第9話 魔女は聖女よりも歓迎される

 好きなことをすればいいって、どういうことかしら。魔女の烙印を捺された私に自由が認められるなんて、あり得ないじゃない。


 理解の及ばないフェリクス様の言動に困っていると「食べないのか?」と、優しく問われた。

 この方は、私をどうしたいのかしら。

 手の中にあるケーキを見下ろして考えてみても、答えは出ない。


 甘く誘惑的な香りが漂ってくる。とっても美味しそうだわ。甘い一口を味わったら、私はどうなってしまうのか。幸せになれるのか、それとも──


「遠慮せず、好きなだけ食べろ」


 さあと促され、私はケーキを口許にもっていく。だけど、すんでで思い止まった。

 手に持ったケーキに嚙り付くなんて、そんなことをお母様が見たら──脳裏に眉を吊り上げたお母様の顔が浮かんだ。


 開きかけた口を引き結ぶと、横からお皿とフォークを差し出される。顔をあげると、侍女のカレンがにこりと笑った。


「お嬢様、こちらをお使いください」

「──ありがとう。それでは、お言葉に甘えていただきます」


 ほっと安堵した私を見たフェリクス様は数度瞬きをした後、笑いをこらえるような顔で、どうぞと言った。


 一口食べたケーキは甘くて美味しい。美味しいのだけど……何というか、フェリクス様から送られてくる視線が気になって味わうどころじゃない。


 私の食べる姿、そんなに面白いことになってるのかしら。大きな口を開けて食べたつもりはないし、音だって立ててはいないわよね。気付かずにケーキをこぼしたかしら。それとも、口を汚している?


 ああ、居たたまれない。

 せっかくのスイーツも全く甘くない。

 いっそうのこと、塔でも屋根裏でも、どこでも良いから早く一人になれるところへ連れられていきたい。そんなことを思いながらカップケーキを頬張っていると、ふいにデリカシーの欠片もない言葉が降ってきた。


「それにしても、随分地味なドレスだな」


 予想外の言葉に驚き、思わずごくりと音を立てて口の中のものを飲み込んだ私は、自身のドレスに視線を落とした。


 身に纏う紺のドレスは生地こそ質が良いものだけれど、レースや刺繍は施されていないし、首元までしっかり覆われている。若い子の間で流行っているデコルテを見せるようなデザインでもないし、どちらかと言えば、身を固くする未亡人が着ているような──フェリクス様の言うように、すごく地味なドレスだ。


「そういうのが好みなのか?」


 その問いに、はいともいいえとも答えられない。

 ドレスは好きだけど、罪人の私が着飾るのは可笑しいじゃない。お母様もそう言ってたから──


「罪人の自分が着飾る訳にはいかない。とか考えてる顔だな」

「……!?」

「図星だな。それで、荷物も少なかった訳か」


 私の心を見透かしたように、なるほどと呟いたフェリクス様はティーカップを受け皿に戻す。

 食べかけのカップケーキにフォークを挿した手が震え、柔らかいスポンジ生地がお皿の上でほろほろと崩れた。

 

「綺麗な薔薇色の髪には合わないな。そのドレスは地味すぎる」

「……社交会に出る訳でもありませんから、このくらいで良いのです」

「俺は、もっと着飾っても良いと思うが……そうだ。仕立て屋を呼ぼう」

「……!?」


 何を思いついたのか、満面の笑みになったフェリクス様は侍女を手招いた。


「フェリクス様。仕立て屋を呼ぶだなんて、私には不相応でございます」

「ヴィンセント家の一員となるんだ。その祝いと思えばいい」

「そんなドレスを仕立てて──……え? ヴィンセント家の一員?」


 ドレスは頂けないとお断りをしようとした私は、引っかかる言葉に首を傾げ、彼の言葉を脳裏で反芻する。


「これからここで暮らすのだから、そうだろう?」

「……で、ですが、私は魔女の烙印を捺された──」


 罪人だからと言おうとした私の唇に、フェリクス様の武骨な指が押し付けられた。


「アリスリーナ、いいことを教えてやろう。このヴィンセント辺境伯領では、魔女は聖女よりも歓迎される」


 口角をにっと上げたフェリクス様は、金色の瞳を怪しく光らせた。

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