第2話


「ま、待ってください!」


離れから屋敷へと続く石畳を半ば引きずられるように歩く。

右腕をアドルフさん、左腕をカミラさんに掴まれたこの現状をどうにか変えたくて、必死に声を絞り出す。


「あの、もう少し、ゆっくり、歩いて、ほしいです。速い…です」


そう言うとハッとしたように止まってくれた。

3年間室内に引き籠っていたがこんなにも体力がなくなったのかと愕然とする。

2人は私が息切れしていることに気付いた時から、何度も謝罪を繰り返している。


「そんなに謝ってもらわなくて大丈夫ですよ」

「ですが…」

「あと、旦那様はお忙しい方でしょう。こんな時間に押し掛けてはご迷惑になります。ご挨拶なら明日にしませんか?」


私がそう伝えると2人は安心したような表情で顔を見合わせた。


「ご主人様ならこれから起床されるので大丈夫ですよ」

「まだ寝ている可能性は十分にありますが、どちらにせよ起こさないといけないので問題ありません」


これから起きる?

もう太陽は完全に沈み、星まで出てきている時間に何を言っているのだろうか。

そんな疑問を口に出そうとした瞬間、アドルフさんは何かを思いついたように手を打った。


「そうだ。旦那様は目が覚めるまで時間がかかるし、僕が先に行って旦那様を起こしてくるよ」

「助かるわ。じゃあレアンナ様は私とゆっくり行きましょうか。息が整ってからで大丈夫ですよ」


制止の声をかける前にアドルフさんは屋敷の中に消えていった。

ここまで用意周到にされては逃げられないことを悟り、いよいよ覚悟を決めた。



お屋敷の中に入ったのは3年前、私が拾われたあの日1日だけだった。

あれから3年という時間が経っているというに全く変わっていない内装に目を疑った。

廊下には美しい絵画や繊細な装飾が施された壺などが飾られており、まるでお城の中に迷い込んだように現実味のない空間が目の前に広がる。

以前聞いた話では、掃除などの家事はカミラさんとアドルフさんが全て行なっているらしい。

2人以外に使用人は居ないはずだが、埃1つ落ちていないように見える。


「緊張されていますか?」


そんなことを考えて気を逸らしていると、カミラさんが優しく問いかけてくれる。

段々と旦那様のお部屋に近づいているからか、体の前で組んだ手はカタカタと震えていた。


「大丈夫ですよ。端から見ても分かるほどご主人様はレアンナ様のことをとても大切に想っていらっしゃいますから」


廊下を進みながらカミラさんは小さく笑った。

その言葉に何と返そうか考えていると、彼女は1つの扉の前で足を止めた。

派手ではないがそれでも重厚な雰囲気の扉を前に、無意識に1歩後ずさってしまう。

それを知ってか知らずか、カミラさんは私の肩を優しく押した。


「レアンナ様、旦那様を信じてください」

「…はい」


私は意を決して扉を叩いた。

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