婚約破棄狙いの公爵令嬢は悪人王子から逃げて溺愛人生をのぞむ

大井町 鶴

婚約破棄狙いの公爵令嬢は悪人王子から逃げて溺愛人生をのぞむ

ピカッ! ゴロゴロゴロ! バリバリバリバリッッ!! ドガガガガガンッッッッ!!!


髪の毛が逆立つような感じがしたと思うと、ガゼボ脇の木にカミナリが直撃した。カミナリの落ちた衝撃で、カメリアは頭を強く打たれたような痛みを感じ気を失った......。


「う……ん」

「カメリア!気付いたか?」


カメリアは目を覚ますと豪華なベッドの上に横たわっていた。


「え……と、私、どうしたのだったかしら……?」

「お前はブレント王子とお茶会の後、カミナリがすぐ側に落ちて気を失っていたのだよ。覚えているか?」

「カミナリ……?」


状況を思い出そうとすると、なぜか不思議なことに自分が体験したことがないハズの記憶が頭の中に大量に流れ込んでくる。


(この記憶は何?…..ジャケットに膝丈のスカートを着た女性が働いている……?)


記憶が大量に頭の中に流れ込んでくるうちに、“あぁ、これは私のOL時代の前世の記憶だわ”と、カメリアは理解した。カメリアは、カミナリの衝撃で目覚めると前世の記憶を取り戻していた。


「カメリア?どうしたのだ?思い出せないのか?」

「……大丈夫ですわ。私はどのくらい眠っていたのでしょう?」

「3日だ。このまま目覚めなければ王子の婚約者の座も危うくなっていた」


(王妃候補?……ああそうだ。この世界では私は公爵令嬢でブレント王子の婚約者だったわね。だけど……)


「ブレント王子はどうしてらっしゃるのですか?」

「それが……お前が倒れたというのに見舞いにも訪れないのだ。花は贈ってきたが」

「……でしょうね」

「カメリア?」


“やはりそうか”と、つぶやくカメリアを父は不審そうに見ている。


「お父様、少し1人にして頂けますか?」

「ああ。もう少し休むと良い。医者を呼んで来る」


カメリアは1人になると、この世界での今までの自分を振り返ってタメ息をついた。


「なんであのゲス王子の言葉を大人しくホイホイ聞いてやっていたのかしら。あー、バカバカしいったらありゃしない」


カメリアは品行方正で誰が見ても次期王妃だと納得する令嬢であった。だが、前世の記憶を得たカメリアはもう品行方正と呼ばれるような令嬢なんかやっていられるか!という気持ちだった。部屋に1人きりなのをいいことに、思ったままを口に出す。


「なーんであの女癖の悪いバカ野郎のために、私がアホみたいに勉強しなくちゃいけないワケ?」


カメリアの未来の夫になるハズのブレント王子は、表面上は爽やか、運動能力も高い、器用、イケメン(らしい)の優秀な王子である。令嬢からかなりの人気があった。


だが、一皮むけばブレントは女癖がかなり悪く、中途半端なツラを活かした女漁りを楽しんでいた。女漁りはほとんどヤツの趣味であり、ライフワークと言っていい。


手を出された令嬢は数知れず。カメリアの知り合いの令嬢だけでも5人はいる。いずれもヤツが手を出してはすぐに飽きて捨てるので、心身ともに傷ついた令嬢がたくさんいた。


まあとにかく、ヤツはカメリアのダークグレイの瞳と髪の色が地味で、言葉が少ないところが面白味がないと、大切にする気にならなかったのだ。だが、彼女は決して不美人などではない。王子の婚約者などにならなければ、方々から婚約を申しこまれていただろう。


