第3話


中から聞き馴染みのない低い声で「入れ」と声がかかった。

いよいよ旦那様と会うという事実に震えが止まらない。


「し、失礼します…」


恐る恐る扉を開けるとそこは応接室のような部屋だった。

大きなテーブルを挟んで向かい合ったソファが2つあり、その片方には男性が座っていた。

男性が座っているソファの後ろで控えるように立っているアドルフさんが私を見て安心したように息を吐いたのが見えた。


「レアンナ、久しぶりだな」


低い声に肩を跳ね上げさせてしまう。

怖いわけではないのだが、どんな風に振る舞えばいいのか分からなくて俯いてしまった。


「とりあえず座ってくれ。紅茶とコーヒーならどちらがいい?」

「こ、紅茶で」

「分かった。アドルフ、頼めるか?」

「かしこまりました」


どうやら私が紅茶を選ぶことはアドルフさんにはお見通しだったようで、すぐに目の前に紅茶が置かれた。

口をつけて一息ついたところで、旦那様は首を傾げた。


「それで、急に話したいことがあるなんてどうしたんだ?」

「…もしかして何も聞いていないのですか?」

「あぁ。さっきアドルフに叩き起こされたばかりだから何も聞いていない」


思わずアドルフさんに視線を向けると「自分で伝えてください」という圧を向けられた。

確かにこれに関しては自分の口から言うべきだろう。

深呼吸をしてから私は口を開いた。


「私、明日このお屋敷を出ようと思います。今までありがとうございました」

「……は?」


私が頭を下げる中、旦那様の素っ頓狂な声が部屋に響いた。


それからしばらくの間、部屋は秒針の音だけとなる。

その空気に耐えきれなくなって顔を上げようか迷っていると、旦那様が先に動き出した。


「いや、待て。どうしてそうなったんだ?」

「もし旦那様に本当に愛する婚約者様が出来た時、私の存在は邪魔になります。私は私のことを拾ってくださった旦那様の邪魔にはなりたくありません」

「待ってくれ。だからどうしてそうなったんだ」


旦那様が頭を抱えたのを見て、何か間違ったことを言ってしまったのかと不安になる。

助けを求めるようにカミラさんを見るが、彼女も眉を下げて困り果てた表情だ。


数秒後、小さくため息を吐いた旦那様は私に向き直った。


「まず最初に言っておくが俺はレアンナのことを邪魔だと思ったことは一度もない」

「でもこの3年間一度も、会話の機会すらありませんでしたよね」

「それは…」


そう言うと旦那様は急にしどろもどろになって言葉を詰まらせた。

やっぱり意図的に避けていたのだろう。

それなのに邪魔ではないとはどういうことなのだろうか。


「ご主人様、もうお伝えするべきだと思いますよ」


アドルフさんは優しい口調で旦那様に声をかける。

旦那様はぐっと眉間に皺を寄せて、それから諦めたように息を吐いた。


「分かった。じゃあ悪いが2人とも席を外してくれないか?」

「…無理強いはいけませんよ」

「そんなことしない」


何やら不穏な確認が行われているが口を挟めるような雰囲気ではない。

アドルフさんとカミラさんは私に小さく礼をすると、そのまま部屋を出て行ってしまった。

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