうぞ!」


 終始ニコニコとしている美女に案内され、大人しく後ろをついていく。

 すると美女はくるっと振り返ると、改めてこう言った。


「お客さん、ご注文は何にします?」

「美味い酒を頼む」


 異世界と言ったらやっぱり見知らぬ酒だよな!



「あー! 昼間っから飲む酒は最高だな!」


 ごくごくごくっ! ぷはぁ! あーうめぇ!

 ビールとはちょっと違うが、この麦酒エールって奴も悪くない!

 

「さてこっちは……うへぇ、こりゃ俺には無理だ。甘すぎるわ」


 蜂蜜酒ミードとやらを飲んでみたがどうにも甘すぎる。

 良い酒なんだろうが、俺みたいな馬鹿舌にゃ安い麦酒エールが向いてるのかもな。

 葡萄酒ワインやら蒸留酒ウイスキーも飲んでみたが、やっぱり麦酒エールみたいな酒の方が飲みやすい。

 蜂蜜酒ミードの木製ジョッキをテーブルの隅によけ、新たに麦酒エールを注文する。


「ねぇお兄さん、それ要らないなら私にくれないっ?」


 急に話しかけられて驚いたが、よく見ると可愛らしい少女が目を輝かせながら身を乗り出していた。

 腰まで伸ばした赤い髪、活発な笑顔、すらりとした手足、そして未発達な胸部。

 うーん。どう見ても酒を飲める年齢じゃないだろ、お前。


「お前、いくつだ?」

「いくつ? えっと、冒険者階級なら二等級だよ!」

「ちげぇよ、年齢だ。酒飲める歳なのか?」

「へ? 年齢? ……にゃははっ! お酒を飲むのに年齢なんて関係あるのっ? 面白い事言うねっ!」


 あーそうか。ここ、異世界だったわ。日本の法律なんて関係ないわな。

 ちなみにいくら可愛くても子どもは子ども。俺のストライクゾーンに入るには色々と足りん。

 あと五年……いや、十年か。


「悪い、気にするな。好きに飲んでくれ」

「やったぁ! おーいみんな! お兄さんが奢ってくれるってぇ!」


 ……みんな? おいおい、仲間がいるのか? まぁ構わんが。


「ちょっとクリム、知らない人に絡まないでください。イブも何とか言って――」

「……ゴチになる」

「――もう飲んでる!?」

「にゃはは! ほらほら、リーンも飲もうよぉ!」

「え、ええっと……あの、良いのですか?」


 リーンと呼ばれた長い緑髪の少女が申し訳なさそうに聞いてくる。

 耳が長い以外はごく普通の美少女に見えるが……苦労してそうだな、この子。

 一緒について来たイブとやらは既に酒を飲み始めてるし、ヤバい二人の子守り役ってところか。


「構わんよ。お前も飲むか?」

「えっと、じゃあ葡萄酒ワインを。ありがとうございます」

「……お代わり頼んでもいい?」


 今度はイブと呼ばれた青髪ボブの美少女。こっちは覇気がないと言うか、目が死んでいるというか。

 無表情すぎて何考えてるのか分かりにくい。

 ちなみに発育は赤髪と同レベル……いや、こっちの方が背が低いか?


「別に構わんぞ。好きに頼め」

「……イケメン。好き。抱いて」


 うわ、ちょろすぎないかお前。他人事ながら心配だよ。どうでもいいが。

 そんな事より酒だ酒。そろそろお代わりが……お、来たみたいだな。


「あのー、お客様? 申し訳ないのですが一旦お会計をして頂いても宜しいでしょうか?」

「うん? まだ飲んでるんだが?」


 なんだよ、人が気持ちよく飲んでんのに。


「しかし金額が金貨十枚を超えてしまいましたので……」


 金貨十枚か、なるほどね。

 この世界の貨幣価値は分からんが……そろそろ潮時だな。


「そうか、分かった」

「ではこちら、伝票です」

「あ、金はないです」


 毅然とした態度できっぱりと言い切る。


「「「「「……は?」」」」」


「いやだから、金はないです」


 着の身着のままで異世界に連れて来られたのに、金なんて持ってる訳ないわな。


 周りが茫然としている中、お代わりのジョッキをぐびぐびと飲み干した。


「く、く、食い逃げだぁぁぁぁ!!! 店長! てんちょぉぉぉ!!!」


 食い逃げって失礼な。別に逃げてないだろ。逃げる気も無いし。


「つー訳で、女神様ァ? ここの支払いお願いしますわ!」


 にたぁり、と笑みを浮かべ、天井に向かって叫ぶ。

 ククク……異世界転移のお約束だと、どうせあの謎空間から不思議パワーで見てんだろ? 女神様よぉ?

 馬鹿みたいなクズスキル一つだけで異世界に連れてこられたんだ!

 このくらいの意趣返しは構わないよなぁ!?


 静まり返る酒場。全員が俺を可哀そうなものを見る目で見てくるが、臨んだ声は返ってこない。


「……あれ?」


 おかしい、反応が無いな。


「女神様? おーい。俺このままだと捕まるよ? いいの?」


 反応なし。


「めが――」

「「「現行犯だこの馬鹿がぁぁぁぁぁ!!!」」」

「うおぉぉぉ!?」


 その場にいた全員に殴る蹴るの暴行を加えられ、俺はまた意識を失った。

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