「将来、あんな女の敵と結婚しなくちゃいけないかと思うと身の毛がよだつ!」


ちなみに、前世ではセクハラ&モラハラ上司と常に戦っていた。かつての自分は仕事がかなりできたから、セクハラ&モラハラ上司をギャフンと言わせたこともある。


「相手が未来の王になる王子だって関係ないわ。更生したろか?」


でも、それも面倒だと思い、それよりも、自分が婚約者の立場から外れる方が簡単だろうと考えた。


父と母はカメリアが王妃になると信じて疑わず、その道しかないと思っている。そんな彼らにあまり心配をかけずスムーズに婚約解消へと持っていけないかなぁと、頭を悩ませていると医者が部屋にやって来た。


「お加減はいかがでしょうか?」

「えーと、イマイチだからしばらく屋敷で静養するわ。あ、こんなんじゃ、王子の婚約者なんてムリだから婚約者は辞退の方向で」

「……お嬢様!?」


医者は、カメリアが大人しく自分の意見など滅多に言わない令嬢だと認識していたので、おかしなことを言っている!と、すぐさま公爵に報告しに行った。公爵はすぐに駆けつけ、“婚約者を辞退したい”と言ったのか?と聞いてくる。カメリアがハッキリと“そうだ”と答えると公爵は頭を抱えた。


「なぜ、そんなことを急に言う!? お前が王妃になるのは必然だ!それ以外などない!!」


(あー、お父様がキレた.......)


実は、カメリアの本来の性格は前世のように、悪には立ち向かうハッキリとした性格であった。だが、公爵家という立場に生まれた令嬢のカメリアは、王妃になるべきだと考える両親によって多大なお金をかけ必死な思いで矯正されたのだった。


「私、カミナリの衝撃で色々と自分を抑えつけていたモノを払い落とせたようです。あんな、女たらしの王子に嫁ぎたくありません」

「王子の女癖が悪いのは知ってはいるが、それでも王妃だ。将来、自分の子が国を治めることになるのだぞ?」

「そんなの、男子が産まれなければ無理ではないですか」

「男子が産まれるまで子を産めば良いではないか」

「お父様は私のことを何だと思っているのですか?」

「カメリア!私はお前の幸せを思って言っているんだ!!」


その後は、完全にブチ切れた公爵と激しい言い合いになり、カメリアは屋敷に謹慎するように命じられてしまった。


「あー、屋敷にいられるのはいいけれど、閉じ込められっぱなしはイヤ。抜け出しちゃおっと!」


数日暮らすうちに、カメリアは誰が何時に様子を見に来るかを把握していた。カメリアはクローゼットの中から一番シンプルなドレスを出してきて着替える。


「もう、この丈の長いスカートも前世を思い出しちゃうと鬱陶しいわ。街に出たら動きやすいワンピースでも買ってこよう」


お金をポシェットに入れて斜め掛けにすると、バルコニーに出た。ここは2階だ。どうやって地上に降りようかとあたりをキョロキョロとすると、ちょうど壁に沿って植物の枝が伸びているではないか。


「よしっ!いっちょやるか!」


スカートをまくり上げて横でキュッと結ぶと、枝を使って下へと慎重に降りて行く。落ちることもなく無事、地上に降りられた。


「やった~!これで街に行ける!ロードを誘おう!」


ロードは庭師の息子でカメリアと同い年の17歳だ。幼い頃はそこら中を一緒に駆けずり回った仲だったが、カメリアが王子の婚約者に決まると、共に遊ぶこともなくなっていたのだ。


(ロードと長いこと、まともに会話する時間が無かったけど、ロードったらすっかりイケメンになっているのよね。風になびく金色の髪がキラキラしてとてもキレイで……!)


