第11話


「陽菜、大丈夫?」

泰雅さんが心配そうに私の顔を覗き込む。


泰雅さんの優しさに、少しだけ心が落ち着く。


「大丈夫…」

そう答えたけど、心臓はまだドキドキしていた。


腕の痛みがじんわりと広がっている。


「あの日言いましたよね。次、陽菜に手を出したら許さないと。忘れましたか?それとも、覚えていたのにこんな真似を?」


泰雅さんの声には怒りが込められていた。


「それは、」

男は言葉に詰まり、視線をそらした。


「泰雅さん、もういいよ、」


私は泰雅さんの腕を軽く引っ張った。

他にお客さんもいるのに、迷惑になる。


「でも、」

泰雅さんはまだ怒りを抑えきれない様子だ。


気持ちは嬉しいけど、これ以上騒ぎを大きくしたくない。


「もう二度と私の目の前に現れないでください。それから、もうお店にも来ないで」


私は毅然とした態度で言った。


…あぁ、こんな事になるくらいなら、最初から大和さんの言う通りにしとけばよかった。


後悔の念が胸に広がる。


男は机にお金を置いて立ち去った。


彼の背中を見ながら、私は深呼吸をした。

少しだけ、心が軽くなった気がする。


「怖かったね、」


泰雅さんが優しく声をかけてくれた。

その言葉に、涙がこぼれそうになる。


「はい…。でも、もう大丈夫です。仕事に戻ります」


心の中ではまだ動揺が残っているけど、切り替えなくちゃ。いつまでも引きづってられない。


「そっか、」


泰雅さんは少し心配そうに私を見つめたけど、頷いてくれた。


私はカウンターに戻り、深呼吸をして気持ちを落ち着かせようとした。


「今日はもう上がっていい」

大和さんの声が聞こえた。


「え、でもまだ…」

私は驚いて顔を上げた。


まだシフトが終わっていないのに。


「いいから、先輩と一緒に帰んだろ」

「泰雅さんもまだお仕事終わってないみたいですし、」


私は泰雅さんの方を見た。


「今ちょうど終わったよ」


机の上はもう既に綺麗に整頓されていた。


「え、そんなわけ、」

「いいから。今日はもう上がっていいから」


そこまで言われたら、もう何も言えない。


「すみません、ありがとうございます。じゃあ、着替えてきます」


私は大和さんに感謝の気持ちを込めて頭を下げた。


私は更衣室へ向かった。


大和さんにも、泰雅さんにも迷惑をかけることになる。


私のせいで大和さんは一人で店を切り盛りしないといけないし。


泰雅さんは、まだ原稿を見れてすらないはず。


制服を脱ぎながら、今日の出来事を思い返していた。


あの日、ちゃんと追い払ったはずなのに。

まさかまた店に来るなんて。


今度は、もう無いよね。


心臓の鼓動が少しずつ落ち着いていくのを感じた。


着替え終わって部屋を出ると、大和さんがカウンターでコーヒーを淹れていた。


「気をつけて帰れよ」

「はい。お先に失礼します」


気持ちを切り替えて、また明日からしっかり働こう。


「行こっか」


泰雅さんが優しく手を差し出してくれた。

彼の手を握ると、安心感が広がった。


「はい、」


私はその手を握り、泰雅さんと一緒に店を出た。

泰雅さんの温もりが、私を安心させてくれる。



店を出ると、冷たい風が頬に当たったが、泰雅さんの手の温かさがそれを和らげてくれた。

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私の彼氏は成功したストーカーでした。 @hayama_25

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