第3話 異世界と言えば魔法
「おいクズ。皿洗い終わったか?」
「はいクズです。終わりました」
「おいクズ。次は掃除だ、早くしろ!」
「はいクズです。すぐにやります」
「おいクズ。客が吐いたから片付けてこい」
「はいクズです。行ってきます」
ああ、異世界も世知辛いもんだなぁ。目から汗が止まらねえや。
ぼっこぼこに殴られ、その場に正座させられて一から事情を説明したところ。
クズだのゴミだの可哀そうで興奮するだの散々に言われた後、店で働いて借金を返すという事で落ち着いた。
ちなみに異世界人ってのは意外と多いらしく、あのクソ女神、高頻度でこの世界に勇者候補を送り込んでいるらしい。
あぁまたか……みたいな目で説明された所によると、この異世界人ってのは大抵何かしらの問題を起こすらしい。
そりゃあなぁ。異世界人だから常識の欠片も無いし、無駄にチートスキルは持ってるし、そんな奴らはトラブルの種にしかならんだろうよ。
まったく、揃ってろくでもない奴らだぜ。
「いててて……しかしまぁ、あんなに殴ること無いだろうに」
酒場の裏手でごみをゴミ箱に捨てながら、殴られすぎて元の輪郭が分からなくなっている顔をさする。
人生でこれだけ殴られたのは初めて……ではないが、わりと久々だ。
手加減くらいしてくれても良いと思うんだがなあ。
なお、この世界で無銭飲食は即牢屋行きらしい。怖いねえ。
「あの……大丈夫ですか?」
「うん? ああ、さっきの」
緑髪の、えーと、名前なんだっけ。
思い出した、リーンだ。
自由な仲間たちのお守り役って感じの、真面目な印象の美少女だ。
「あの……事情も知らずに攻撃してしまってすみませんでした」
「は?」
「いきなり異世界に連れて来られて大変だったでしょう? 何か私に出来る事はありませんか?」
おいおいおい、何だよこの子。めっちゃいい子じゃん。
こりゃちょっとくらい吹っかけても大丈夫そうだ。
「じゃあ借金の肩代わりとかしてくんない? なーんて」
「分かりました」
「分かりました!?」
分かっちゃった!? 嘘だろ!?
「今すぐにはご用意できませんが、体で稼いできますので」
「すとーっぷ! 何言ってんだお前! もっと自分を大事にしろよ! な!?」
こんな子どもが言っていい台詞じゃねえよ!?
いや原因は俺だけど!
するとリーンはそっと俺の両手を握りしめ、にっこりと微笑んだ。
「優しいんですね……素敵です」
うお、可愛い……じゃなくて、こいつもちょろい系女子さんか?
「他人のお金で女の子に奢ろうとしたり、初対面の私にたかったり……あぁ、素敵。理想的なクズです!」
違った! ダメ男が好きなだけだ!
ただの性癖歪んでる子だコレ!
「そうだ、お顔を治療しないとですね。あ、あの……ハァハァ……か、回復魔法をかけても良いですか?」
「え、あ、おう。じゃあ頼めるか?」
「わわわ私を頼ってくれてる……! もちろんです任せてください理想的な顔にしてみせます!」
「……え?」
いまなんて? 理想的な顔に『してみせます』って言った?
「いきます! 慈愛の女神クラウディアよ、かの者の傷を癒したまえ! そして私の理想の顔に作り変えたまえ!」
「おいちょっ……!?」
「
パァァァァ! っと優しい光が俺を包み込む。
すごい、次第に痛みが引いていく……! これが、魔法……?
いやそれはいいとして。
「治療完了しました……あぁ、理想的なお顔です♡」
……えぇと、マジ? 俺の顔どうなったの?
「こちらに鏡がありますよ。どうぞ」
差し出された手鏡を見ると、そこに見慣れた顔は写っていなかった。
印象的な切れ長の深紅の瞳に、目にかかる長さの白銀の髪。すらっとした鼻に薄い唇は女性的ですらある。
まさにイケメン。ただし、明らかに性格が悪いタイプの。言うならば、そう。
THE・クズイケメン。
そんな顔だった。
「凄いです、これまで何度試してもここまで理想的な顔にならなかったのに……あぁ、本当に、どちゃくそタイプです! ののしってください!」
「うるせぇよ、ちょっと黙ってろ」
「はぅんっ♡」
しまった、喜ばせちまった。てか声も変わってないかコレ。魔法すげぇな。
しかしほんと、黙っててほしいと言うか……何てことしてくれたんだこの女。
別に自分の顔が好きだったとかじゃないが、人としてダメだろコイツ。
……いや待てよ?
「おいリーン」
「はいぃ♡ なんでしょうか♡」
「お前って金持ってんの?」
「今はありませんがすぐに稼いできますぅ♡ 冒険者ですのでぇ♡」
とりあえず語尾のハートやめろ。寒気が酷いんだよ。
なるほど、体で稼ぐってそういう意味か。
一緒に居た赤髪クリムだったか? あの子も冒険者って言ってたし、三人そろって冒険者なんだろう。
これならリーンに養ってもらって悠々自適な生活を送ることも……いや待てよ?
せっかくの異世界なんだし、俺もその冒険者になってみるのもありかもしれない。
何せさっきまで輪郭も分からなくなるくらいにボコボコだった怪我も治せるリーンがいるんだ。
そうそう危ない事も無いだろう。
「……なぁリーン。お願いがあるんだ」
出来るだけキメ顔イケボで語り掛ける。
「な、なんでしょうかぁ……♡」
よし、効果は抜群だ! でも俺キメェ! 鳥肌立ちそう!
い、いやいや、我慢だ。我慢しろ俺。よし、次だ!
「俺を、お前の冒険者パーティに入れてくれないか?」
調子に乗って
「そそそそれって私が居なくちゃダメって事ですよね!? ハァハァ、も、もちろんでしゅうっ♡」
……うっわぁ。美少女がしちゃいけない顔してる。
正直ちょっと引くわぁ。てかおい、ヨダレは拭けよ。
なんて言うか……本当にこれで良かったんだろうか?
俺、ちょっと早まったかもしれない。
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