ウキウキとそんなことを考えながら庭の片隅に建つ小屋まで来ると、扉をノックした。運よくロードが扉を開ける。


「はい、どなた?って……お嬢様! わゎ!何という恰好をしているのです!」


真っ赤な顔をしたロードに言われて、カメリアは自分がドレスの裾をまくり上げたままだったことに気付いた。


「あ!スッカリ忘れてた」

「とにかく、中に入って下さい!」


小屋に入ると、まくり上げていたスカートを素早く直す。


「お嬢様がここに来るとはどうしたんですか? それにその服装は?」

「私がカミナリのせいで倒れて屋敷で静養していたのを知っている?」

「いえ。そんなことがあったんですか?大ごとではないですか!」

「そうそう。それでね、私、お父様に王子の婚約者を辞退したいなんて言ったから、ブチ切れたお父様に屋敷に閉じ込められちゃって。つまらないから街に遊びに行こうかなと」

「待って、待って下さい。情報が多い…!とてつもないことが色々とあったみたいに聞こえましたが?」

「そうね。私、カミナリの衝撃で王子の婚約者に選ばれてからずーっと自分を抑えてきた反動が出てしまったみたい。もう、イヤなのよ。あんな王子のために努力するのは」

「大きな声でそんなこと言わないで下さい。今はオレしかここにいませんが、誰が聞いているか分からないんですから」

「そう言えば、コードは?」

「父さんは今、バラ園の手入れをしていますよ」

「ロードはヒマなの?」

「ヒマではありませんが、こんな状態のお嬢様を置いて何を優先しろっていうんですか」

「ヒマってことよね。じゃあ、街に行くのに付き合って!」

「はい?そんなことして見つかったらマズ過ぎます。オレも父も屋敷を追い出されてしまいます!」

「お・ね・が・い! ねっ!ねっ! 久しぶりに一緒に過ごせるんだから」

「オレ達を路頭に迷わせたいんですか?」

「ちょっとだけだから!街に出たらカツラや洋服を買って誰だか分からないようにするし」

「ここから出る時や戻る時はどうするんですか?」

「荷馬車があったわよね?あれに隠れて出るわ」

「本気ですか?」

「本気!」


荷馬車にはワラが積まれている。隠れるのは簡単かもしれない......とロードは無謀と思える行為なのになぜか協力しようという気持ちになっていた。…実はロードはひそかにカメリアに恋心を抱いていたのである。


ロードは、カメリアと話さなくなってもカメリアを遠くから見ていた。成長するごとに段々と無表情になっていくカメリアを心配していたから、こうして昔のままの天真爛漫な様子を見れて嬉しく思っていた。


「分かりました。丁度、今日は街に荷馬車で新しい植物の買い付けなどもあったんです。運が良かったですね。こちらです。絶対に見つからないようにして乗ってくださいよ」


ロードが荷馬車を用意すると、カメリアは荷馬車に乗り込みワラを自分に被せた。さらにロードが布を上から被せてカメリアを完全に隠す。


屋敷から密かに脱出すると、急いで街へと向かった。街に着くと、カメリアはすぐに近くの店でカツラと簡素なワンピースを購入して荷馬車の陰で着替える。着替え終わると、周囲を警戒していたロードの横に並んだ。


「お待たせ!」

「……まぁ、この姿だと誰だか分かりませんね」

「でしょ?」


カメリアの特徴的なダークグレイの髪の毛は赤毛の髪色のカツラですっかり隠れていたし、素朴なワンピースのおかげもあってカメリアの印象はかなり変わって見えた。


「ロード、久しぶりに手をつなごう!」

「え!」

「ホラ、行こう!」


積極的なカメリアにタジタジになりながらロードは街歩きをカメリアと一緒に楽しんだ。カフェに入ってみたり、雑貨屋を見たり、本屋を見たり……2人にとって夢のような時間となった。


街歩きに疲れた2人は、運河のほとりのベンチで一休みする。


「お嬢様、王妃になるのがそんなにイヤなんですか?」

「とってもイヤ。あのゲス王子のことキライだし」

「しぃっ!もう少し小さな声で」

「あなたが聞いてきたんじゃない。......私、結婚するならこうして普通に会話して楽しく過ごせる......ロードみたいな人がいい」

「な、ななな何を言うんですか!」

「......ロードったら、照れちゃって真っ赤!カワイイ!」

「か、からかわないで下さい!」


小さな頃、カメリアは“将来、私と結婚して!”とロードにプロポーズしたことがある。彼が覚えているかは分からないが、思い出させるようなことをつい言いたくなってカメリアは口に出したのだ。


