旦那様が私に無関心なので婚約破棄を申し出たら気を遣われていたことが発覚しました。え、これからは我慢しないってどういうことですか!?

宮野 智羽

第1話

太陽が沈み、街に明かりが灯り始める。

夜の訪れを感じながら夕食を食べていると、傍にいたカミラさんに心配そうに顔を覗き込まれた。


「レアンナ様、どうかされましたか?」

「え、あ…何がですか?」

「今日1日ずっと上の空でいらっしゃいますよ」

「心配かけてごめんなさい。大した事じゃないので大丈夫ですよ」


そうは言ったものの、カミラさんは納得いっていないようでじっと見つめられてしまう。

私もすっかり食事の手を止めてしまった。


「本当に大したことではないですよ」

「それでも私が聞きたいのです。我が儘で申し訳ありませんがお聞かせ願えませんか?」


カミラさんは気を使ってあくまでも自分が聞きたいから教えて欲しい、と言ってくれる。

私はその心遣いが温かくて、少し考えてから口を開いた。


「実は3年前の今日……旦那様に私のことを拾って頂いた日なんです」

「……え?」

「だから、ちょっと気落ちしてたというか…」


カミラさんは私の言葉を聞くと目を大きく見開いて固まってしまう。

そして数秒後、今度は私の肩を掴んできた。


「どうしてもっと早く教えて下さらなかったのですか!」

「え?あ、あの……ごめんなさい」


なぜ怒られているのか分からないままとりあえず謝罪する。

しかしそれも違ったようでカミラさんは頭をブンブンと横に振った。

深呼吸をしてから肩を離した彼女は酷く落ち込んだ様子で口を開いた。


「そのような大切な日を把握しておらず、大変申し訳ありませんでした」

「謝らないでください!…ただ、3年も経ったのに旦那様とお話ししたのは拾って頂いたその日だけだったなと思ってしまったんです」


一度口に出してしまえば今まで抱えていたものがどんどん溢れてくる。


「拾って頂いた日、旦那様は私のことを『婚約者』と言ってくださいました。そうすればこのお屋敷でお世話になることに引け目を感じなくて済むからって。でも、ただこの離れでお世話になっている現状が…とても申し訳ないんです」

「そんなこと、」

「カミラさんも、アドルフさんも本当にお優しいです。…でも、お優しいからこそこれ以上ご迷惑をおかけするわけにはいきません」


顔を上げると困惑した表情のカミラさんが目に映る。


「旦那様も皆さんも嫌な顔一つせず、私がここにいることを許してくださいます。ですが、いつか旦那様に本当の婚約者様が出来た時、私は邪魔になるでしょう」

「レアンナ様…」

「私を拾ってくださったあの日から、1日たりとも感謝を忘れた日はありません。その反面、私は甘えすぎました」


13歳の娘が16歳になるまで何不自由なく生きて来られた。

本当に感謝してもしきれないし、だからこそここに一生お邪魔するわけにはいかない。

いつかの別れを確かなものにするために【3年】という区切りを設けなければ、ずっとここに居てしまうような気がして怖かった。


「私は明日、ここを出て行きます」

「そんな急に…」

「ずっと前から考えていたことです。いつかの別れが明日になっただけですからそんなに気にしないでください」


カミラさんは私の言葉に固まってしまった。

どうしようかと悩んでいた時、ちょうど部屋に控えめなノックが響いた。


「アドルフです。カミラに用事があるので入室許可をいただけませんか」


いつもならカミラさんがすぐに動いてくれるのだが、今は動揺のためか微動だにしない。

私が「どうぞ」と声をかけるとアドルフさんが顔を覗かせた。


「失礼します。カミラ、ちょっといい?」

「……」

「カミラ?」

「…アドルフ、レアンナ様を止めて」


そう言ったきり黙りこくってしまったカミラさんの背を摩りながらアドルフさんは私に視線を向けた。

明らかに困惑した表情に申し訳なさを感じながら、私は先程の説明と今までの感謝をアドルフさんに伝えた。


伝え終わった瞬間、アドルフさんはカミラさんよりも強い力で私の腕を掴むと立ち上がって口を開いた。


「レアンナ様、今すぐご主人様の所に行きますよ」


その宣言は私を震え上がらせるには十分だった。

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