第5話


目を覚ますとそこは真っ暗な部屋だった。

目を開けても閉じても全く変わらない景色に不安になる。

何も見えないため、とりあえず体を起こすとジャラという音が耳の近くで鳴った。

慌てて音の発生源に触れると冷たくて固い感触が伝わって来た。


「な、何これ」

「起きたのか。あぁ、首輪も良く似合ってるな」


突然下の方から聞こえた声に思わず肩を揺らす。

旦那様の声は記憶のものより若干低く、掠れていた。


「あのこれは一体どういうことでしょうか」

「言っただろ?逃がさないって」


前触れなく頬を撫でられる。

旦那様には私が見えているかもしれないが、私からは何も見えない。


「あの、んぅ」


何かを言う前に唇を塞がれる。

そのまましばらく口内を蹂躙された。

その行為に快感を覚えた頃に旦那様はようやく私の唇から離れた。


「はぁ、なんでこんなことするんですか…?」


息も絶え絶えになりながらそう訴えると、旦那様は私を抱きしめて倒れた。

ベッドに寝かされていたらしく、倒れてもスプリングが軋むだけだ。

旦那様は私の首に擦りつきながら眠たそうに答えてくださった。


「惚れてるから」


旦那様の素直な言葉にカッと顔に熱が集まるのが分かる。

そんな私を見て満足したのか旦那様は小さく笑った。


「今更逃がすわけないだろ?やっと手に入れたんだ。ずっと我慢していたし、俺の正体だって言う気はなかった。でもレアンナが『出て行く』なんて言うから出て行けないようにしただけだ」

「それに関しては申し訳ありませんでした。でも、何も首輪までしなくても」

「本当はもっと徹底的に囲いたかったがこれでも妥協した方だ」

「もう十分ですから、その、外してもらえませんか?」

「それは出来ないな」


即答に加えて旦那様は楽しそうに喉を鳴らした。

こんなに笑う人だったか?、と疑問に思う反面、こんな風に会話ができるなら吸血鬼でも何でももっとお話ししたかったと思ってしまう。


「じゃあせめて灯りを付けてくれませんか?私からは何も見えていないんです」

「…どうしようか」


旦那様は私の頭を優しく撫でると、額にキスを落とした。

ぬるま湯に浸かるようにどろどろと甘やかされてしまい、自身が溶けてしまう様な感覚に陥ってしまう。

微睡む思考の中、首輪に繋がった鎖だけがただただ冷たく、その冷たさが私を現実に引き戻した。


「旦那様」

「どうした」

「お顔が見たいです」

「急に積極的だな。灯りをつけたいだけかもしれないが、可愛いレアンナの頼みだ。応えない訳にはいかないな」


旦那様がパチンと指を鳴らす音がした瞬間、一気に視界が明るくなった。

部屋を見渡すとベッドサイドに置いてある燭台に火が灯っていた。

旦那様は私を見下ろすように覆い被さっており、その瞳がギラギラと光っているように見えた。


「満足か?」

「ありがとうございます。やっとお顔が見えました」


旦那様はそう言うと昨日同様、私の首に顔を埋めてきた。

抱き着かれているだけかと思ったのだが、首に尖った何かが当たるのを感じて慌てて旦那様の胸板を叩く。


「だ、旦那様!!」

「…なんだ」


体を起こした旦那様は不機嫌そうに顔を歪めた。

機嫌を損ねてしまったかという恐怖よりも、何をされるのか問わずにはいられなかった。


「な、何を…」

「何って食事だが。吸血鬼は血を吸って栄養を補給するんだ」

「私の血液なんて良くないですよ!!」

「俺がレアンナの血を飲みたいんだ。あんまり抵抗すると痛いだろうから大人しくしていた方がいいぞ」


旦那様はそういうと私の首筋を指先でなぞった。

ひんやりとした指の温度に肌が粟立つ。


「昨日初めて飲んだが俺が今まで飲んだ血の中でレアンナの血が1番美味しかった」

「な、何を仰っているんですか?」


想像していなかった言葉に声が裏返ってしまう。

動くと痛いらしいからじっとすれば、今度は焦らす様に首筋を舐められる。


「こ、怖いので早めにお願いします…」

「…怖いのか。分かった」


旦那様は何を思ったのか、指を絡めて手を繋いできた。

きゅっと力を入れられたのを感じた瞬間、今度は首にほんの少しの痛みを感じた。


「ぅあ、」


思わず漏れ出た声を止めようと慌てて空いている方の手で口元を塞いだ。

旦那様は私の頭を優しく撫でると、そのまま血を吸い上げた。


昨日とは違う、眠たくなるような感覚。

あれ、そういえば手足が痺れるような…


思考が霞んできた時、聞き馴染みのある声が聞こえてきた。

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