「オレだって……あなたみたいな人と一緒になりたいですよ」

「えっ!? 本当に!?」

「まあ……でも、お嬢様がこんなことを言うなんて、かなり追い詰められているってことですよね」


ロードはカメリアが現実逃避したくて“結婚するならロードみたいな人がいい”と言ったのだと受け取ったようだった。カメリアは密かに心の中で落胆した。


「......それより、もうさすがに戻らないといけません!きっと屋敷ではお嬢様を血眼で探していますよ」

「いえ、大丈夫だと思うわ。具合が悪いから寝てるって言っておいたし」

「気付かれていないといいんですが」


急いで荷馬車で屋敷に戻ると、カメリアは枝を登って部屋へと戻った。ロードは心配でバルコニー下でカメリアを見守っていたが、無事、バルコニーに辿りついた姿をみるとホッとした表情になる。


部屋に戻る前にカメリアがロードの方へと小さく手を振る。ロードも手を振り返した。


(まるで、どこかのロマンチックな劇みたいだわ......)


カメリアは、自分がひそかに好意を持っているロードと共に街を巡れたことが宝物に思えていた。


一方、小屋へと戻るロードも同じような思いを抱いていた。


(今日の出来事は夢みたいだった.......まさかオレみたいなのと結婚したいなんて言ってくれるなんて......)


2人は冗談で何となく好意を伝えることはできても、どうしても身分の違いが壁となって真剣に想いを伝えることはできなかった。


(オレが平民じゃなければ......)


ロードは近いようで遠いカメリアのことを想うと胸が苦しくなったのだった。


......部屋に戻ったカメリアは、部屋着に着替えるとベッドに潜り込んだ。しばらくすると、予想通りメイドが声を掛けてくる。


「具合はいかがですか?だいぶ長く休まれておりましたが、そろそろお食事の用意をいたしましょうか?」

「……食事だけど、お父様達に話があるから一緒に食べることにするわ」

「かしこまりました」


食事の用意が整うと、カメリアは父と母と兄がいる食卓に顔を出した。


「少しは反省したか?」

「まあ、はい」

「まあ、とはなんだ」

「……明日は、ブレント様に会いに王宮へと行こうと思います」

「そうか。ならいい」


カメリアは、本当は行きたくはないが王宮に赴くことにした。今日、ロードと時間を過ごしたことで、やはり自分の人生は自分らしく生きたいと考えたからだ。王宮に行ったらやるべきことをする!そう決めたのだ。


翌日、王宮に務めている歳の離れた兄と共に王宮へと向かった。この兄は寡黙で歳も一回り以上離れていることもあり、普段はあまり話さない。だが、今日はカメリアが緊張しているせいか、話しかけてきた。


「なぜ、急に王妃になりたくないだなんて言い出したんだ?」

「言わなかっただけで、前からずっとブレント様の婚約者でいることがイヤだったんです。私は、自分らしく自分の人生を歩みたい」

「お前が殿下をよく思っていないのは分かっていた。だが、今さらだろう」

「......それは。お兄様だってカミナリの衝撃を受けたら、私の気持ちを理解できると思います」

「カミナリの衝撃で人生を振り返ることにしたわけか......」

「まあ、はい」


前世の記憶が蘇ったなんて言っても信じてもらえないだろう。だが、カミナリの衝撃を間近で受けたのだ。人生観が変わってもおかしくは思われないだろう。


そんな会話をしながら王宮に着くと、さっそくどこかの令嬢を口説くブレント王子の姿を見かけてウンザリした。


(まったく冗談じゃないわ。カミナリが落ちた日もお茶会を抜けてどこかの令嬢の元へと行っていたわね。ホント、とんでもないヤツ)


カメリアが顔をしかめると兄が声を掛ける。


「カメリア.....落ち着け」


カメリアの姿に気付いたブレントは口説いていた令嬢を連れてこちらにやって来た。


「やあ、カミナリの衝撃で倒れたんだろ?見た感じ、どこも悪くなさそうで良かったね」


(はあ?カミナリの衝撃で寝込むって、命に係わるかもしれないって思わないの!?それをコイツは.......!アホ過ぎる)


「失礼ですが殿下.......妹は元気に見えても精神的にもダメージを受けております。温かく見守って下さると光栄です」

「お兄様......」


普段、あまり自分のことに関心が無さそうな兄が自分を気遣うのは珍しかった。先ほどの馬車内での会話が意外と兄の心を動かしたのだろうか。よく分からないが自分を庇ってくれて嬉しいと、カメリアは思った。


兄の言葉に勇気づけられた気持ちになったカメリアは、思い切ってブレントに物申すことにした。あの計画を実行するのだ。


「ブレント様、私が倒れていたというのに、私を見舞うこともなさりませんでしたわね。お花はいただけましたけど」

「おい、カメリア」


兄に止められたが、無視してカメリアは言葉を続ける。


「私はいつもブレント様が令嬢を口説いている姿を見ても何も言いませんでした。でも、そんな姿を見させられている私の気持ちを考えたことがありますか?あなたは私をないがしろにしているのです」


普段は文句など言わないカメリアがいやにハッキリと文句を言うので、ブレントは眉をつり上げた。


「やはり元気じゃないか。......で、私に文句を言うほど君はエライのか?」

「ハッキリしていただきたいのです。その方を愛しているなら私ではなく、その方を婚約者にしたら良いではないですか」

「え、ブレント様!私を婚約者にしてくれるんですかぁ?」


ブレントの側にいる令嬢はアホなのか、ブレントの腕にしがみつきながら甘えた声で尋ねている。どこの令嬢かは知らないが、とてもじゃないが王妃なんて務まらないだろう。


「カメリア、君が私に意見するなど、あってはならない。君は黙っていればいい。私は寛大だ。今の発言は水に流してやる」

「流さなくて結構です。私はそのあなたのダラしない女癖がいい加減、我慢なりません。未来の王になる方がなさることだととても思えませんわ」


穏やかに婚約破棄をしてもらうべく会話をしていたつもりだが、少し強く言いすぎてしまったかもと、カメリアが心配した瞬間、ブレントのドスの効いた怒り声が聞こえた。


「お前!誰に向かって口を聞いているんだ!!」


いつもの爽やかそうなブレントとは真逆の悪人ヅラのブレントに、側にいた令嬢が後退する。ブレントはキレていた。


「カメリア、屋敷に戻るんだ!」


兄がブレントに謝罪をし、急いでカメリアを馬車に詰め込んで屋敷に連れ戻す。屋敷に戻ると兄から事情を聞いた公爵は怒りに染まった。もちろん、王子ではなくカメリアに怒りを向けている。


再び謹慎するように言われ、カメリアは部屋に再びこもることになった。


(ブレントを怒らせることはできたから、これで婚約破棄されるわよね)


ブレントはプライドが高く、気性が激しい。ちょっと突つけばキレると思っていた。このままきっと婚約破棄を考えるだろう。


......癒されたい、ロードは何をしているかなぁと、頭に浮かんでバルコニーにカメリアが出てみれば、ちょうど庭で手入れをするコードとロードの姿が見えた。ロードはすぐにカメリアの姿に気づくと会釈してくれる。


「お花をお部屋まで届けてくれる?」


声を掛けると、すぐにロードが花束を作って部屋まで届けてくれた。


「キレイね。ありがとう。良かったらお茶でも飲んで行って」

「それは......見られたら咎められますよ」

「話したいことがあるの。皆、あなたは私の幼馴染だって知ってるじゃない」


カメリアが強引にお茶の用意をさせてしまうと、本日、カメリアが王宮でしでかしてきたことをロードに話した。


「お嬢様、マズイんじゃありませんか?完全に王子を怒らせたのですよね?」

「うん。婚約破棄という流れになると思う」

「もし、そうなったらお嬢様はどうなるのです?」

「この国で結婚するのは難しくなるでしょうね」

「そうですか......」


ロードは何故かそれ以上何も言わず、すぐに部屋を出て行った。侍女からは謹慎中に幼馴染と言えど男性を部屋に入れるなんて!と、ネチネチと文句を言われた。


(私が婚約破棄されたら、ロードが私をもらってくれたらいいのに)


前世の記憶を取り戻したカメリアは庶民の生活に抵抗などない。婚約破棄されたら、ロードが自分を受け入れてくれたらいいなと、淡い期待を抱いていた。何となく、彼の好意は感じているのだ。望むような言葉は言ってくれないが。


本当はロードに“婚約破棄されたら私と結婚して”とハッキリ言ったら話は早いのかもしれない。でも、カメリアはプロポーズは男性からしてほしいという願望を持っていたので、自分からは何も言えないでいた。


謹慎してから3日後、カメリアはブレント主催のお茶会に呼び出された。仕方なくドレスを着て王宮に赴く。


到着すると、ブレントはこの前見た令嬢ではなく、明るい栗色の巻き髪が特徴の華やかな美人令嬢を隣に侍らせていた。ブレントは集まっていた人の前で突然、婚約破棄をカメリアに突きつけた。


(ついに婚約破棄......予想通りだわ)


プライドの高いブレントは、カメリアに文句を言われたことが許せなかった。ブレントの隣に立つ巻き髪の令嬢に嫌がらせをしただの、王妃教育を受ける様子が怠慢だとか、ありもしない行いやウソの報告を皆の前で次々と述べていく。


「まだ他にも言おうと思えばあるが、お前のためにこれ以上は黙っておいてやろう。こんな女はこの国に置いておく価値もない。お前は国外追放とする!すぐに実行するぞ!」


婚約破棄は願っていた通り行われた。だが、このまま国外にすぐに連れて行かれることになるとはさすがにカメリアは考えていなかった。


「婚約破棄は承知しました。ですが、国外追放とは......国を去る前にせめて両親に挨拶をさせて下さい.......!」

「ならん。公爵がお前の言葉を信じるとは思わんが、お前は弁が立つ。万が一、反旗を翻すように説得されたらたまらんからな」

「そんなことしません......!」


屋敷に戻れなければお金や衣類も持ち出せない。ましてや、大事な人達との別れもできない。ロードにも二度と会えない......。


絶望するカメリアを見てブレントは口元をニヤリと歪ませた。横暴過ぎるブレントにカメリアは怒った。


(慎重にことを進めようとした。だけど、あの程度の言葉でここまでキレて突然、私を追放するなんて思わなかった)


「陛下は......陛下はお許しになったのですか?」


お茶会に王や王妃の姿は無かった。この横暴な振る舞いはブレントの独断である可能性が高い。


「父上には後で報告する。今は体調を崩されている。お前のことを話して悪化したら大変だからな」


話にならなかった。ブレントは兵士にサッサと命じると、カメリアは拘束され馬車に乗せられた。まわりにいた人々はあっけにとられて見ているだけだ。


(ロードに会いたかった)


馬車の中で揺られながら涙にくれていると、森の中を進んでいた馬車が突然停まった。扉が開かれる。


「降りてもらえますか。殿下からあなたをここで始末するように言われていますので」


表情のない男が何の感情も表さずに淡々と言った。


(あの王子、本当に腹黒ね。殺されるほどのことを私はしていない......!)


あまりの自分勝手さと不条理さに涙が出た。


(でも、あんな男の妻にならなくて良かった.......)


目の前に立つ無表情の男が無常にも剣を上に掲げる。カメリアは逃げることも諦め、男の前で膝をついた。


「諦めがいいですね。やりやすくて結構です」


カメリアは首を前に差し出すようにして頭を垂れた。


まさに剣が振り下ろされようとする時、突然、男が後ろに弾き飛んで倒れた。男の胸には矢が突き刺さっており、すでに絶命している。


「お嬢様!!」


見れば、ロードと弓を持ったコードがなぜか立っていた。


「あなた達がなぜここに!?」


ロードが駆け寄るとカメリアを抱きしめる。


「なぜ、あなたは生きることをそんなに簡単に諦めるんだ!オレは首を差し出したあなたを見た時、心臓が止まる思いだった!!」


涙を流しながら言うロードにカメリアも涙を流した。


「だって、どうしようもなかった.......」

「簡単に諦めないでくれ!あなたはオレと一緒に生きたいと言ってくれただろう?」

「ロード.......」


しばらく抱きしめられながら泣いていると、コードが近づいて来た。


「そろそろ参りませんと。追手が来るかもしれません」


まわりを見回すと兵士がほかにも倒れている。2人がなぜここにいるのか、なぜ自分を助けたのか、聞きたいことがたくさんあったが、カメリアはロードが操る馬に乗せられ森を急いで抜けることになった。


国境で捕えられることもなくスムーズに隣国へと入ると、隠れ家のような林の中にある屋敷へと連れて行かれる。屋敷に着いて落ち着くとロードが口を開いた。


「全て話そう」


ロードから聞いた話は驚きの連続であった。


今回の救出劇は兄が関わっており、兄の情報で助けに来たという。兄は王直属の秘密の情報部に属しており、事前に追放&暗殺の情報を得ていたらしい。兄は、急ぎコードとロードに情報を伝え、2人が駆けつけられるようにしたとのことだった。


「コードとロードは一体、何者なの?」

「私はロード様の世話人であり護衛をしていました」


コードが言う。コードは庭師としてカメリアが幼い頃からいた使用人だとばかり思っていた。季節のお花をプレゼントをしてくれる穏やな優しい人なので、とても護衛職に就くような人物には見えない。


「ロードは?ロードは何なの?」

「オレは......この国の第5王子らしい」

「らしいって?」

「オレもさっき知ったんだ。まさか自分がそんな立場だと思わず驚いている」

「王子がどうしてうちの使用人に......?」


コードが口を開いた。


「それは私から説明いたしましょう。ロード.......本当の名はシオン様とおっしゃいます。シオン様はこちらの国の第5王子として側妃様からお生まれになりました。ここの国にはほかにも多数の側妃様がいらっしゃいます。そのため、王位継承をめぐって激しい争いが起きていました。暗殺を恐れた母上様は幼いシオン様を他国に隠したのです」

「それがなぜうちに......?」

「秘密裡にそちらの王に守ってもらう盟約を結んでいたのです。あなたのお兄様は監視役として私達を長年、見守っていました。ちなみに、あなたのお父様は私達のことについては全く知りません」

「ロードが王子だなんて.......お兄様も情報部の仕事をしていたなんて.......」


知らないことが一気に分かり、カメリアは理解が追いつかない。


「混乱するはずだ......。オレもまさかお嬢さ.....いや、カメリア嬢とこうして話を対等にできる立場になるなんて思わなかった」

「私のことは、カメリアと呼んで。私も、とても驚いたし今も驚いているけど......とにかく嬉しい!二度とあなたに会えないかと思ったから......」

「......オレは二度とカメリアと離れない。カメリア、これからはずっと一緒にいよう」


カメリアはシオンにきつく抱きしめられた。ゴホンと、コードが咳払いをする。


「あー、お二人共。燃え上がるのは良いですが、これからのことについても話したいので」

「父さんがいたのだったな......」

「父さん、ではありません。コードとお呼び下さい」

「そうは言うけれど、オレはあなたが父だと思って生きてきた。急に呼び方を変えられない」

「お嬢様のことは普通に“カメリア”とお呼びになったではありませんか」

「それとこれとは......! それより、これからどうなるのかオレも知りたい」

「これからはあなた次第です。王位継承争いは落ち着きましたが、またいつ争いが起きてもおかしくはない状態ではあります。私は、あなたのために王位を狙うのも良し、のんびりと暮らすのも良し、どちらでも良いと考えております」

「カメリアはどう思う?」

「私は.......のんびり暮らしたい。王位争いであなたがキケンな目に遭うのはイヤ」

「オレも落ち着かない暮らしはお断りだな。ただ、仕事はしなくちゃいけないだろう」

「その点は心配いりません。王は寵愛するあなたの母上様を危険から守るため、王宮から去らせることにしたのですが、その際にたくさんの資産を贈られました。いつか戻って来るであろうあなたのためでもあります」

「そうなのか.......」

「ちなみにこの屋敷は資産の1つで、あなた達が暮らすのに丁度良いでしょう。私は側で引き続き警護をさせて頂きます」


ということで、コードとシオンとカメリアの3人の穏やかな暮らしが始まることになった。コードがお忍びで連れて来たシオンの母ナオナはシオンにそっくりで、シオンに再会すると泣いて喜んだ。シオンも母はいないものと思っていたので涙を流して喜んでいた。


「カメリアも家族や祖国の近況が気になるだろう?」


コードはカメリアの兄と連絡をとっていてシオンも情報を得ているらしいが、カメリアは祖国に未練を残していると思われたくなくて、家族や祖国の話をあえて聞かないでいた。


「あの、腹黒王子は色々な後ろ暗いことをしていたことが露呈して廃嫡されたよ。特に君を殺害しようとしたことが凶悪すぎると、北の収容所送りの判断に至った。今は凍えながら日々の生活もやっとらしい。王太子には弟のホウルに決定したそうだ」

「そうだったのね......ブレント様には相応の罰を受けて欲しいと思っていたから良かった、と言いたいけれど......」

「まさか、ヤツのことを心配している?」


ブレントがズイとカメリアに詰め寄る。


「いえ、罰されるべきだとは思うけど、苦しんでいると聞くと晴れやかな気持ちになれないだけ」

「そうか、ホッとした。気持ちが残っているんじゃないかと思って。君はやさしいね」

「嫉妬したの? そんなことしなくても大丈夫よ。あの人のこと、大嫌いだって言ってたでしょ?」

「それでも。少しでもヤツのことを考えて欲しくない」


人目をはばからずシオンはカメリアを抱きしめてキスをする。ナオナは“まあ”と扇を口元に当てた。


「またまた......シオン様の溺愛はすごいですな」


話が途中だったと、シオンが話を続ける。


「君の両親はブレントが君を殺そうとしたことを知って、第1王子派から第2王子派に乗り換えた。君に申し訳なかったと言っているよ。君の兄はもともとブレントを見限っていて第2王子派をひそかに支持していたから目論み通りだと喜んでいるらしい」


「お父様、お母様......お兄様はちゃっかり....しっかりしているわね」

「カメリアのその後やオレ達のこともすでに伝えている。落ち着いたらここにも遊びに来てもらえるように考えているよ」

「色々とありがとう」

「お礼を言われるほどのことはしてないよ。たまたまオレが第5王子で守ってもらえる立場だったから情報も得られるし、ここで暮らせてる。でも、これからは自分にできることをしていきたいと思っているよ」

「できることって?」

「まずは第一に君を溺愛すること! 今まで側にいても話しかけることも触れることもできなかったから溺愛したい!その後はじっくりと考えるよ」

「溺愛.......!」


シオンは宣言通りカメリアを情熱的に愛し続けた。......今、カメリアのお腹には第5子となる子どもがいる。


そして、シオンが庭師の経験を活かして始めていた造園業も順調に軌道に乗っており、成功していた。


カメリアは愛する夫と子どもたちに囲まれ、何の心配もいらない溺愛される人生を得られたのだった。

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婚約破棄狙いの公爵令嬢は悪人王子から逃げて溺愛人生をのぞむ 大井町 鶴 @kakitekisuto

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